第3話 明瞭
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次に彼女が訪れた場所。
そこは----------、
「・・・・・・お父さん」
----------小さな中庭。
吹き抜けになっている天井から月の光がさす。
月の光に照らされるのは、そこに佇むリリーティア、そして、白い墓標。
その前には、二つの剣。
その剣と寄り添うようにしてあるのは、《レウィスアルマ》がたてかけられている。
それは、〈人魔戦争〉で亡くなった彼女の父 ヘリオース のものだった。
汚れは綺麗に拭き取ったが、傷跡だけは生々しく残っている。
彼の遺体は見つからないままだったが、せめて生前に愛用していた武器だけは母の傍にとの思いからそこにおさめられていた。
それが、父の墓標の代わりのように。
リリーティアは小さく笑みを浮かべて父の《レウィスアルマ》を見詰める
でも、すぐにその笑みは消え、悲しげな表情に変わった。
しばらくして、彼女は踵を返し、墓標に背を向けるとその中庭を後にした。
ただ哀しい色を瞳に湛えたまま。
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「(どうして、涙も出ないんだろう・・・?)」
リリーティアは自室に戻ると、扉に寄りかかり、誰に問うでもなく心の中で呟いた。
椅子に座ると、机の上で控えめに灯る光照魔導器(ルクスブラスティア)が、一つの写真立てを仄かに照らし出す。
彼女はおもむろにその写真立てを手にし、何を言うでもなくただじっと見詰め続けた。
そこに映るは、少し照れながら笑っている幼いころのリリーティアと、優しげに笑った母リュネール、
そして、幼い彼女と比べても負けないぐらい、子どものように笑っている父ヘリオースがいた。
「これじゃあ、どっちも子どもだよ」
彼女は小さく笑った。
写真に向けて言った言葉は、父に届いているだろうか。
昼は灼熱の砂の中、夜は冷寒の砂の中で眠っているのかもしれない父。
せめて遺体だけでも見つけてあげたかった。
母と一緒に眠らせてあげたかった。
いや、強大な”敵”の力によって命を奪われたのなら、亡骸自体ないのかもしれない。
リリーティアは、〈人魔戦争〉で命を落とした父に対してまでも、深い罪悪感を持ち続けていた。
娘として何もしてあげられなかった自分を悔んだ。
そして、彼女は机の一番下の引き出しを引く。
その中には、それぞれ大きさがばらばらの封筒が大量に収められており、そこから、一番に上にあった一枚の封筒を出す。
封筒の中を開き、折り畳まれた紙を丁寧に開くと、そこには文字が綴られており、それは一枚だけでなく数枚にも及んでいた。
それは、〈砦〉の取締役としてテムザを離れられなかった父とやりとりしていた手紙のうちのひとつ。
テムザで研究を行うようになってから、この手紙が唯一父と会話する手段で、今では唯一、父のぬくもり、優しさを感じられるもの。
その内容は、体調のこと、心境のことなど、娘の身を案じる父の心遣い、
そして、どの手紙にも必ずといって書いてある、これは、一応父の深い愛情が故といっておこう、娘を異常なほどに愛する父の想いが大半だった。
でも、それを読むたびに彼女は呆れたように笑い、照れたように笑い、嬉しそうに微笑むのだ。
あの”戦争”で奪われたもの、それによって自分自身が奪ったものは、あまりにも大きすぎて、あまりにも多すぎて。
心に大きな傷と罪を背負ってしまった今の彼女には、笑うこともいつの間にか少なくなっていた。
それでも、この父の手紙を読むと、少なからず彼女は知らず知らず自然に心から微笑むことが出来た。
彼女は最後まで読み終えると、その手紙を丁寧に封筒の中に入れ、元の場所に戻した
椅子の背に力なくもたれると、大きな息をひとつ吐く。
机の上で灯る光照魔導器(ルクスブラスティア)の光を空然とした瞳で見詰めた。
長い、長い間、彼女はそうしていた。
最近、彼女は夜遅くまでこうして過ごすことが多くなった。
キャナリの執務室、両親の墓標、父の手紙、家族との写真。
目で見て、心で感じて、記憶を巡る。
それは、日課のように。
そして、彼女は、最後に決まって--------------------自分自身を恨む。
「っどうして泣けないの・・・!」
扉の前でも心の中で呟いたその言葉を、声に出しながら、リリーティアは机に打ち伏した。
その声は悲痛。
彼女は未だに仲間の死、父の死に対して、涙を流すことができなかった。
どうして?
なぜ?
分からない。
でも、どうしても・・・・・・。
泣けないのだ。
流せないのだ。
仲間の死を、父の死を、信じられないでいるからなのか。
いや、もう分かっている。
すでに受け止めている。
亡くなったという事実は。
もう戻らないという現実は。
そのはずなのに、涙は流れない。
どうして泣けないのか、分からなかった。
悲しいのは確か。
辛いのは確か。
寂しいのは確か。
泣きたいのは確か。
なのに、涙が出ないのは----------何故?
「(あの時、もう涙は枯れてしまったんだろうか)」
彼の、彼らの命を救ったという過ちに気付いた時、
押し寄せる罪悪感の中で留まることなく溢れに溢れ、止まらなかった後悔の涙。
その時に、涙は枯れ果ててしまったのかもしれない。
彼女は写真の中の父を見た。
そして、写真立てをそっと優しくなでる。
せめて、写真に写る二人の笑顔だけでも近くに感じたくて。
あまりにも大切な命が一度に多く失われてしまった。
それは、何よりも守らなければならないものだった。
命を懸けてでも守りたい《在るもの》だった。
なのに、守る前に、すでに失われていた。
そこにたどり着いた時にはなかった。
なにもできなかった。
なにも、なにも。
守るどころか、未だ泣くことさえもできず----------。
そうして、夜は更けていく。
大切なものを守れなかった後悔。
大切なものを救った罪悪感。
大切なものを失って尚、涙を流すこともない己の薄情さ。
様々な感情を胸にして。
何かを失っても、何かが変わっても、変わらず時間は巡っていく。
訪れる夜に、戻らない時間(とき)を夢に抱いて。
訪れる朝に、変わらない現実を背に負って。
繰り返し、また繰り返し、巡る。
その中で、
不安に襲われそうになりながらも、
罪に押しつぶされそうになりながらも、
己が信念を失いそうになりながらも、
それでも、今、彼女が前に進めるのは-------------、