第2話 不安
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帝都の地下は広い。
一般の立ち入りが禁じられているザーフィアスの地下には遺構や施設構造物が多く、その大部分は未調査のままであった。
それは歴代の偽政者たちが、その対象があまりにも多いために先送りにした結果だった。
ようやく現代、アレクセイによってこの区画調査を本格的に開始し、リリーティアが率先して調査を進めていたのだが、<帝国>全土の魔物が凶暴化、出没の頻度が多くなった時、その対処に追われた為に一度中断せざるおえなくなってしまった。
そして、今日から久しくしてその調査を再開させたのだ。
螺旋階段を調査隊は下っていた。
魔導士の一団と護衛の騎士たち、合わせて数十人の集団が、手にした光照魔導器(ルクスブラスティア)をたよりに一歩一歩、暗黒の深みへと降りていく。
騎士団たちは、時間の感覚さえも喪失しそうなほどの奥深く続く螺旋階段に「帰りが大変だ」と愚痴を交わしているのに対し、魔導士たちは計測器で深淵を探りながら、あれやこれやと地下に残る遺構に知的好奇心を発露させていた。
挙句の果てには、互いの議論を白熱させ、護衛の騎士たちをうんざりさせた。
もちろんこの調査には、先刻に〈巡礼〉から帰ってきたばかりのリリーティアも同行している。
調査隊の先頭を歩くアレクセイに随行して彼の後ろを歩く彼女は、騎士団とは違ってうんざりした様子もなく、魔導士たちの白熱な議論を寧ろ真剣に聞いていた。
「無理をせずともよいのだがな」
魔導士たちが騒々しく議論を交わしている中、アレクセイは前を向いたまま、後ろを歩く彼女だけに聞こえるよう抑えた声で話した。
「無理だなんて、そんなことありません」
「・・・無理をしているのはわかっているのだ」
「・・・・・・・・・」
リリーティアは何も返すことができず、アレクセイの背を見詰める。
何を言っても彼にはすべてお見通しだろう。
そう思った彼女はただ苦笑を浮かべることしかできなかった。
「ただでさえ、先の任務から帰ってきたばかりではないか」
「ですが、私もこの地下には興味がありますし」
「あるもないも----------」
「余計なことを考えずに済むんです」
「・・・・・・・・・」
今度はアレクセイが何も返せなかった。
彼女の言葉に彼はこれ以上何も言わなかった。
言えなかった。
これ以上の気遣いは、逆に彼女を苦しめることになると分かっているからだ。
心臓魔導器(ガディスブラスティア)で彼らの命を救ったことに、未だ苦しむ彼女。
その決断は、
正義か偽善か?
栄光か過ちか?
どちらにしろ、----------それは単なる自分の身勝手だったのではないかと。
そう思い悩み、自問自答を繰り返す中で、彼女はすでにそのことを罪として認識しているということをアレクセイは知っている。
だから、彼女が言う余計なことは、それらのことを指しているのだと察していた。
あえて気付かないふりをした。
罪という悲しみを押し殺し、平然とした態度で立っている彼女。
それに対して言葉をかければ、彼女は一層相手を気遣い、平然とした態度を貫こうとするだろう。
悲しみの中で毅然と立ち振る舞う彼女に対して、こちらの気遣う言葉は逆に彼女を苦しめることになるだけなのだ。
だがしかし、一つだけ、そうあと一つだけ。
リリーティアが抱くもう一つの心情を----------アレクセイは知らない。
「あの、・・・閣下?」
どこか窺っているような調子でリリーティアはアレクセイの背に呼びかける。
「ん?」
「あ、いえ・・・」
「なんだ、どうしたのかね?」
歯切れ悪く話す彼女の様子を不思議に思いながら、アレクセイは振り返った。
「・・・・・・閣下もあまり無理をなさらないでください」
「どうしたのだ、急に?」
「いえ」
リリーティアのその言葉にアレクセイは思わず苦笑を浮かべると、再び前へと視線を戻した。
「心配せずともよい。言ったであろう。まだ希望はあるのだ。シュヴァーンや補佐官たち、そして、君がいるではないか。それだけではない。先に逝ってしまった彼らの想いもあるのだからな」
「・・・・・・はい」
この時、彼がもう一度、彼女に振り返っていたならば、もしかしたら彼女がかけた言葉のその真意を知る手段を得たかもしれない。
しかし、ただこの時のアレクセイは、自分より他人を気遣う彼女の優しさなのだとしか思っていなかった。
そう、ただ前を向いて歩いている彼には、すでに知る由もないのだ。
彼の後ろをついて歩く、彼女の表情など。
悲しみ、苦しみ、不安、怖れ。
どちらともとれるようで、とれないような、あまりにも複雑な表情を浮かべている彼女の心情など。