第7話 人形
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平静さを取り戻した海岸。
船に荷物を乗せる騎士たちの声と、談笑を楽しむ皇族たち笑い声。
そして、ギルド員たちの威勢ある声。
様々な声が入り乱れる中で、リリーティアはアイフリードと共に海岸から少し離れた場所にいた。
「先ほどは本当に申し訳ありませんでした」
「・・・・・・・・・」
アイフリードは、彼女の声が聞こえていないのか、何の反応も返さずにただじっとこちらを凝視している。
彼のその視線に、怒っているのだろうかと、彼女はたじろいだ。
自分より遥かに大きい背も相まって、見下ろされる彼の視線はどことなく怖いものがあった。
「あ、あの・・・」
「いや、すまない。面白いものを見せてもらった」
リリーティアは訝しげにアイフリードを見上げると、彼は腕を組み、海を遠くに見詰めた。
潮風が二人の髪を揺らす。
「<帝国>の従事者が皇族に対してあそこまで言い放つとは・・・。あまりに滑稽に見えてな。気に障る言い方かもしれんが、<帝国>の中で生きている者があの大観衆の中、しかも、皇族の者に対して、俺たちギルドの肩を持つとは驚いた」
彼は微かに笑みを浮かべ、リリーティアへと視線を移した。
彼の言葉に彼女は当惑するも、彼が言うことは当然だとも納得はしていた。
<帝国>とギルドユニオンは、互いに相反するもの。
それは、昔から変わらない因縁のようなものでもあった。
互いの生き方、考え方が違いすぎるのだ。
決して相容れぬもの。
今回の騒ぎのきっかけも、互いの価値観の違いから生じたものだ。
「いえ、あれは、あなた方は何も悪くありませんでしたし、皇族の方のあの言い様は目に余るものがありましたから」
そう、皇族だから何を言っても許されるなんてことは、そんなの甚だおかしいことだ。
逆に、ギルドだからといって許されるというものだってない。
アイフリードは、思案な表情でしばらく彼女を見つめると、静かに口を開く。
「お前はギルドをどう思っているのだ?」
「?」
「いや、確かにギルドは野蛮なやつらが多いとよく言われてるようだからな。とくに俺たちのギルドは荒れくれ者ばかりが集まった集団ギルドだ。そう思われるのも、致し方ないともいえるのだが」
アイフリードの瞳は、微かに、本当に微かにだが、愁い帯びたように見えた。
それは、部下を想っているような、彼の優しさを垣間見た気がした。
彼とは会ったばかりで、どんな人物かは知らないが、その言葉と醸し出す雰囲気がそう感じさせた。
「<帝国>は<帝国>。ユニオンはユニオン。互いに生き方がある。小さく言えば、己と己、他人は他人。周りにどう思われようが、俺たちギルドには関係のないことでもある。だが、ギルドをどう考えているのか知りたいと思ったのだ。皇族の護衛にギルドを推挙したお前の考えをな」
リリーティアは眉間にしわを寄せ、彼の問いについて考え込んだ。
ギルドをどう思うかと問われても、よく分からないというのが正直な答えだった。
あの時に言った自分が推挙したというのは、皇族の怒りをギルドではなく自分に向けさせて事を収めようと思っただけの口実であった。
ギルドを雇用したのは、すべてアレクセイが行ったことなのだから。
それに、ギルドの人間とこうして触れ合うことなど、彼女は彼らのギルドが初めてだった。
ギルドの街ダングレストにも今まで一度も行ったことがない。
彼女は、答えに困った。
でも、なぜか頭の中には言葉が浮かんだ。
それは、遠い過去の想いと重なって、自然と口から零れた。
「<帝国>の中で生きる者も、ユニオンの中で生きる者も、ただ生き方が違うだけであって、根は同じ心を持ったもの同士です。それは、信念だったり、守りたいものだったり・・・。そういう心は、誰もが持っているものです。だから、私たちは、その中に秘める想いは互いに違っていても、秘めた想いを持つその心というものは誰もが同じであると、私は思います」
不思議だった。
こんなことを言う自分は、自分ではない気がした。
これから行うことを思うと、自分の言葉が馬鹿らしくも思った。
それでも、彼女の口からは留まることを知らず、言葉は零れていった。
「つまり、その、・・・同じ心を持った者同士だからこそ、それぞれに秘めた想いが違っても互いに受け入れることができる。だからこそ、ユニオンの中にも様々なギルドがあり、そのギルドそれぞれに流儀があっても、たったひとりのギルドの長についていく。それは、あなたの部下の方たちが、あなたについていっているのと同じように」
これは、過去のことだ。
自分の遠い過去だ。
かつて秘めていた想い。
その想いと繋がって、よくも知らないギルドのことを語っているだけ。
ああ、自分が馬鹿らしい。
こんな・・・、秘めた想いも、信念も、何もないからっぽの自分が何を言っているのだろう。
「そして、それは<帝国>の中で生きる騎士団も同じ」
彼女は、かつての騎士団の姿を思い出す。
碧(あお)の隊服に紺青の外套、
胸には羽を模った徽章を左胸につけていた、騎士団の姿を。
「<帝国>騎士団にも、そんな秘めた想いを心に持ち、剣を手に歩む者もいます。結局、<帝国>もユニオンも、一見違うように見えて、中身は同じなのかもしれません。心に信念を持ち、己の生き方を貫く者同士」
騎士と市民。
かつて壁がなかったように。
身分は違えど、共に手を取り生きていたあの頃のように。
それと同じなのかもしれない。
・・・・・・・・・。
ああ、自分が馬鹿らしい。
結局、変わってしまったではないか。
目の前に大きな壁が立ちはだかっているのが見える。
ああ、そうだ。
何を言ってるのだろう、私は。
信念?生き方?
