第1話 背中
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
************************************
ルルリエの花びらが夜風に舞い、闇が深まったハルルの街を彩る。
「・・・・・・・・・」
リリーティアはハルルの樹を見上げていた。
そして、ゆっくりと目を閉じる。
瞼の裏に浮かび上がるのは、母の笑顔、キャナリ小隊たちのみんなの笑顔。
約束と誓約を交わした言葉。
そこから描く、
-------幻想の未来。
-----------------------、
-------------------------------、
ハルルの樹の下。
キャナリ小隊のみんなと笑い合う私。
私のすぐ隣で子供のように笑っている父と、優しい笑みを浮かべている母。
そして、父の策略によって連れてこたれたアレクセイ閣下は、私たちの様子を温かく見守ってくれているのだろう。
他愛のない話の中で、
ダミュロンさんが、相変わらず私をからかって、
キャナリお姉ちゃんが、呆れた顔でダミュロンさんを怒って、
ゲアモンさんが、怒られるダミュロンさんを面白がってからかい出して、
ソムラスさんが、困った顔でそんな二人を止めに入って、
ヒスームさんが、小さくため息をつきながら皮肉を言って、
小隊のみんなの笑い声がいっぱいに響き渡る。
そんな私たちの 日常《いつも》 の風景。
それを、お母さんは嬉しげに見ていて、
お父さんは、どんな顔で見てくれるだろう。
きっと、これ以上にない満面の笑みを浮かべながら喜んで見てるんだ。
誰よりも相手(ひと)の笑顔が大好きなお父さんだから。
あ、でも、お父さんのことだから、あれだ、
私をからかうダミュロンさんに、娘をいじめるのは許さないだとか何とか言って、相変わらずの溺愛っぷりを発揮するのかもしれない。
私はそれが照れくさくて、とっさに反抗して、でも本当は少し嬉しくて。
そのときのお母さんはきっと呆れた顔をしてる。
でも、きっと一番呆れているのはアレクセイ閣下だ。
大きなため息をつくアレクセイ閣下に、お父さんは突っかかって何かを言って、結局は互いに言い合いになってる。
売り言葉に買い言葉な親友同士の二人の姿にキャナリ小隊のみんなは唖然としているのだろう。
騎士団内では見せることのないアレクセイ閣下の姿には、特にみんなはびっくりしてる。
その言い合いは、いつものように私とお母さんが一喝して止めるんだけど。
不服そうにしているお父さんとバツが悪そうにしているアレクセイ閣下に、私とお母さんはそんな二人を困ったように笑って見てる。
それもまた、私たちの 日常《いつも》 の風景。
そこにはたくさんの笑顔に溢れている。
温かな笑顔。
子どものような笑顔。
思いに溢れた微笑み(えがお)。
優しい笑顔。
元気溢れる笑顔。
柔らかな笑顔。
そして、
楽しげで、時にその背中を押してくれる、あのおどけた彼の----------、
微々たる表情の中にも温もりが伝わる、あの穏やかな彼の----------、
-----------------------、
-------------------------------、
-----------------------------------”薄ら笑う顔”
「っ!!!」
リリーティアははっとして目を開けた。
ハルルの樹は夜風に揺られ、彼女の瞳は恐怖に揺れていた。
「ぁ・・・あ・・・・・」
彼女は頭(こうべ)を垂れ、地面に膝をついて座り込んだ。
そのまま彼女は動かない。
いつも、そうだった。
何かを考えるとき。
何かを思うとき。
何かをするとき。
頭の中に流れる映像。
それは、残像のようにちらつき、けして消えることはない。
彼らの、絶望という闇に墜ちた姿、そして、その瞳(め)。
その瞳(め)に、彼女は怖れ、怯えた。
それなのに、闇に沈んでいるシュヴァーンの瞳に誰も気づくことはない。
人々にとってそれが英雄の瞳であり、かつての彼の瞳を知る者などいないのだ。
しかし、それを知っている彼女にとっては、今の彼の瞳は絶望を湛えた色にしか見えなかった。
いや、すでに絶望さえも消え、何もないというほうが正しい。
自らその瞳に映すものはなく、ただ流れにその身を任せるているように、瞳に入ってくるものを映していくだけ。
そのことを証明するように人々が憧れの目で見ているのとは裏腹に、シュヴァーンは相変わらず関心のない目だった。
しかし、人々はそんなことなど気にはしない。
常に冷静で寡黙、それが英雄としての本来の姿なのだから。
英雄である彼の存在はすでに人々たちにとって絶大なものだった。
ひとたび歩けば、貴族だろうと平民であろうと関係ない。
帝都を発つ時も、彼に対する周りの人々の憧れと期待の眼差し、賞賛の声が引っ切り無しに続いた。
そして、今ここハルルの街に訪れた時も帝都と同じく 、〈騎士の巡礼〉 で訪れた彼に人々は挙って賞賛の言葉を言い浴びせた。
〈人魔戦争〉の勇者!
英傑シュヴァーン!
薄桃色の花びらが舞う中、浴びせられる賞賛の声。
今の不安な世の中、<帝国>の市民たちにとってシュヴァーンは唯一の希望の光だなのだ。
それは、あまりに皮肉なことだった。
〈人魔戦争〉によって人々の希望の光となった彼は、その〈人魔戦争〉によって彼自身の希望の光は奪われたというのに。
「(いや、・・・奪ったのは・・・・・・私だ)」
ハルルの樹は、あの日と何も変わることなく街を彩り、見守り続けている。
しかし、流れる時間は容赦なく様々なものを変え、あの日交わした約束と誓約はルルリエの花びらのように儚く散っていった。
リリーティアはハルルの樹を見上げると、静かに自嘲の笑みを浮かべた。