第8話 責
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薄暗い雨の中、平原を歩くリリーティア。
彼女は立ち止まると、顔に張り付いている濡れた髪を払いながら息を吐く。
視線の先には木々に背を預けて眠っているシュヴァーンの姿があった。
彼の体には深紅の布が被されている。
それは彼女がいつも羽織っている魔導服(ローブ)だった。
彼女はシュヴァーンに歩み寄ると、膝をついてその顔を覗き見た。
規則正しく息をし、顔色も悪くないのを確認して、彼女はほっと安堵の表情を浮かべた。
シュヴァーンが倒れたあの時から半日が経っていた。
リリーティアは彼の怪我を出来る限り治療し、深刻だった心臓魔導器(ガディスブラスティア)の状態も今は安定していた。
彼女は立ち上がると、シュヴァーンに背を向けて歩き出す。
数メートル離れたところで立ち止まると、雨に打たれるのも気にもせず、じっと前を見詰め彼女はその場で佇んだ。
そして、目を閉じるとゆっくりと深呼吸した。
彼女は心身共に疲れ果てていた。
シュヴァーンの命の危険に緊張の糸を張り詰めたまま、専門でもない治療術を使い続け、心臓魔導器(ガディスブラスティア)を正常に安定させるために何度も調整を繰り返した。
そして、完全に安定させたのを確認して安心するのも束の間に、斃(たお)した時と同じまま周囲に横たわっているフィアレンと赤眼たちを片付けた。
十人の赤眼。
一人の議員。
十一人の、しかも大の大人たちを女である彼女一人でどうにかするのは肉体的にも厳しいものがあった。
それでも、このまま誰かに見つけれられるわけにはいかなかった。
特にフィアレンのことは、また評議会との新たな火種になりかねない。
何とかその者たちを人目につかない木々が覆い茂った場所へと運んだ。
途中、雨が降り出してきたが、それでも休むことなくその者たちを土へと還した。
それをすべて終えるのに数時間を費やし、先ほどやっと終えたのだから、疲れていないはずがなかった。
それでも、今はただこうして雨に打たれていたかった。
体が冷えていくを感じながらも、彼女ただじっと地平線の彼方を見詰め続けていた。
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それからどのくらいの時間が経ったのか。
空を覆っていた厚い雲は切れ切れになり、雨は小降りとなっていた。
リリーティアは雲の切れ間から、時たま見える瞬く星を見上げた。
あと数分も経たないうちに雨も止むだろう。
「・・・リリーティア」
その声に彼女ははっとした。
振り向くと、いつの間にかシュヴァーンが目を覚まし、こちらを見ていた。
肩までかけられていた魔導服(ローブ)ははだけ、肩には深紅の布が巻かれているのが分かる。
それは彼女が着ている服の袖の部分を破り、包帯の代用として使ったのである。
よく見ると、彼女の服は両袖とも破れ、中に着ている薄黄色の服が露になっていた。
彼女はシュヴァーンの元へと足早に歩み寄ると、心配した面持ちで彼の前にしゃがみ込む。
「気分のほうはいかかですか?どこか痛むところなどは?」
「ああ、大丈夫だ。問題はない」
シュヴァーンの返答に彼女はほっと息を吐いた。
すぐに彼女は立ち上がると、懐中時計を見る。
とっくに日付は変わっていて、今から帝都に戻るにはちょうどいいと思われた。
夜も更けた街の中は、住民たちが出歩くことはほとんどない。
時折雲の切れ間から月の光が射したりもしたが、この暗がりの中なら自分たちの姿を見られる心配もないだろう。
シュヴァーンは傷だらけな上に、リリーティアの格好も酷いものだった。
夜遅くに人目を避け街中を歩くのも怪しいものだが、白昼の中をこんな格好で歩くよりはましだろう。
何よりも目立つのは避けたかった。
二人は周りに注意しながら、闇に染まった帝都へと向かった。
そして、城にたどり着いた頃にはすっかり雨は止み、闇の中を月が照らしていた。