第6話 変化
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「----------抹殺します」
その声は、リリーティアの表情を強張らせた。
それは、何もない、冷たいのかも分からない声。
だが、きっぱりと彼は、シュヴァーンは言った。
彼の口から発せられたものは、その意味さえも含まないようなほどに、感情のない言葉だった。
彼にとって、それは単なる行動を表すものでしかないのかもしれない。
リリーティアは強張った頬のまま、彼の前に立つアレクセイにゆっくりと視線を向けた。
アレクセイは重厚な執務机越しに立ち、彼の目を凝視していた。
心なしかアレクセイの表情も強張っているように見える。
相手の答えに、アレクセイは数秒の間を置いてその口を開いた。
「・・・・・・よろしい。詳しいことは----------、」
「恐れながら」
アレクセイの言葉をリリーティアが遮る。
強張った頬をどうにか緩ませた彼女はそのまま言葉を続けた。
「それは、あまりにも危険ではありませんか?」
「危険など承知の上だ」
アレクセイの鋭い視線を感じたが、リリーティアは毅然として言葉を続けた。
「しかし、市民権を捨て、<帝国>の保護を拒むほどにギルドの人たちは<帝国>に対して反感の念を強く持っています。そんな人たちが集まっている街に潜り込むなど・・・・・・」
ギルド。
それは、<帝国>の支配から脱却した人々が結成した組織のことである。
彼らは<帝国>が定めた法律に縛られることなく、独自のルールに従って生活をしている。
その起こりは、いつの頃からか、魔導器(ブラスティア)の普及によって権力が脅かされるのを恐れた<帝国>が、魔導器(ブラスティア)の回収・管理を行い始め、その結果、上流階級ばかりが魔導器(ブラスティア)を持つようになり、身分差が拡大したこどが事の発端だった。
それに反発した人々の一部は、市民権を捨てて自治・自衛のために団結し、首領(ボス)をいただき、独自の軍事や商業を築き上げていった。
さらに、魔導器(ブラスティア)の発掘を行い、ついには<帝国>の支配の及ばない街をも手に入れた。
街の名は、ダングレストと呼ばれている。
そして、ギルドと一言で言っても、その数は数え切れないほどで、その規模は様々だ。
そのギルドたちをまとめ上げているのが、ホワイトホースという男だった。
彼はギルドが現れて以来、ばらばらだったギルドたちを一代でまとめ上げ、個々のギルドを束ねるユニオンを誕生させた。
ギルド最大勢力の『天の射る矢(アルトスク)』の首領(ボス)であり、五大ギルドの重鎮、またギルドユニオンのトップとして、絶大な信頼と発言力を備えている。
彼の名は”大首領”の意味を持つ”ドン”の名で広く知られ、ギルドの間ではドン・ホワイトホースと呼ばれているようだ。
そんなドン・ホワイトホースの存在をアレクセイが無視できるはずもなく、そのために彼はシュヴァーンに新たな任務を与えた。
それは、ギルドユニオンの間諜。
とくに<帝国>と表立って事を構える姿勢など見せてはいないが、それがこの先もそうとは限らないとして、ドン・ホワイトホースが何を考えているかを探れということだった。
<帝国>にとって当面の脅威にならないのなら問題はない。
だが、そうでないのなら----------。
それが、間諜は専門ではない彼が、アレクセイのもとに呼ばれた理由である。
そして、いつものように彼はアレクセイの命を受け入れていたが、傍で聞いていたリリーティアは彼らに割って入ったのだ。
「もし、ギルド側に<帝国>に通ずる騎士が潜り込んだと知られれば、今の<帝国>とギルドの均衡が脆く崩れてしまうかもしれません。下手をすれば、取り返しがつかないほどの最悪な事態になる可能性も考えられます」
「いずれ障害になる可能性があるものは事が遅れればそれこそ取り返しがつかなくなるのだ。・・・・・・あのときのようにな」
「っ・・・」
その言葉に、リリーティアは顔をしかめ、視線を落とした。
アレクセイが言うあの時とは、評議会のとある人間の企みによって、大切な命、大切なもの、その多くが失われてしまったあの”爆破事件”のことを言っていた。
「・・・ですが」
「一度失ったものは、そのほとんどが戻らないことを君もよく知っているはずだが?」
「それは・・・」
確かに知った。
それは、ほとんどというよりも、すべてといったほうがいい。
一度失ったものは、取り戻せない。
とくに、命というものは。
しかし、だからこそ彼女は止めようとしていた。
理想のためならば手段を選ばくなった彼だと知っていても。
何度言っても自分の言葉を聞き入れてくれない彼だと知っていても。
一度失ったものは、取り戻せないことを知っている彼女だからこそ。
失ったときの悲しみを、後悔を、知っている彼女だからこそ。
リリーティアは、アレクセイの顔を見据えた。
「ギルドに関しては、今はまだ事を急がなくてもいいと考えます。向こうになにかしらの動きがあった場合のみ、それ相応の対策を行うべきかと」
そう、失うわけにはいかないのだ。
命は一度失えば、もう戻らない。
それが摂理。
だが、その摂理を歪ませてしまったがゆえに、その命に苦しみを与えてしまうことになった。
けれど、罪を犯したとしても、その命はここにある。
現実にあるのは真実だ。
その命が、どう思っていても、どう思われても、何も思っていなくても。
その命だけは、もう失うわけにはいかない。
自分勝手だと分かっている。
それでも、絶対に失うわけにはいかないのだ。
「そんなにこの男のことが心配かね?」
「・・・・・・・・・」
互いに顔を見合せたまま、しばらくの間、部屋の中は沈黙に包まれた。
シュヴァーンは、表情一つ変えずその様子をただ見ている。
「心臓魔導器(ガディスブラスティア)も安定はしています。ですが、だからといって問題はないというわけではありません。いつどんな時、どんな症状が現れるか分からないのです。今まで大事(おおごと)の場で異常が起きなかったことは幸いと言ってもいいでしょう。
ですが、それはあくまで今までのこと。今後、場合によっては命の危険もあります。今、シュヴァーン隊長を失うことこそが、<帝国>にとって、いえ・・・、閣下自身にとって、一番の損失になるのではないのですか」
「・・・・・・・・・」
アレクセイは彼女をひたと見据える。
その表情はとても険しい顔つきだった。
それでも、彼女は怯むことなく、アレクセイを見据え続けた。
「シュヴァーン隊長だけではありません。
「さきほどから・・・、君は私のなんなのかね?」
アレクセイはリリーティアの言葉を遮ると、さらに一段と低い声でこう言い放った。
「立場をわきまえろ」
「・・・・・・・・・」
彼のその低い声には相手に対して物言わさぬ威圧的なものがあった。
その声に彼女はただ目を伏せることしかできなかった。
「シュヴァーン、詳しいことは後で書類を届けさせる。行きたまえ」
事の成り行きをただ見守るかのように二人の様子を見ていたシュヴァーンは敬礼して踵を返す。
刹那、彼はリリーティアに視線を向けた。
それは、あまりにも一瞬のことで、その視線に彼女が気付くはずもなかった。