第4話 歪
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「・・・・・・答えはもう出した」
アレクセイの絞り出すような声。
「っ!!」
リリーティアは大きく目を瞠り、アレクセイを見た。
今になって、ようやくはっきりと認識したのだ。
彼の瞳が翳っていることを。
あの頃の彼とはまったく違う瞳だということを。
そして、彼が言っていた言葉も、手段も、今まで何も疑問に感じなかった自分自身に恐怖さえ覚えた。
「待ってください、閣下!」
彼女はアレクセイの寝台へと駆け寄った。
「それは駄目です!それは、それだけは!」
この時、彼女の瞳に漂っていた翳りは消えていた。
「なぜだ?」
「なぜ、って・・・」
アレクセイの問いに戸惑った。
以前の彼なら、今しようとしていることは道理に反することだと分かるはずだ。
しかし、すでにそれは
いや、道理に反することだと知った上で、行おうとしている。
リリーティアは背筋が凍るのを感じた。
-----これじゃあ、閣下も彼らのように。
-----だめだ!それだけは!
「あ、あなたは、あなたは言いました!『確かに失ったものは大きい。それでもまだ出来ることがあるはずだ』と」
「だからやろうとしている。言ったはずだ、『諦める気はない』」
「それは出来ることではなく、してはならないことです!そんなやり方では、<帝国>は、人は、救われません!」
「・・・・・・・・・」
リリーティアは必死だった。
今の彼は彼ではない。
以前の彼をその翳りから救い出そうと、叫んだ。
しかし--------、
「見失わないでください、閣下!あなたの理想は、人を救う為にあるのだということを。その理想の先には、市民の笑顔があるのです。今やろうとしている先には、誰か笑っていますか?誰か救われていますか?よく考えてください!相手がどれだけ許されないことをしたとしても-------!」
-----彼の心を取り戻すには、
「ならば、どうしろというのかね? 放っておけというのか?再び奪うやもしれぬ輩を。それこそ、犠牲が増えるだけだ」
「っ、ですが!」
-----すでに、
「君の考えが正しいというのか?」
「っ・・・!!」
------遅すぎた。
リリーティアはアレクセイの視線に言葉を失った。
それはまるで、喉を掴まれたかのような鋭い目線。
今まで向けられたことのないものだった。
怒りと憎しみ。
それ以外、なにものでもなかった。
評議会との陰謀渦巻く会議の中でさえも、見せることがなかった目がそこにあった。。
「正しいと証明できる自信はあるのかね?」
「っっ・・・!!??」
心が歪みきったアレクセイは、彼女の心にとどめを刺すような言葉を言い放った。
その声音は明らかに、その問いにはそもそも肯定はないことを含ませた言い様。
それは、彼女からすれば、己の信念、考え、すべて否定された気がした。
あまりにも皮肉めいた問いだった。
誰よりも彼女を認めていた彼が。
誰よりも彼女を信じていた彼が。
彼が放ったその言葉は誰よりも深く彼女を追い詰めてしまった。
あの”戦争”によって、背負った罪。
奪われてしまった大切なもの。
それは、彼女の信念を大きく揺るがすものであった。
〈人魔戦争〉
あれ以来、彼女の信念は疑念となった。
自分を信じられなくなった。
己の身勝手な考えが、二人の”犠牲者”を出してしまった彼女には。
救った彼らは、救ったのではなく、苦しみを与えてしまったという結果を見てしまった彼女には。
そして、もうひとつ。
結界に守られていた街が崩壊した理由。
ヘルメスが遺した冊子をもとに、導き出されたその結論。
その真実もまた、これまでの彼女の信念を大きく揺るがせた。
こうして今まで正しいことをやっているものだとばかり思っていたことが、すべてが間違いだったという結果。
その結果は、誰も守れず、大切なものを傷つけるだけに終わってしまった。
それは、彼女の信念を捻じ曲げるには十分なものだった。
そんな中にあっても、彼女が今の今まで何とか前へ進めていたのは、あの爆破によって奪われたものたちがあったからだ。
父の手紙。
家族との写真。
想い出の場所。
補佐官たちとの絆。
そのすべてがあったからこそ、彼女はここまで歩いてこられた。
自分の信念を、時に揺るぎながらも、確かに持っていた。
それが、今は霧に覆われたように曖昧で、己の心にあるものがなんなのかも分からなくなった。
唯一の希望でもあったアレクセイの理想さえも、今、ここに歪んだ。
もうリリーティアの信念を支えるものなど、なくなった。
彼女は、真に、絶望を知ったのだ。
だからだろう。
この時のアレクセイの言葉は、正しいのか間違いなのか、彼女には分からなくなった。
いや、もう考えようとしなかった。
考えれば考えるほど、苦しくなるだけだった。
その苦しみから逃れたいがために、これ以上、彼女は彼に対して何も言うことをしなかった。
今はただ黙って彼の言うことを聞いた。
理想を貫くためには必要なのだと、ただ思い込んで。
「立てなおす時間を与えたくない。今夜中に頼む」
何を言っても決断は覆すことはもうないのだ。
検討を繰り返すには彼は疲れすぎていた。
その心にあるのは、ただ理想を求めるだけ。
相手を気遣う心も、想う心もなくなっていた。
あの光に、炎に、奪われた。
アレクセイは寝台の脇の円卓上にある焼け焦げた品々の中から小さな金属球を取り上げた。
そして、それをリリーティアの前に差し出す。
彼女は、無言のままその探知機を受け取り、じっとそれを見詰めた。
「魔導器(ブラスティア)を検知する探知機だ。壊れてはいない。範囲は知れているが、
精根尽き果てたようにアレクセイは荒い息を吐くと寝台に身を沈め、目を閉じた。
リリーティアはしばらく目を閉じたアレクセイをじっと見ると、、何も言うことなく彼に背を向けた。
そして、すぐ後ろに立つシュヴァーンに視線を向ける。
彼もリリーティアを見ていた。
だがその表情に変化はなく、いつもの彼の顔だ。
今の彼女の表情もそれと同じものだった。
何もない表情。
彼女はシュヴァーンに対しても何も言うことなく、その部屋を退出していく。
彼女に続き、彼もその部屋を出て行った。
-----------------------------------
二人が出て行った後、アレクセイは眠っていなかった。
リリーティアたちが去っていく気配に耳を傾けながら、静かに思いを巡らせていた。
自ら選んで踏み込んだこの道は、一体どこに続いているのだろうか。
分かっているのは、引き返すことは決してできないということだけ。
目を閉じたまま、アレクセイはゆっくりと両手を上げ、顔を覆った。
そして、今は亡き友たちの姿を想った・・・・・・。