第1話 背中
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「・・・・・・・・・」
魔導器(ブラスティア)の操作盤を打つリリーティア。
一瞬も手をとめることなく、手を動かし続けている。
ただ黙したまま。
「・・・・・・・・・」
それをただ見詰めているダミュロン。
いや、かつてダミュロンと呼ばれていた男。
露になっている左胸に、心臓魔導器(ガディスブラスティア)が紅く輝いている。
ただ黙したまま。
リリーティアの研究室に、ただただ、操作盤を打つ音だけが響いていた。
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「終わりました。今は安定していますが、少しでも異変を感じましたらすぐに言ってください」
「・・・分かった」
リリーティアの言葉に相手は短く返すと橙の隊服に袖を通しながらその場を立ち上がる。
彼女の横を通り抜け、何の一言もなくその部屋から出て行った。
しばらく彼女は、彼が出て行ったほうを悲しげに見詰めていた。
そして、室内にある広々とした作業机に歩み寄る。
その机の上に山のように積まれている書類の中から、ある一枚の書類に視線を移した。
彼女はその書類をそっと手に取り、静かに唇を開く。
「シュヴァーン・オルトレイン」
それは名前だった。
つい先ほどこの部屋を出ていった彼の名前。
そう、これが彼の、かつてダミュロンと呼ばれた彼の、新たな名前だった。
この書類にはシュヴァーンという者の経歴が書かれていた。
------<帝国>を見舞った魔物との抗争を生き抜き、数少ない騎士のひとり。
------平民の出でありながら、卓越した技量と見識の持ち主。
等々。
具体的なことは慎重に避けられており、注意深く読めば解釈はいくらでも出来ることしか書かれていない。
しかし、これが今の彼を創るための新しい過去、新しい未来の土台へとなるのだろう。
「っ・・・・・・」
リリーティアは顔をしかめる。
一つも真実が記されていないその書類を強く握りしめた。
シュヴァーンとして生きることになったダミュロン。
だが、今も尚、彼には生きる意志がなく、まさに今の彼は精巧な機械人形そのものだった。
あの出来事の生還を境に、以前のような笑った顔など見ていない。
いや、表情自体、今の彼には持ち合わせていなかった。
どんな時も何もない表情、何も映さない瞳だった。
生者にして、生がない者。
彼女には今の彼がそう見えた。
そうとしか見えなかった。
しかし、世間は違った。
シュヴァーンとして彼を公にした日から、誰からともなく彼を”英雄”と呼んだ。
〈人魔戦争〉の”英雄” シュヴァーン・オルトレイン と。
〈人魔戦争〉。
人々はテムザでのあの出来事をそう呼んでいた。
テムザの事だけではなく、結界に護られていた都市が壊滅したことも含めて、そう呼ばれている。
それらの惨事が起きるまで都市の壊滅は単なる魔物の襲撃とされていたが、今ではテムザでの出来事をきっかけに人々はそれでは済まされないことだと捉えていた。
そのせいか、人々の間では様々の噂が飛び交っていた。
-----まるで訓練された軍隊のように魔物が騎士団を罠に陥れたという話。
-----魔物が人間より施設を優先したという話。
-----結界をものともしない未知で巨大な魔物の話。
生還者の少なさ故に情報が欠如を引き起こし、人々の不安を煽った。
<帝国>もこの出来事についてはあまり公にせず情報提供を避けており、それがさらに人々を不安にさせる原因となっていた。
そこで、シュヴァーンという戦争の”生還者”の存在だった。
戦争の”生還者”が現れたことにより、その不安も微々たるものだが緩和されていっている。
ただ、戦争を戦い抜き、生きて戻った一握りの騎士の中の一人 シュヴァーン について公にしたことはごく僅かなものだっだ。
平民。
熟練者。
生還者。
それでも人々はそこから根も葉もない勝手な噂を交わし、信じ、瞬く間に彼を”英雄”と称えた。
他のどの噂にも及ばないほど、シュヴァーンは人々に担ぎあげられた。
彼に関する噂曰く、平民出身にして高潔な騎士、熟練の剣さばき、激戦地での部隊の全滅と生還、多くを語らぬ寡黙な人柄。
僅かな言葉で人々がそこまで彼を担ぎあげるようになったのは、〈人魔戦争〉の衝撃の大きさに比例していた。
人々には<帝国>が発表した、『<人魔戦争>は人の”勝利”』という宣言に確信が欲しかったのだ。
その”勝利”の象徴となるものが シュヴァーン・オルトレイン という彼の存在であった。
それ故に、かつての彼、ダミュロンはもう--------------------”存在しない”ものとなったのだ。