第7話 人形
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晴れ渡る空。
目の前には穏やかな海が広がっている。
ここはマイオキア平原・西側に位置する海岸線。
リリーティアは目を細め、水平線の彼方を見詰めていた。
次の実験の舞台は、この海のずっと先の海上で行われる。
アレクセイが選んだ者たち-------それは、〈満月の子〉の末裔である皇族たちのことで、旅行と称してその皇族たちを招待し、豪華客船ブラックホープ号に乗せ、その者たちで人体実験を行う手はずとなっている。
「リリーティア特別補佐!」
<帝国>騎士団の一人の若者が慌てた様子で駆け出してきた。
彼女は訝しげに彼に振り向く。
「た、大変です!皇族とギルドの連中が揉め事を!」
「すぐに向かいます」
騎士の言葉に彼女は軽い息を吐くと、足早に向かった。
皇族の旅行、並びに荷物の輸送のためのこの船旅には海上で魔物に襲われることがないようにギルドに護衛を頼んでいる。
ギルドの名前は、『海精の牙(セイレーンのきば)』と呼ばれる海賊ギルド。
海賊といっても、財貨奪う非道な盗賊ではなく、世界の海をまたにかけ、眠っている財宝を探し回るという自由奔放な活動を行っているギルドであった。
海と共に生き、海と共に死すことを流儀としているらしい。
そのギルドと皇族が何かしら騒動を起こしているようだ。
ギルドと皇族の船旅。
ギルドと<帝国>は、ここ最近では表立った大きな争いはないが、現在でもその関係は敵対的であるといっていい。
ちょっとしたことで騒動が起きることは大方予想していたリリーティアは、至って冷静にその現場に急いで向かった。
その現場に近づくにつれ、人の集まりも多くなっていき、現場にたどり着くと周りは人混みに溢れていた。
「なぜギルドの連中が我々を護衛するんだ。せっかくの旅行気分も、こんな薄汚い者たちと共にでは台無しではないか!」
「なんだと、てめぇ!<帝国>のやつらがどうしてもっていうから、俺たちは請け負ってやったんだ!」
口元に髭を生やし、お腹が大きく膨れた体格で、身分が高いことをいかにも鼻にかけているような皇族出身の男。
屈強な体つきで、常に海上で太陽にさらされている肌の色は黒く、それこそ海の漢(おとこ)と一目で分かる風貌のギルド出身の男。
リリーティアはこれ以上揉め事が酷くならないうちに割って入ろうとした、その時だった。
「そこまでだ!」
どすの利いた声が辺りに響いた。
争っていた二人は、その声に僅かに肩を震わせた。
その声がした方を見みると、そこには大きな体格の男が立っていた。
海賊帽を被った灰色の頭に、彫りの深い精悍な顔立ち。
その瞳からは、睨まれると身動き取れなくなるような威光を放った鋭さを感じる。
そこにいるだけで畏怖するような貫禄の持ち主だった。
彼女はじっとその男を見た。
確か、その者は『海精の牙(セイレーンのきば)』であるギルド側の責任者にあたる人物だと聞いている。
責任者ということから、『海精の牙(セイレーンのきば)』の首領(ボス)なのだろう。
首領(ボス)の名前は確か----------アイフリード。
「何をしている、皇族の御仁に失礼であろう。」
「そ、それは、あっちが先に-------!」
「俺たちは騒ぎ立てるためにここに来たのではないのだぞ!我らギルドの名に傷をつけるつもりか!」
アイフリードは、部下であるギルドの男に対して一喝した。
その迫力に圧倒され、皇族の男も少し怯んでいるようだが、そこはさずかというべきか、貴族の中の貴族である皇族の出。
男の気位の高いその性分は畏怖漂うアイフリードの前であっても、それは健在のようだ。
「お前がギルドの責任者か?部下の教養が行き届いておらんようだな」
「それは、申し訳ない。色々言い分はあることでしょうが、これ以上の揉め事はどうかおやめください。それこそ、せっかくの旅行が台無しになります、御仁殿」
丁寧に、落ち着いた声で言ったにもかかわらず、皇族の男は顔を真っ赤にして怒りを露わにした。
「その言い様は私も悪いと言いたげな口ぶりではないか!そもそもお前たちのような者が、皇族の私たちの護衛をすることは許しまじき行為なのだ!寧ろ光栄に思ってもらわんとな!分かってるのか!」
