第5話 少女
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リリーティアは大きく息を吐くと天井を仰ぎ見た。
天井には大きなシャンデリアがいくつもぶら下がっている。
ここはアスピオにある重要資料庫。
アスピオには研究所の図書館というところがあるが、誰でも自由に出入りできるその図書館とは違い、ここは許可がないと入れないように制限されている。
今ここには、彼女一人しかいなかった。
研究所の図書館にも多くの書物がそろっているが、ここはそれとは比べ物にならないほどの書物が収められていた。
出入りが制限されているように、ここはに貴重な文献が数多くあった。
彼女は資料庫内にある机に向かって、椅子に腰かけていた。
その机上の周りには、古びた書物が山となって積み上げられ、彼女の足元には白い紙があちらこちらに溢れており、その紙は彼女の字で埋め尽くされている。
「(どう考えてもやっぱり無理がある。・・・それでも、閣下は)」
彼女は膝を抱え、顔をうずめた。
そのまま彼女は長い時間そうしていた。
気づくと、時刻はすでに夜中というよりも、朝に近い時間帯だった。
彼女は膝を抱えたまま、足元につけている自分の魔導器(ブラスティア)にそっと手を触れた。
それは、赤い魔導器(ブラスティア)。
あの栗色髪の女の子と同じ色をした魔導器(ブラスティア)。
きれいに輝いているように見えた魔導器(ブラスティア)と同じ色をした魔導器(ブラスティア)。
”あの子”と同じ色をした”この子”。
女の子の心からの愛情を受けている”あの子”と----------、
「(----------私の”この子”は・・・・・・)」
魔導器(ブラスティア)を、人のように、命あるもののように見ている栗色髪の女の子。
魔導器(ブラスティア)が好きだと言いながら輝いていたあの笑顔。
本当に心から魔導器(ブラスティア)を慈しんでいる、愛している。
そんな瞳、そんな笑顔。
とても無邪気で、とても無垢で。
そのすべてが、光だった。
目をそらしたいほどの眩しい光だった。
その光に、己の闇を感じた。
光が強いほど、影は濃くなるように。
女の子の想いに、己が背負う罪の重さを感じた。
「あの女の子に言わせれば、”この子”はとてもかわいそうで、哀れで・・・。”この子”を持つ私をどう思うだろう」
彼女は悲しげにひとり小さく嗤う。
そして、もう一度、あの栗色髪の女の子の笑顔を思い浮かべた。
「(もしかしたら、私は・・・・・・、)
机の上にある一枚の紙を手にとると、じっとそれを見詰めた。
そこには、
〈ザウデ不落宮〉
〈満月の子〉
〈宙の戒典(デインノモス)〉
という言葉が頻繁に使われていた。
リリーティアは苦渋な表情で目を閉じると、手をぎゅっと握り締める。
手に持っていた紙がくしゃっと音をたて、しわになった。
「(・・・あの笑顔を奪ってしまうのかもしれない)」
それは、彼女が今考えてる研究には、魔導器(ブラスティア)を無謀な使い方で行う実験を考察しているものがあったからだ。
あの子が知らないままならば、そんなことにはならないのかもしれない。
けれど、私がやっているこれは、あの子が悲しむことだというのは事実。
きっとあの子には許されないこと。
いや、あの子だけではない。
これは、人として許されないことだ。
許されてはいけないことだ。
誰よりも魔導器(ブラスティア)が好きなあの子は、これを知れば誰よりも悲しみ傷つくだろう。
だから、彼女は願った。
-----------------いつまでもあの子の笑顔が、あの時の笑顔が、そこにありますように。
栗色髪の小さな女の子のためを想ったこの願い。
けれど、リリーティアはそれを願う自分に自嘲の笑みを浮かべた。
彼女は知っていた。
結局、この願いは女の子を想ってではないことを。
偽善にすぎないことを。
なぜなら、この願いの意味するところは、
自分が行っている研究があの女の子に知られないようにと祈っていることと同じ意味なのだから。
結局は他人より、自分のことなのだ。
彼女は、そんな自分を嘲笑うことしか出来なかった。
彼女は、机に置いていた銀の懐中時計にふと目を向けた。
重たげに椅子から立ち上がると積み上げていた書物を棚に片付け、一つの束にまとめた考察資料を雑嚢(ざつのう)の中に仕舞った。
雑嚢(ざつのう)を肩にかけると、懐中時計を胸元に収めながら出口へ向かって歩き出す。
そして、頑丈な造りの重々しい扉に手をかけ、そのまま動きを止めた。
深紅を纏い、背に荷を負っている彼女は、静かに目を閉じる。
もう何度、思い浮かべただろうか。
名前も知らない栗色髪の女の子。
無垢な笑顔。
どうしても脳裏に焼きついて離れない笑顔。
偽善と知りながら、彼女はもう一度願った。
----------あの笑顔を、誰でもいい、どうか守って。
栗色髪の女の子を想い、誰かに託す願い。
けれど、それは自分を守るためで、誰かに押し付けた願い。
あまりにも自分勝手な願い。
偽善な願い。
闇を纏い、背に罪を負っている彼女は、ゆっくりと目を開けると、重厚な扉を開く。
そして、その部屋をあとにした。
第5話 少女 -終-