第6話 変化
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「例の計画はどうなっている?」
シュヴァーンが部屋を出て行った後すぐにアレクセイは話を切り出した。
「・・・まだ、考案中です」
「どれくらいかかるのかね」
「これは、あまりにも大掛かりな事なので。・・・もう少し時間が必要です」
「次の密議までだ、よいな。下がりたまえ」
そういうと、アレクセイは執務机に向かい、書類に視線を落した。
リリーティアは何かを言おうと口を開きかけるが、結局何も言わずその場で一礼すると、その部屋を出た。
部屋を出ると、扉の左右に立つ騎士たちがリリーティアへと敬礼の姿勢を取った。
赤い甲冑-----親衛隊だ。
親衛隊とは皇帝を守護する近衛兵の別名。
しかし、肝心の皇帝は〈人魔戦争〉の後に病がよくならないままに崩御してしまった。
城内の警備といいつつ実質的には騎士団長を警護している彼らは、専らこの名で呼ばれるようになっている。
彼女は彼らに軽く会釈を返すと、薄暗い城内を抜けて自分の研究室へと向かった。
研究室へと向かう途中、あらゆるところに騎士の姿があり、あの”爆破事件”が起きてから城内の警備は厳重だった。
それに対して、貴族や皇族、あるいは彼らに仕える侍徒たちの姿はほとんどない。
そこら中、威圧的に騎士が立つ今の城内はおよそ快適とはいえなかった。
城内を警備する騎士は、リリーティアにすれ違うと決まって敬礼の姿勢を取っている。
以前の彼女なら、博士号を持ちその道での地位は最上位の者だとしても、<帝国>の騎士が一介の魔導士に敬意を表するなど必要ないはずだった。
その理由は、今の彼女には、前皇帝直属の魔導博士研究員という肩書きの他に、もうひとつ肩書きが加えられていたからだ。
<帝国>騎士団 隊長主席特別補佐。
この前例のない肩書きは、前例のない肩書きによって必然的につくられた。
<帝国>騎士団 隊長主席とはシュヴァーンのことであった。
隊長主席という肩書きは、騎士団にあってシュヴァーンに掣肘(せいちゅう)を加えられる者がアレクセイしかいないことを保証するものだった。
どのみち、度重なる災難によって多くの人材が失われた今、彼に対抗しうる騎士などいはしなかったのだが。
親衛隊の隊長は伝統的に騎士団長が兼ねるため、アレクセイが動けない時、それをシュヴァーンの役割として行う為に、アレクセイはこのような特別な肩書きを彼に与えたのだった。
そして、この肩書きに添うように、隊長主席特別補佐がつくられることになった。
その名の通り、それは彼の補佐を担うことを表す。
以前から、心臓魔導器(ガディスブラスティア)のこともあり、度々彼の傍らで騎士の任務を手伝っている彼女にとって、これといって職務的に変わったことはない。
だが、職務的には変わらなくとも、<帝国>に仕える者としての地位は上がったということになる。
そのおかげというと皮肉だが、彼女に対して露骨に悪態をつく魔導士、技術者 -評議会の人間は別として- はほとんどいなくなった。
あくまで露骨にというだけで、陰口はどうだかわからないが・・・。
兎にも角にも、魔導士として、<帝国>に仕える者として、ここ数年で彼女は明らかに以前と増して地位を確立していた。
彼女が英雄であるシュヴァーンの補佐を務めているという事実は、周りの騎士たちに、彼女は”英雄の補佐を務めるほどの実力があるのだ”と認識させた。
それにより、<帝国>騎士団の中にいても顔が利くようになり、彼女自身、この肩書きの大きさと重さを知った。
と同時に、<帝国>騎士たちが、どれだけシュヴァーンに強く惹かれているのかを改めて知ることになった。
リリーティアは、城内の別区画にある地下の入口へと歩く。
地下に降りる入口には、二人の親衛隊が常にそこにいて、彼女がそこを通る度に敬礼をした。
「お疲れ様です」
そんな彼らに労いの言葉をかけることもいつものことだ。
