第1話 背中
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「シュヴァーン小隊長、デイドン砦が見えてきました」
従卒である騎士の言葉にシュヴァーンは頷いた。
「(・・・デイドン砦)」
彼の後ろから少し離れて歩いていたリリーティアはひとりその足を止め、地平線からのぞくデイドン砦を眺める。
目を細め、どこか感慨深げに砦を見ると、再び彼女は歩き始めた。
晴れ渡る空の下、デイドン砦に向かって歩いている一行。
シュヴァーンと、その従卒騎士数名、そして、リリーティア。
彼女らは今、〈騎士の巡礼〉と呼ばれる任務に就いていた。
謂わば幹部候補となる騎士の修練の儀式だが、久しく形骸化していたものを、シュヴァーンの小隊長就任を機にアレクセイが命じたのだ。
その真意は<人魔戦争>で揺らいだ<帝国>の威信の回復、各地の実情の視察のためだった。
とはいえ、彼の心臓魔導器(ガディスブラスティア)は未だに不安定であるために、必然的にリリーティアは彼の補佐を命じられた。
そうして、デイドン砦に到着した一行は、一先ずここで休息をとることにした。
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リリーティアはデイドン砦の中を歩いていた。
周りをゆっくりと見渡しながら、まだ遠くない懐かしき日々を思い出していた。
そんな時、デイドン砦の門を見上げて、ひとり立っているシュヴァーンを見つけた。
彼女は一瞬ためらうも、彼に歩みを進めた。
「体の調子はどうですか?」
その声にシュヴァーンはリリーティアの方へ振り向いたが、彼の表情は相変わらずであった。
「問題ない」
彼は素っ気ないと思える返事を返すと、すぐに門の前に広がる平原に視線を移した。
「それなら良かったです」
それでも彼女は気にした様子もなく微かな笑みを浮かべた。
正確には気にしないように努めた。
その笑みに隠しながら。
二人の間にはそれ以上の会話はなく、しばらく沈黙が続いたが、彼女は戸惑いながらもその口を開いた。
「さっき、この砦を見て回ってたんですが、・・・初めてあなたと任務をしたこと思い出してました」
リリーティアの話に、隣にいるシュヴァーンはただ黙したまま。
相槌も打たず、聞いているのか聞いていないのかさえ分からないが、彼女は話を続けた。
「あの時は、私の補佐として支えてくれましたが。今回はその時とは逆ですね」
「・・・・・・・・・」
やはり相手は何も言葉を返さず、じっと砦の外を見ているだけだった。
リリーティアは少しでも彼と話そうと言葉を紡ごうとした。
「それと、この近くで<平原の主>に遭遇したこともありましたよね。それで、私が無茶をしたせいで-------」
「俺には関係のないことだ」
リリーティアの話を遮り、シュヴァーンはぴしゃりと言い放った。
そして、踵を返し、その場から立ち去っていく。
彼女は悲しげに目を伏せ、小さく頭を下げた。
「申し訳ございません、・・・シュヴァーン小隊長」
風に身を任せるように流れる髪と、橙の隊服に、橙赤(あか)の外套をなびかせる背を見送った。
彼女はそんな彼の後ろ姿に、ある姿を重ねた。
風に逆らうように揺れるほう髪な髪と、碧(あお)の隊服に、紺青の外套をなびかせていた、あの背を。
「・・・・・・ダミュロンさん」
どちらも同じ彼であるはずなのに、その二つの背は重ならない。
あまりにも今の彼は、ダミュロンの時の彼とは違いすぎている。
人というのは、これほどまでに変わってしまうものなのだろうか。
彼だけではない。
もう一人、心臓魔導器(ガディスブラスティア)で救われた、あの彼も。
彼らのその変わりように、彼女は自分が犯した罪の重さを感じていた。
彼がシュヴァーンとなってからというもの、リリーティアはほとんど会話を交わさなくなっていた。
否、出来なかった。
何を話していいものか、わからなかった。
心臓魔導器(ガディスブラスティア)を定期的に検査をしている時でさえ、必要以上の会話はしなかった。
だからこそ、話したかった。
あの時のようにまではいかなくても、ただ、ただ話をしたかった。
---------------他愛のない話を。