「・・・・・・・・・」
アイフリードはただ黙したまま、何を思っているのか、皇族の男をじっと見ているだけだった。
その様子を見ていたリリーティアは皇族の男に、ほとほと呆れた。
どんな言い掛かりをつけているのか、こんな群衆の前で人として恥ずかしくないのか。
----------といっても、一番、人として恥ずべきことを行っている自分が言う筋合いではないが。
「お待ちください」
それでも、皇族の態度はあまりにも目に余るものだったため、彼女は人混みをかき分け、前へと進み出た。
「<帝国>騎士団 隊長主席特別補佐リリーティア・アイレンスと申します。ギルドの方々に、護衛の依頼を推挙したのはこの私です。文句でしたこの私におっしゃってください」
この騒ぎを傍観しているギルドと皇族の者たちの視線が、一斉に彼女の方へ集中した。
「お前が推挙しただと・・・!何を考えているんだ!ギルドの奴らに私たちの護衛を頼むなど言語道断だ!」
「ですが、海を熟知するギルドの方々が傍にいたほうが、海上での非常事態の際、私たち騎士団よりも遥かにその時の対処を迅速に行ってくれることと思いますので」
彼女は内心苛立ちを感じながら、表情には出さずに皇族の男を宥めようとした。
しかし、皇族の男の怒りは収まる気配はない。
「だからって、こんな野蛮な奴らに我々の命を預けろっていうのか!」
この時、皇族の男と彼女の様子を黙って見ていたアイフリードの眉が微かに動く。
そして、彼女の表情も一変して険しくなり、その瞳には怒りの色が映った。
「てめっ・・・!言わせておけば-------」
「いい加減にして頂きたいっ!!」
その皇族の男と争っていたギルドの男が、身を乗り出し反論しようとしたが、突然の怒声にそれは遮られた。
それは、リリーティアの声だった。
先ほどのアイフリードのどすの利いた声と同じぐらい、辺りに響く大きな声だった。
少女から発せられたものとは到底思えぬ声量に、その場にいる者たちが皆、驚きを隠せなかった。
何が起きても動じそうにない風貌のアイフリードでさえ、その目は僅かに驚きに見開いている。
「野蛮とは?その意味を理解した上で彼らに言っているのでしょうか?」
その表情、声。
彼女は皇族たちを前にして露骨に怒りを露わにしていた。
何もされたわけではないのに、どこにそんな怒りを買うことができるのか。
ギルドだからなんだと言うのか。
それがどうしたと言うのか。
解らない。
意味が解らない。
「彼らがあなた様に無礼を働いたのですか?先ほどから見ていた限りでは、私にはあなた様がただごねているようにしか見えませんが」
皇族の男は、彼女の言葉にさらに顔を真っ赤にさせた。
あまりの怒りに言葉がでないのか、わなわなと体が震えている。
「海精の牙(セイレーンのきば)の方たちは、私たちの依頼にきちんと応えて下さっています。あなた様方の安全のために動いて下さっているのです。私たちに尽くしてくださる彼らに対して、その言動は如何なものかと存じます」
皇族の男は抑えられぬ怒りに、彼女の胸ぐらを掴んだ。
「て、<帝国>の騎士の分際で・・・・・・!」
今にも殴りかかりそうな豪族の男に、アイフリードは足を踏み出し割って入ろうとしたが、リリーティアは制止の手をあげて彼を止めた。
その時もアイフリードに目を合わせることなく、彼女は皇族の男の顔をひたと見据え続けていた。
「わしを怒らせるとどうなるか後で後悔することになるぞ!」
「・・・・・・・・・」
それでも動じない彼女の毅然とした態度に居た堪れなくなったのか、豪族と男は胸ぐらを掴んでいた腕を勢いよく離した。
「後で泣きついても遅いからな!」
男は言い捨てるようにその場を去り、人だかりの中へと消えて行った。
しばらくの間、その男の去っていた方を険しい表情で見詰めていたが、はっとなった彼女は、騒ぎに集まっていた群衆に向かって大きな声で叫んだ。
「皇族の方々、お騒がせして申し訳ございません!速やかに用意された船にお乗りください。ギルドの皆様に至っては、誠に申し訳ありませんでした!海上での護衛はあなた方が頼りなんです。どうぞよろしくお願い致します!」
ギルド側の群衆に向かって深々と頭を下げるリリーティア
そんな中、アイフリードは面白いものでも見たかのような表情で、彼女のその姿を見ていた。