カルボクラムで多くの命を奪った私が何を言うのだろう。
こんなの私じゃない。
私は、もう・・・・・・。
「あの、すみません。・・・あなたが問う答えにはなっていませんね。正直なところ、私にはギルドのことはよくわかりません」
リリーティアは困ったように笑った。
内心、自分自身を嘲りながら。
そんな彼女の心の中の葛藤など知るはずもなく、アイフリードは真剣な面持ちで彼女の話を聞いていた。
いや、アイフリードは、彼女が言っていた言葉すべてが、彼女の想いそのものだと感じ取っていた。
建て前で言っているのではなく、それこそ彼女の秘めた想いなのだと。
今のリリーティアには、気づいていなかった。
人形(どうぐ)になりかけている、彼女には。
彼に言った言葉、それこそが、本当の自分だということに。
「リリーティア特別補佐、そろそろ予定の時刻です」
----------ああ、そろそろ舞台へあがる時間がきたようだ。
駆け寄ってきた騎士団の一人に、彼女は頷いた。
そして、アイフリードへと向かい合った。
「それでは、アイフリードさん、護衛のほうよろしくお願い致します」
「了解した。今更であれだが俺の名はサイファーという、参謀を務めている者だ。リリーティア、と言ったな。よろしく頼む」
「ぇ・・・!」
リリーティアは目を大きく見開いて驚いた。
今の今まで、『海精の牙(セイレーンのきば)』の首領(ボス)と思っていたが、実際は『海精の牙(セイレーンのきば)』の参謀だったらしい。
確か、アイフリードの腹心だと話に聞いている。
「す、すみません!『海精の牙(セイレーンのきば)』の参謀の方だったのですか。て、てっきり私・・・、誠に失礼しました!」
「ははははは」
何度も頭を下げて謝るリリーティアにサイファーは高らかに笑った。
それは、感嘆したという意味を含めた笑いだった。
さっきの彼女の持っている考えに、彼は実のところ感服していたのだ。
「お前は本当に面白いな」
「す、すみません」
「いや、名乗らない俺が悪かった」
そういう意味を含めた笑いとは知らない彼女は、心底申し訳ないような表情を浮かべていた。
「今日は、お前のような者に出会えてよかった」
彼は穏やかな笑みを浮かべていた。
その言葉に彼女の胸に激しい痛みが走った。
けれど、それを悟られまいと、いつもの表情を作って彼に向けた。
「もう少し時間があれば、アイフリードとも会ってほしかったが。あいにく俺たちの首領(ボス)はこういった外交が苦手なのでな、あまり表に出ないのだ」
「そのように言って下さって恐縮です。ありがとうございます」
----------ごめんなさい。
----------ああ、早く舞台へあがる前に、心を闇に染めなければ。
彼女は笑みを浮かべた。
「アイフリードもお前の事をすぐに気に入るだろう。また会う機会があればいいものだ。その時はアイフリードとも話してやってくれ」
----------ごめんなさい。
----------さらに染めて、
彼女はさらに笑顔を深くし、彼に頷いた。
「はい、ぜひとも」
「それでは、そろそろ行くとしよう。深海に煌めく海精の牙(セイレーンのきば)の名に懸けて、彼(か)の仕事、引き受けたし」
----------・・・・・・・・・。
----------さらに、さらに、
背を向けたサイファー。
瞬間、彼女の表情は苦痛に変わる。
「サイファーさん」
----------ダメだ。
振り向くサイファー。
彼女はなんともいえない表情で彼を見た。
「あの、-------」
----------止めないと。
口を開こうとした、その瞬間。
頭の中に流れる映像。
心臓魔導器(ガディスブラスティア)。
道具となった彼。
狂気じみた瞳。
----------さらに、心を闇に染めた。
「・・・どうかお気をつけて。よろしくお願い致します」
----------さあ、闇(いしょう)もちゃんと纏った。
深々と頭を下げる彼女に、サイファーは返事の代わりに手を上げて、自分たちの船へと向かった。
顔を上げたリリーティア。
サイファーの背をじっと見詰め続ける。
そこには、一切の表情がなかった。
今、この時、彼女は舞台に上がった。
衣装(やみ)を纏った人形(どうぐ)となって。
あとは、舞台の幕が下ろされるのを待つばかり。