第7話 人形
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再び、<帝国>から全市民へとあることが公示された。
その内容は、
『 海賊ギルド『海精の牙(セイレーンのきば)』の首領(ボス)、アイフリード。彼の者、移民船ブラックホープ号を襲い、数百人という民間人・乗員を殺害した容疑として、<帝国>全土に指名手配とす 』
こうして、世界にまた真実の嘘ができた。
ブラックホープ号事件として、それは<帝国>全土に知れ渡った。
リリーティアは公示文の内容を空ろな表情で見詰めている。
彼女はいつものように研究私室にいた。
相変わらずの実験器具、古い書物や、紙束で埋め尽くされた部屋。
以前よりも増して、それはひどくなっている。
今回の実験の真相は、一般の市民である者たちで行った、カルボクラムでの実験をもとにして、更なる計画の実現を目指し、〈満月の子〉の末裔である皇族たちでの実験を行うというものだった。
旅行として招待し、あらかじめアレクセイが選んだ皇族たちを巧みに誘い出し、ブラックホープ号に乗せた。
そして、『海精の牙(セイレーンのきば)』に、皇族の旅行、同時に輸送の旅だと伝え、彼らに護衛を依頼した。
<帝国>騎士団が皇族の護衛を請け負わず、敵対関係にあるギルドに依頼したのは、この実験に騎士団を巻き込まないようにするためだった。
ブラックホープ号には、あらかじめ実験用の魔導器(ブラスティア)と術式を設置していて、所定の場所、即ちザウデ不落宮が沈んでいる海域に差し掛かった時、それが発動するように事前に調整した。
そうして、発動した魔導器(ブラスティア)の力で、大量のエアルを注ぎ込むことによって、〈満月の子〉の末裔である被験者の力は活性化される----------はずだった。
発動させた後は、ただ実験はうまくいくよう祈るしかなかった。
しかし、実験は呆気なくも失敗に終わった。
被検体だった皇族たちや『海精の牙(セイレーンのきば)』のギルド員たちの末路。
それは、大量のエアルに体が耐えられず死に至ったか、体に変異をきたして魔物と化してしまっただろう。
彼女は、ブラックホープ号事件について書かれた公示文を机の上に置くと、一つの分厚い書類を手に取った。
〈満月の子〉人造計画。
やはり、無理だったのだ。
人為的に〈満月の子〉を作り出すなど。
ブラックホープ号事件が起きた。
結果、この計画の実現のために今までやってきたことは、すべて無駄になったということだ。
”古き都市カルボクラムの巨大地震”によって奪われた命。
”ブラックホープ号事件”で奪われた命。
その二つの嘘は、あまりにも多大な命を奪ってしまった。
〈満月の子〉人造計画のためだけに、多くの命が。
しかも、結局失敗に終わるという結末だけを残して。
リリーティアは机の上に肘をつき、両手で顔を覆った。
その様は、魂が抜けたように、力なく。
闇の中に浮かぶ光景。
彼、海精の牙(セイレーンのきば)の参謀 サイファー の姿。
彼と話した時間はあまりに短かった。
けれど、とても鮮明に覚えている。
彼の表情、声、言葉。
長い時を話していたかと思うほど、はっきりと思い浮かぶ。
彼と話した時、どうしてあんな言葉が吐いて出たのだろう。
人形(どうぐ)にすぎない私が、どうして、あんなことを。
本当に馬鹿らしい。
『今日は、お前のような者に出会えてよかった』
本当は、出会わなければよかったのだ。
私たちに関わってしまった、巻き込まれてしまった。
そのせいで、彼のすべてが奪われた。
彼の仲間も、未来も。
『もう少し時間があれば、アイフリードとも会ってほしかったが』
そして、彼の首領(ボス)も。
それ以前に、彼の首領(ボス)をこの実験の首謀者として世間を謀ったのだ。
そう、『海精の牙(セイレーンのきば)』に護衛を頼んだ最大の理由は、実験が失敗したときの代価にするためだった。
民衆たちの不平、憎悪、それらをすべてを彼らへ向けさせるために。
世間は、そんなアレクセイの目論見に見事にはまった。
人々はこの事件を、アイフリードがブラックホープ号の乗員すべてを皆殺しにし、その船に乗っていた宝を奪ったと考えた。
世間がそう思ったのは、<帝国>がこの事件を公示した後、アイフリードは申し開きするこもなく、姿さえ現さなかったからである。
現さなかったも何も、彼も実験に巻き込まれた被害者なのだ。
おそらく、生きている可能性は無いに等しいだろう。
それで、どうして申し開きなどできようか。
ああ、世間とはなんと脆いのか。
実に簡単に騙されるのだろう。
<帝国>の人々は、アイフリードの名を恐怖の代名詞とし、ギルドの人々はギルドの信義を穢したとして、彼を蔑み憎む対象となった。
『アイフリードも、お前をすぐに気に入るだろう』
気に入るどころか、蔑み憎むだろう。
彼らの仲間たちを陥れたのだから。
信念も想いも心に何もない、闇を纏う人形(どうぐ)の私が。
『また会う機会があればいいものだ。その時は是非ともアイフリードと話してやってくれ』
”また”などない。
そう、はじめから”また”などなかった。
最後の出会いで、最期の別れだったのだから。
『お前は本当に面白いな』
高らかに笑う、豪快な彼の笑顔。
ああ、あの時の私は本当におかしかった。
彼に話したあの言葉すべて。
おかしくて、馬鹿らしい。
何を今更言っていたのか。
何もない自分が。
何もかもを奪った自分が。
私は、ただあの人の理想(ぶたい)の上で踊る人形(どうぐ)。
またいつかの開幕の時を、ただ待つ人形(どうぐ)。
そう、用意された シナリオ(指令) 通りに、
舞台を踊る人形(任務を遂行する道具) でしかないのだ。
第7話 人形 -終-