第6話 変化
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それから、またひと月がたった。
「これならなんとかなりそうだ」
暗い部屋の中心に浮かんでいる光の像を見ながらアレクセイが言った。
その隣でリリーティアは書類を片手に、光の像を見詰めている。
足の生えた城、あるいは胸壁を備えた虫------- ヘラクレス と名付けられたそれは、当初考えていた時と比べると、どこか無骨で荒削りなものになっている。
建造はすでに始まっており、現在はアレクセイが人選したヘラクレスの建造に携わっている者たちにしかその存在は知られていない。
このヘラクレスは騎士団の新しい本部になる予定である。
多額の予算を獲得していながら、本部の壊滅から一年以上がたっても尚、騎士団本部の建設が開始される気配がないのにはこれが理由だった。
人々を守るために造られていたはずだったそれは、今では、このようにその趣旨も変わってしまっていた。
強大な力を持ったその”敵”から人々を守るための強大な盾として造られていたヘラクレス。
けれど今は、盾というよりも剣。
それも守るための剣ではなく、奪うための剣のように思えた。
人々を武力で押さえ込むような威圧的なものに。
そんなことを感じながらもリリーティアはアレクセイの指示のもと様々な研究を行う傍ら、ヘラクレスの建設にもその知恵を注いだ。
そうして今も、ヘラクレスについて話し合っていた。
そんな時だ。
「騎士団長閣下」
「何だ?」
部屋に備え付けられてある魔導器(ブラスティア)の装置から声が聞こえ、部屋に響いた。
この部屋の入り口を警備している騎士の声だった。
その後に続けた騎士の言葉に、リリーティアは自分の耳を疑った。
「シュヴァーン隊長がお見えですが」
「!!」
リリーティアは目を大きく見開らく。
アレクセイに至っては訝しげな表情をしていた。
シュヴァーンの安否が分からないまま、すでにふた月が経っていた。
「通せ」
「かしこまりました」
警備の騎士の言葉のあと、すぐに奥の方から扉の開く音が聞こえた。
足音がだんだんとこちらへと近づき、部屋の入り口に黒い人影が見えた。
「便りもなく二ヶ月か。死んだかと思ったぞ」
アレクセイの声はどこか咎める響きがあった。
彼女はヘラクレスの設計図である光の像越しから見える、その黒い影へ目を凝らした。
本当にそこにいるのが彼なのかとじっと見詰める。
アレクセイはヘラクレスの設計図となる光を消すと、席を立ち、壁際に進んで何かを操作した。
すると、部屋を外界から遮断していたカーテンが一斉に開いて、外の明るさを受け入れた。
そうして、彼女はやっと黒い影をはっきりと認識することが出来た。
「(生きて・・・いて、くれた。・・・生きて)」
その黒い影は、確かにシュヴァーンだった。
彼女は胸の前でぎゅっと片手を握り締めながら、ほっとした表情を浮かべた。
その心の中は嬉しさでいっぱいだった。
嬉しさで溢れる感情を心の奥に押し込め、彼女は毅然として彼に向けて一礼すると、アレクセイの後ろに身を引いた。
「ダンクレストを追放されて戻ってきた者たちから話は聞いている。ホワイトホースというのはかなり剣呑な男のようだな」
「捕虜を返したのは、<帝国>との衝突を望んではいない証左と考えてよいかと思われます」
「(・・・・・・何か)」
シュヴァーンは相変わらず淡々と報告していた。
だがリリーティアは、すぐに彼に違和感を覚えた。
けれどそれは、悪いほうというよりも良いように感じて、彼女自身、この時は何がそう思わせるのか分からなかった。
「君の開放にかかった理由は?我々はこの間、ダンクレストに近寄ることもできなかったのだぞ」
シュヴァーンはこの二ヶ月もの間に何があったのか、すべてを説明した。
「ホワイトホースは、君がこちらの人間と気づいた上で、手元に置いていたというのか?しかも奉公期間が終わったらすんなり開放したと。分からんな、何を考えている」
