第6話 変化
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シュヴァーンがギルドの街ダンクレストに向かってから二週間が経った。
「そ、そんな。そ・・・それでは、シュヴァーン隊長は?」
リリーティアはアレクセイからの報告に衝撃を受ける。
先日、ダンクレストに潜伏していた者たちが戻ってきたようだった。
しかし、そこにシュヴァーンの姿はないという。
話によると、彼らはシュヴァーンと合流する前に、間者ということがばれてしまい捕まったらしい。
ドン・ホワイトホースは彼らの命まではとることなく、ダンクレストを追放されただけで済んだようだが、捕まったときは酷い有様だったとその者たちは言う。
結局、シュヴァーンに会うことがないまま、帝都まで帰ってきたということだった。
彼女は、一気に嫌な予感が頭の中を駆け巡った。
「もう一度、騎士を向かわせ、ダンクレストの様子を探るように命じた。その者たちの報告を待とう」
この時のリリーティアには、アレクセイの言葉はほとんど耳に入っていなかった。
まだ、彼がどうなったかは分からない。
けれど、どうしても最悪な事態へと考えてしまっていた。
彼女はそう考えないようにと、無理やりにも研究に没頭し、彼のことを考える余裕を与えないよう日々を努めた。
それでも、やはり時には彼の事が頭に浮かび、その度に彼の無事を強く祈った。
しかし、その想いもむなしく、1ヵ月以上が経っても彼は帰ってこず、しかも、便りさえ何もなかった。
アレクセイによれば、ダンクレストに近づくことさえ出来ない状況だという。
彼女は、一層、彼の身の安否が気がかりでならなかった。
だからといって、自分が助けに行くことは出来ない。
いけたなら行っただろう。
しかし、彼女にはやらなければならないことがある。
たとへ彼女本意ではないものだとしても。
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「どうなさるおつもりですか?」
静かな、けれど重く響くようなリリーティアの声。
それは怒りが含まれた声色だった。
「・・・何が言いたいのかね?」
「私は言ったはずです。・・・危険だと」
たった二人では広すぎる部屋で、アレクセイは窓の外を見詰めながら立っていた。
彼女は、重厚な執務机の前に立つ彼の背を険しい顔つきで見ている。
「もう過ぎてしまったことだ。それよりも今は-------」
----------バンッ!!
「あなたは彼の命をなんだと思っているのですかっ!!」
執務机を両の手で力の限り叩き、彼女にしては珍しく声を荒げた。
かつて、彼女がアレクセイに対して、これほど怒ったことがあっただろうか。
それでもアレクセイは、その怒りにも動じることなく、彼女に背を向けたままだ。
「以前のあなたはそうではなかったはずです!」
リリーティアはアレクセイの傍へと歩み寄りながら訴えるように言った。
以前のあの頃の彼に戻ってほしい。
この声があの頃の彼に届くようにと。
「以前?何も変わりはないであろう。今のこの<帝国>を変える。なにも変わってなどいない」
確かに、彼の立ち振る舞いは一見、以前と何ら変わらないように見える。
事実、今も貴族、平民の枠を超えて理想を説き、若き騎士たちを魅了し続けている。
だが、それこそ表面上でしかない。
「そういうことではありません。あなたの理想は変わってないのだとしても、あまりにも人としての手段が-------」
「立場をわきまえよ。以前もそう言わなかったかね、
「っ・・・・・・」
それは皮肉を込めた言い様だった。
天才と謳われる者が、立場をわきまえるという意味も知らないのかと。
「君の考案したあの方法。一度あれで実験を進める」
「!!」
見る見るうちにリリーティアの表情は青ざめていく。
「ま、待ってください!まだ、まだです!あれは、まだひとつの仮説にしかすぎません。もう少しだけ-------」
「仮説を立てたなら、次は演繹(えんえき)された各命題に対して実験を行い、確かめていくことが、真偽を確定していく道筋ではないのかね」
「で、ですが・・・、その実験方法はまだ不完全で。もう少し時間を下されば、確実にその実験から良い結果を導くところまで-------」
「君の”もう少し”は聞き飽きた。仮説ばかり立てていては前には進めん。一度実験を行い、その結果を元に新たに検証を行う。よいな」
アレクセイは厳しい目つきで彼女を見た。
その視線と、有無をも言わせない物言いに、すでに何を言ってもそれは変えられないのだというのが嫌でも伝わった。
彼女に対するアレクセイの態度は、あの頃と比べずとも酷いものだった。
まったく聞く耳を持たず、反撃する余地を与えないような有様で。
それでも、彼女も引くわけにはいかず、アレクセイに言葉を投げ、必死の抵抗を見せる。
「お願いです!もう少し時間を下さい!お願いですから!!この実験は、多くの命が・・・、それこそ取り返しのつかないことを-------」
「実験に犠牲はつきものだ」
「っ!?」
この時、リリーティアは、本当にあの頃の彼なのかと、改めて疑うほどに衝撃を受けた。
彼はあの時、悔やんでいたはずだった。
多くの犠牲を出してしまったと。
確かにあの時の彼は、己の判断の誤りによって、〈人魔戦争〉と爆破事件で多くの犠牲を出してしまったと嘆いていたのに。
誰よりも失うことの悲しみを知っている彼が。
市民のためだと理想を説いてきた彼が。
なぜ関係のない多くの者たちを巻き込むことになるこの実験を、こうも簡単に”犠牲はつきもの”と割り切れているのか。
割り切るというより、至極当然の如く。
「この計画を実現させる為には、まだまだやるべき課題は山ほどある。それは、君が一番知っているだろう?」
「・・・・・・」
彼女は何も言えず黙ったまま。
「・・・私を怒らせないほうが身のためかもしれぬぞ」
「っ・・・・・・」
リリーティアは心の底から冷えるような感覚に襲われた。
額には訳が分からない汗がにじむ。
この時、彼に何かを言うことさえも恐ろしいと思った。
それでも彼女は何とか声を絞り出し、彼に問う。
「そ、それは・・・、どういう・・・意味、ですか?」
「何度言えばよい。身の程をわきまえろということだ」
「・・・・・・」
アレセイは再び彼女に背を向けた。
リリーティアは目線を下に落としたまま、口を閉ざした。
「引き続き、計画実現のため推究せよ」
「・・・・・・はい、閣下」
彼女はアレクセイの背に向かって、深々と頭を下げた。
頭を下げたまま、彼女は自分自身に問いかけていた。
「(私は、どうしてここにいるのだろう・・・?)」
それは無意識のうちに胸の内に零れた言葉だった。
ふと思ったのだ。
ここにいる意味を。
生きている意味を。
その答えは出ないまま、頭の中から霧のようになってすぐに消えた。
川の上を流れる葉ように、言われるがまま流れに身を任せた。
今の彼女には、考えることも、感じることも疲れていた。
彼に抗うことに何の意味があるのだろうかとさえ思ったほどに。
けれど、シュヴァーンが無事であるのかどうかという不安だけは、いつまで経っても消えてはくれなかった。