階段を降りると、さらに薄暗くなった廊下の先に彼女の研究私室はある。
だが、その研究私室に入る前に大きな扉があった。
その扉の前には、白く輝く模様が浮かんでいた。
複雑に絡み合い、いくつもの円が描かれている。
それは、術式だった。
術式に手をかざすと操作盤が現れ、彼女は素早く何かを打ち込むと、術式は分解され、音をたてながら重々しく扉が開いた。
彼女が扉の中に入ると、自動に扉は閉まり、扉の前には再び術式が展開した。
そして、扉が閉まった後、壁に備え付けられた光照魔導器(ルクスブラスティア)が室内を照らす。
だが、それだけではこの広い研究私室内すべてを照らし切れておらず、仄暗かった。
天井には、まだ明かりが灯っていない光照魔導器(ルクスブラスティア)が何個かあったが、彼女はそれを点けることはしなかった。
以前の研究室よりも倍以上ある広さ。
そこにあるのは、室内の壁半分を書物類が覆い、一部は様々な形の魔核(コア)と筐体(コンテナ)が棚に置かれている。
そして、広い作業机には束となった書類の山、その床には同じように書類や書物が積み上げられて置かれてあった。
他にも、素人から見れば何に使うのか想像の出来ない様々な用途の実験器具が所狭しと設備されている。
誰が見ても、そこはまさに実験を行う研究室だというのが分かるだろう。
地下であるから、その部屋にはもちろん窓もなく、どこか人を寄せ付けない重苦しい雰囲気を醸し出していた。
事実、ここを頻繁に出入りしているのは、リリーティアの研究室であるからほとんど彼女しかいない。
あとは、時たまアレクセイが訪れるぐらいだった。
それに、この室内に入るには先ほどの術式を解除しないと入れず、簡単には解除できないようにしてある。
この術式を構成した本人である彼女を除いて、その解除方法を知っているのはアレクセイだけだ。
リリーティアは、作業机に積まれた書類の山から、紙束をひとつ取り上げる。
それをじっと見詰めていた。
「(どんなに多方面から方法を考えても、確証が得られない限りこの実験は行えない。でも、閣下は・・・それでも・・・)」
仄暗い部屋の中、彼女は眉間にしわを寄せながら目を閉じる。
彼女は、研究よりも今はシュヴァーンの身を案じた。
「(大丈夫だろうか・・・、敵情を探るなんてこと・・・)」
相手はギルドユニオンの重鎮、ドン・ホワイトホース。
ギルドの巣窟と呼ばれる街に間者として行くことなど、どう考えても危険なのは明らかだ。
それなのに、アレクセイは彼を向かわせた。
以前の彼ならば、部下にそんな危険な行為をさせないし、間諜自体考えはしないだろう。
今やシュヴァーンは、〈人魔戦争〉の英雄として市民の前に姿を見せる機会はめっきり減っていた。
アレクセイの腹心として秘密の任務に就いているのだと、人々は噂しあっているようだが、あながちそれは嘘ではない。
今回のことを含め、アレクセイは彼に何度として公に出来ないような任務を命じてきたか。
あのカクターフの”病死”以来、評議会との干渉はほとんどなくなり、この一年近く、評議会は騎士団の様々な申請に対して、ほとんど異を唱えることなく承認を与え続けていた。
もちろん評議会のこの態度が一時的な撤退に過ぎないことは承知している。
それに、大人しくしているといっても、あくまでそれは表面上のことだけだ。
人知れず流れた血が一滴もなかったといえば嘘になる。
そして、----------その多くにシュヴァーンは関わっていた。
彼は淡々とそれらをこなしていた。
それでも、仮面さながら彼の表情に変化は見えなかった。
「(こんなはずじゃ・・・、なかった・・・)」
彼女は足元に散らばった心臓魔導器(ガディスブラスティア)を考察した資料に視線を向けた。
「(どうか・・・、どうか無事に・・・)」
任務から帰ってこられるようにと、彼女は祈った。
そして、責めた。
祈ることしか出来ない自分を。
祈ることしかしない自分を。