彼の話によれば、ドン・ホワイトホースはユニオンに潜入した彼を痛めつけたはしたものの、命まで奪わず治療した上、彼に新たな名まで与え、その治療費分を払うまでそこに置いたのだという。
その話はにわかに信じられないことだったが、それよりも、彼女は彼のその話を聞きながら、やはり彼はどこか変わった気がしていた。
「ドン・・・ホワイトホースにとっては、取るに足りないことなんでしょう。俺のことも、我々の意図も。二ヶ月間、間近で見続けてきましたが、居丈高に見えて、彼にはいわゆる野心というものはないように見受けました。あの街の住民とギルドの便益だけが目的なんです」
「・・・まるでホワイトホースを弁護しようとしているみたいだな」
リリーティアがシュヴァーンの変化を感じ取ったように、アレクセイもまたシュヴァーンのそれを感じ取ったようだった。
「それで、ホワイトホースはまだ君を受け入れると言っているのだな?そのレイヴンとして」
「はい」
レイヴン ------- それがドン・ホワイトホースがギルドの人間として彼に与えた新たな名前だった。
アレクセイは考え込んだ。
何かを呟きながら部屋の中を行ったり来たりしている。
彼は一度、顔を上げてシュヴァーンの顔をじっと見詰めたが、また伏せてしまった。
心なしかその足取りは苛立っているようにも見える。
リリーティアは、アレクセイのその様子を不安げな面持ちで見詰めていた。
次は彼にどんな命を下すのか、それが気がかりでならなかったからだ。
彼女はふとシュヴァーンの方へと視線を移すと、彼もこちらを見ていた。
その時、アレクセイが立ち止まり、彼に向き直った。
「ホワイトホースの狙いはまだ分からんが。こちらとしてもこの状況は利用価値があるかもしれん。改めて禁じるでは、必要に応じてやつのもとに行け。判断は君に任せる。騎士団との連絡だけは絶やさないようにしろ。手筈はおって知らせる。以上だ」
アレクセイの指示にシュヴァーンはどう思ったのだろうか、彼の表情からは読み取ることはできない。
だが、リリーティアはアレクセイの指示に少しばかり安堵していた。
敬礼し退出しようとするシュヴァーンにアレクセイが彼に声をかけた。
「シュヴァーン」
シュヴァーンは足を止めて振り返った。
「なんでしょう?」
「君はまだ騎士団の人間だな?」
リリーティアは眉をひそめアレクセイを見た。
その言葉は彼を探るような、どこか意味深な言葉であった。
「俺は<帝国>騎士団隊長主席 シュヴァーン・オルトレイン です」
表情を動かすことなくシュヴァーンは言うと、もう一度敬礼をした。
「失礼します」
彼は部屋を後にした。
だが、アレクセイはシュヴァーンが出ていった扉を、しばらくの間、じっと見詰め続けていた。
リリーティアはアレクセイが彼に対して疑問を持ち始めていることを感じた。
「まぁ、これで一つ問題は排除できたようなものだ。あとはうまく事が運ぶようはかるだけだ」
それは、自身に語るように呟いただけなのか、自分に言ったことなのか彼女にはよく分からなかった。
「それはそうと、トルビキア大陸の北、正確にはスウェルダル諸島になるが・・・。例の要塞を建設中だということ、それは君も知っているとおりと思うが」
「はい」
アレクセイは席に座りながら、後ろにひかえ立っているリリーティアに向けて話し始める。
「本日、ほぼ完成したという報告が入った」
「・・・・・・・・・」
「あれは、我々の計画の為に重要な役割を果たすもの。少しずつだが、なんとか形になってきたようだ」
「それは何よりです」
彼女のその言葉は、あまり感情がこもっていなかったが、アレクセイは気にも留めず話を続けた。
「あとは、あの魔導器(ブラスティア)のデータを今よりもさらに多く集めたい」
「・・・施策します」
「うむ。下がってよい」
リリーティアは一礼すると、その部屋を出た。