第4話 歪
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***********************************
シュヴァーンの目の前に広がるのは瓦礫の山と化した騎士団本部。
その瓦礫の中を捜索していた騎士のひとりに、何があったのかを知らされた。
彼が任務を終えて帝都に帰還した時、すでにあの惨劇から二日が経っていた。
本部施設の壊滅。
中枢部、即ち団長以下の主要幹部の執務区画、それと以前、シュヴァーンが赤い眼の侵入者と戦った研究区画。
特にこれらは、文字通り跡形もなく消し飛んでいた。
重傷を負ったアレクセイは、動員できる限りの治癒術士が総出で治療にあたった結果、深刻な段階は乗り越え、今は安静にしているという。
しかし、クオマレたち補佐官らは犠牲になったと聞いて、彼は微かではあったが心の疼きを感じ、そんな自分に軽い戸惑いを覚えた。
と、同時に、彼は異常なほどの不安に駆られ、その口を開いた。
「リリーティアは?」
「は?」
「彼女は無事なのかと聞いている」
彼が発する言葉としては珍しく、それはどこか苛立ちと焦りが感じ取れる。
「あ、・・・は、はい。無事です」
騎士の言葉に、彼は目を伏せ、安堵した。
そして、そんな自分自身に、彼はさらに大きな戸惑いを感じた。
「その、実は、彼女も騎士団長閣下と同じくして、閉じ込められた仲間たちを助けようと爆破寸前の本部へ駆けこもうとしていたのですが、アスピオの魔導士たちがなんとかそれを止めてくれたようで。彼女には怪我もありません。・・・・・・ですが」
騎士は言葉を切ると、悲しげな表情を浮かべながら瓦礫の山へと視線を移した。
シュヴァーンもその騎士が見る方へと視線を向ける。
「あれから、もうずっとあの瓦礫の中にいるんです。あの爆発から残った物を少しでも多く拾い集めて・・・。何度も休むように言っているのですが」
「・・・・・・・・・」
その視線の先には、リリーティアの姿があった。
ここから見ると、瓦礫の中に埋もれているように見える。
騎士の言葉に何も返すことなく、そんな彼女をシュヴァーンはじっと見詰めていた。
「・・・無理もないことと思います。こんなことになるなど、我々も未だに信じられないことですし。ですが、彼女は二日も食事も睡眠もとっていない上、ああして休むこともせず・・・・・・」
騎士の言葉を聞いてか聞かずか、シュヴァーンは歩き出す。
しかし、その表情はいつものごとく無のままであった。
彼は瓦礫の中に足を踏み入れると、さらに、彼女の方へと足を進めようとした。
「ごめんなさい」
とっさに彼は足を止めた。
その声は瓦礫の中に座り込んでいるリリーティアの声だった。
よく見ると、彼女の指先は黒く、そして、朱(あか)く汚れているのが分かった。
砕けた壁石、ガラスの破片、構うことなく瓦礫の中を掻き分け、失ったものを探し続けたのだろう。
何よりその手は痛々しく、見ていられないほどにもうボロボロに傷ついていた。
憔悴しきった彼女の横顔は酷く汚れていて、その手で触れたのか、頬には傷も付いていないのに乾ききった朱(あか)がついていた。
シュヴァーンはそれ以上歩みを進めることはしなかった。
その場で立ち尽くし、彼女を見る。
彼がそこにいることに気付いているのか、気づいていないのか、彼女は座り込んだまま、じっと前を見詰めている。
しかし、それは瓦礫の山と化した本部を見ているというよりも、その先の先、そこには見えない、遥か遠くを見詰めているように見えた。
「ごめんなさい」
繰り返すその言葉はこの爆破で失ったものに対して言っているようにも聞こえたが、シュヴァーンにはそれだけではないようにも聞こえていた。
それは何かと考えた時、酷い疼きを感じ、彼はとっさに意識をそちらに向けるの止めた。
そうして、彼女が言ったその言葉の意味など自分には関係のないことだと、思考を深みへと追いやった。
「ごめんなさい」
悲しみの表情も、苦しみの表情もなかった。
彼女は、何も表情を浮かべることなく、言葉を紡ぐ。
「ごめんなさい」
遠く先を見詰めたままに。
ただただ、前を見ていた。
繰り返すその謝罪の言葉も、本人は自覚して言っているようには見えない。
そう思えるほど、彼女の瞳は----------虚ろだった。
「っ・・・・・・」
常に表情を見せることのないシュヴァーン。
しかし、その時、何を思ったのか。
彼のその瞳が、僅かに揺れ動いたのだった。