第4話 歪
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「はぁ、はっ・・・はぁ・・・っ」
荒い息づかいが闇の中に響く。
狭い路地裏。
そこに、小さな影がひとつ。
リリーティアだった。
肩を大きく上下させ、壁にもたれかかりやっと立っているような様子だった。
彼女は大きく息を吐くと、そのままずるずると力なく座り込んだ。
顔を上げると、家と家の隙間から僅かに満天の星空が見えた。
無我夢中で走っていたせいで、ここが帝都のどこら辺なのかもわからない。
ただただ、逃げたかった。
彼女は顔を上げたまま、両手で顔を覆った。
「・・・っ・・・はは」
彼女は自分の愚かさに嘲(あざけ)り、力なく笑った。
自分のあまりの愚かさにただ嗤(わら)うことしかできなかった。
己の憎しみで手段を正当化しようとした自分に。
己の憎しみで他人(ひと)に死を背負わせた自分に。
しかも、その他人(ひと)はかつての大切な仲間であり、この手で絶望を与えてしまった人。
生きる苦しみを与えた上に、自分はその人に、死を、闇を背負わせた。
そして、自分は逃げた。
「は・・っはは・・・、っ」
彼女は、肩を震わせながら、嗤い続けた。
「はは、は・・・・っは、・・・ははは」
乾いた嗤いは留まることをしらぬかのように。
そして、顔を覆った手の隙間から零れ落ちるものがあった。
それは、涙。
彼女自身、それは何に対する涙なのか分からなかった。
ただ溢れた。
分からないままに流れた。
嗤い以上に、溢れに溢れた。
手から零れ落ちた。
手から、頬へ、顎へ、そして、雫となって、深紅の魔導服(ローブ)に降りそそぐ。
その魔導服(ローブ)も、月の光りが十分に届かないこの場所では漆黒に見えた。
あの時のように。
「ははは・・・・っは、・・・はは、っ・・・ははは」
嗤いは止まらない。
自分を嘲り続ける。
異常なほどに体を震わし、己の手で力強く肩を抱いた。
彼女は額を地面につけるほどに体を縮こませた。
嗤う。
嗤い続ける。
嗤いは止まらない。
涙。
涙。
涙。
「ははは・・・、っはははははは、ははははは」
己に対する薄情さを含ませ、さらにその嗤いは高らかになっていった。
嗤う。
嗤い続ける。
嗤いは止まらない。
涙。
涙。
涙。
-----なんだ、まだ涙は出るんだ。
-----なんだ、枯れてなどなかったんだ。
-----なんだ、まだ、自分は、泣けたんだ。
嗤う。
嗤い続ける。
嗤いは止まらない。
涙。
涙。
涙。
-----なのに・・・・・・、
嗤う。
嗤い続ける。
嗤いは止まらない。
涙。
涙。
涙。
-----お父さんが死んでも泣かなかったくせに。
-----みんなが死んでも泣かなかったくせに。
-----あの”戦争”で失われた命に、涙など一滴も流さなかったくせに。
嗤う。
嗤い続ける。
嗤いは止まらない。
涙。
涙。
涙。
-----なの、に・・・・・・、
嗤う。
嗤い続ける。
嗤いは止まらない。
涙。
涙。
涙。
-----なのに・・・・・・っ
嗤う。
嗤い続ける。
嗤いは止まらない。
涙。
涙。
涙。
涙は溢れる。
長い間、溢れに溢れ続けた。
嗤う。
嗤い続ける。
嗤いは止まらない。
涙。
涙。
涙。
嗤う。
嗤い続ける。
涙。
涙。
涙。
嗤う。
涙。
涙。
涙。
涙。
涙。
涙。
涙。
涙。
涙。
涙。
。
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どれくらいそうしていたのか。
満天だった星が僅かにその数を減らしはじめた頃。
彼女は両手で顔を覆ったまま項垂れ、壁にもたれ、座りこんでいた。
けれど、そこにあの嗤いはなかった。
溢れていた涙もなかった。
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それから、またしばらくして。
彼女は未だ顔を覆ったまま、壁にもたれ、そこに座りこんでいる。
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彼女は静かに立ち上がった。
俯いたままの表情は、何も読み取れないほどに無だった。
そして、ゆっくりと歩き出す。
一歩、一歩。
今ははっきりと分かる深紅に染まる魔導服(ローブ)を揺らしながら。
彼女はそこでようやくその顔を上げた。
そこには、いつもと変わらない彼女の表情があった。
いつもの柔らかな、それでいて優しげな、周りから見れば、普段と変わらない彼女の姿そこにあった。
そうして、彼女は路地を出た。
いつもの表情で。
変わりない素振りで。
まだ、人の気配が少ない帝都の街の中を進んでいった。
まだ僅かに星が浮かぶ、暁の空の下。
その深紅の背を見守るのは、-------------------- 橙の背だった。
第4話 歪 -終-