第8話 責
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短剣を手に、一歩、また一歩と、ゆっくり歩き進んでいく。
まだ、男はリリーティアが近づいていることに気づいていない。
彼女はゆっくり前に進んでいる間も、ずっと目の前の男の背を見据えていた。
一瞬も逸らさず、ただまっすぐに。
そして、男にだいぶ距離をつめたときだった。
相手の男は一歩足を引き、その場から逃げようとしたのかこちらへと振り返った。
「ひ・・・!?」
振り返った先には、すでにリリーティアが佇んでいた。
男は、突然現れた得体の知れない者に情けない声をあげる。
驚くその男の後ろにいたシュヴァーンは、自身の上体を手で支えるので精一杯だったが、何とかその顔を上げた。
「・・・・・・リリーティア」
それは、シュヴァーン自身にしか聞こえないほど弱弱しい声だった。
深く頭巾(フード)をかぶっており、その顔を見ることはできなかったが、彼はすぐにリリーティアだと分かった。
その時、彼女はシュヴァーンへと視線を一度移したが、それはほんの一瞬のことだった。
その視線もすぐに男のほうへと戻った。
だが、視線を戻した彼女のその瞳は、さらに変化していた。
それは、----------さらに黒く。
「な・・・なんだ・・・お、お前は!・・・・・・こ、こやつの仲間か!」
「・・・・・・・・・」
リリーティアは男の言葉に答えず、頭巾(フード)の下からじっと男を見据えていた。
「ん?・・・いや、おまえは・・・確か・・・」
男は頭巾(フード)の下から僅かに見える顔に見覚えがある気がして、訝しげに彼女を見た。
彼女は深く被っていた頭巾(フード)に手をかけると、静かに口を開いた。
「お久しぶりです-------、」
同時に頭巾(フード)を取り、男の前に顔を晒した。
男は見覚えのある顔に大きく目を瞠る。
その男。
だいぶ薄汚れているが、評議会の装束をまとっている男。
騎士団本部の爆破事件の後、姿をくらましていた評議会議員。
「----------フィアレン監査官」
フィアレンは一歩後ずさった。
思わぬ人物の現れに、困惑した面持ちで彼女を見る。
「ですが・・・、ここでお別れです」
そう言うやいなや、彼女の動きは早かった。
「!?」
突然、目の前の彼女が消えた。
ただそこには、深紅の魔導服(ローブ)だけが舞っている。
それは、彼女が纏っていたもの。
「う、ぐ・・・ぅ」
そう思ったとき、フィアレンの腹部に激しい痛みが襲った。
彼の口からは呻くような声が漏れる。
その時、彼女が前屈みになって、自分の懐に入り込んでいることに彼は気づいた。
そこでやっと何が起きたのかを理解した。
「あ、ぁ・・・こ、小娘」
己の懐にいるリリーティアへとゆっくりと視線を落とした。
だが、彼女がどんな表情をしているのか、窺い知ることはできなかった。
フィアレンの目は恐怖に見開いたままで、体中を襲う激しい痛みにより、額には汗が滲み出す。
「ぐ・・・う・・・き、きさ・・・ま」
激痛が体中を駆け巡るのを感じながら、フィアレンは彼女の腕にすがりつく。
そうして、彼は相手の顔をはっきりと見ることができた。
「っ!!」
彼女の顔を見たフィアレンの表情は凍りついた。
氷のように冷たい視線、その奥に炎のように渦巻く沸々とした怒り。
その瞳は深海のように黒く染まっているように見えた。
あの騎士団長の傍らによくいたあの娘なのかと、己の目を疑うほどに、今の彼女の表情はおぞましいものだった。
リリーティアは短剣を引き抜くのと同時に、素早く身を退いた。
飛び散る朱(あか)。
地に伏す肢体。
彼女はそれらを見下ろしていた。
無の表情で。
「・・・・・・・・・」
シュヴァーンは薄れゆく意識の中、朱(あか)く滴る短剣を握りしめたまま佇む彼女を見る。
そして、彼は暗闇へと意識を手放した。
----------ドサ
「!」
静寂の中に響く音。
リリーティアは、はっとした。
その時には、彼女の瞳はいつもの色に戻っていた。
「シュヴァーン隊長っ!!」
汚れた短剣をその場に捨て、倒れたシュヴァーンの下へと駆け寄った。
少し離れた所からでも酷い傷を負っているのが分かったが、近くで見るとその傷は思っていた以上に酷いことを痛感した。
彼の口から漏れる細い笛のような呼吸の音がさらなる不安をかき立てる。
「シュヴァーン隊長、しっかりして下さい!」
何の反応も示すことないシュヴァーンに、リリーティアは急いで治癒術を施し始めた。
治癒術専門ではない彼女の力で実際どこまで深手に負った傷を治せるかは分からないが、しないよりかはましだろう。
それに、傷よりもどちらかといえば心臓魔導器(ガディスブラスティア)の状態のほうが深刻のようであった。
「シュヴァーン隊長!しっかりして下さい、シュヴァーン隊長っ!」
その悲痛な声は、今にも雨が降り出しそうな厚い雲の空にしばらく響き続けていた。