第2話 不安
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「改めて、ご苦労だったなリリーティア」
彼が出て行ったのを見送った後、アレクセイはリリーティアに向き直った。
「彼の様子はどうだったかね?」
「はい。心臓魔導器(ガディスブラスティア)は以前と比べて安定はしているようですが、やはりまだ完全でありません。いつ異常を起こすかわからない状態です」
「ふむ。安定しているとしても常に今だけだと考えていたほうがいいということか」
「はい」
心臓魔導器(ガディスブラスティア)の状態を報告するリリーティア。
表に出さないようにしているようだが、その表情には不安と悲しみが見て取れる。
彼女の心情を理解しているアレクセイは憂う目を僅かに細めて彼女を見ていた。
「一刻も早く心臓魔導器(ガディスブラスティア)を安定させますので」
「ああ、頼んだ」
その後しばらくして、一通りの話を終えたとき、室内の通路で待機していた補佐官たちが部屋に入ってきた。
「お疲れ様です、リリーティア殿」
クオマレの一声に続き、他の補佐官たちも彼女に労いの言葉をかけた。
彼女は疲れも見せない笑みを向けて彼らの言葉に応えた。
「ん?・・・なんだ」
その時、アレクセイが部屋の外が騒々しいことに気付く。
すぐにリリーティアや補佐官たちにもその騒がしい音が耳に入った。
それは金属同士がぶつかり合う、甲高い音。
何やら只ならぬものを感じて補佐官たちは急いで部屋を出ると、剣の引き抜きながら長い通路を駆け抜ける。
彼女もその後を追いかけて駆け出し、開ききっていない両扉を潜って廊下へと飛び出した。
そこには剣を手にしているシュヴァーンがいて、彼と補佐官の皆が上を見上げていた。
彼らにならうようにリリーティアも天井を見上げると、彼女は絶句した。
目に飛び込んできたのは、袖と裾の広がった上着を纏い、いやに印象に残る赤い光を放った両眼レンズを着け、口元以外を覆った覆面男が三人。
一体どうやっているのか、その男たちは廊下の天井にへばりついていたのである。
「(あの格好・・・、武器商人ギルドの?確か、裏では暗殺業もやっているっていう)」
常識を覆したような彼らの体勢に戸惑いながらも、彼女は腰にある《レウィスアルマ》に手を添え、いつでも戦える構えをとった。
そうして一同が互いに睨み合っている中、アレクセイが現われた。
剣を抜きもせず、普段通りの足取りで廊下に出るや、無言で眉をひそめ侵入者たちを見上げる。
すると、三人の赤い眼の男たちは音もなく傍の窓へと身を躍らせ、ガラスを突き破ってその場から退散した。
シュヴァーンは破片が降り注ぐのも構わず駆け寄った。
だが窓から見えたのは建物の屋根の向こうに消える、三人の後ろ姿だけだった。
そこへ他の騎士たちも駆け付けてきた。
よく見れば、扉の警護たちの騎士も混じっている。
「持ち場を離れるとはどういうことだ?」
シュヴァーンの問いに、警護の騎士は直立不動の姿勢を取った。
彼らの話によると、扉の前にあの赤い眼の男が現れて追っていたということだった。
そのあと、扉の警護ではない他の騎士から、大書庫に侵入者が入り、火を放ち逃亡しているという報告が入ったが、大書庫の火事はすぐに消し止められ、被害は軽微で済んだということであった。
「あれは雇われただけの、ギルドの連中だろう。もう本部内にはいまい。それよりこの区画の警備を最上位に引き上げろ。私の警護よりも優先でだ。本部及び各支部に第二級警戒態勢を発令。別命あるまで維持せよ。侵入経路の検証は任せる」
「りょ、了解しました!」
アレクセイの指示に何人かの補佐官が敬礼するや、ただちに駆け足で散っていった。
それを見送りながら、 リリーティアは険しい顔つきで考え込む。
「(狙いはあれに間違いない。けど、一体誰が彼らを雇って----------)」
「騎士団長、何事です、この騒ぎは!?」
廊下中に響き渡るような声に彼女の思考は遮られた。
見れば、廊下の彼方から肩を怒らせて大股でやってくる者がいる。
鍛錬とは無縁の瘦身(そうしん)、派手な刺繍で彩られたローブに特徴的な円筒形の帽子を被る、その姿。
その者は、フィアレン監査官という男だった。
評議会が派遣してきた監査官で、騎士団長であるアレクセイに四六時中付きまとっている。
〈人魔戦争〉によって騎士団の力が弱まったのを好機と見なし、何かと騎士団に横槍を入れてくる始末で、まるで仕事にならないと、アレクセイの補佐官たちもほとほと困っているようだった。
リリーティアも評議会には何かと目の敵にされているが、その”戦争”以来、さらにそれは酷くなっており、監査官であるフィアレンも例外ではない。
「(そういえば、あの人、今まで何処に・・・?)」
いつもアレクセイに付きまとい、しかも、この騒ぎになってからそれなりに時間が経っているというのに、今頃、ここに現われたフィアレンを彼女は訝しく思った。
「侵入者だ。幸い大した被害はなかったが。----------今までどちらに?」
「私は必要な時に必要な場所に赴く。いちいち報告する義務はありませんな」
「ごもっとも」
「・・・・・・・・・」
フィアレンの物言いにリリーティアはさらに強い疑念を抱く。
「それより侵入者ですと?仮にも<帝国>の護りを預かる騎士団の、その本部に賊の侵入を許すとは、一体ここの警備はどうなっているのやら」
「耳が痛い。”戦争”の後、我々すべてが団結せねばならない時に、こんな事が起きるとは残念なことだ」
アレクセイは、内に火を秘めた岩のように揺ぎ無く力強い視線でじっとフィアレンの目を見詰めた。
だが、フィアレンも負けじと睨み返す。
その視線はさながら、岩の周りを這い回っている、すばしっこくも毒もあり、抜け目無く動き回る蛇のようだが、その牙は岩には通らない。
言外の舌戦が交わされるのを、その場にいる誰もが感じ、決定的な瞬間に向かって緊張が高まる。
しかし、そんな緊張感を闖入者が軽々と破った。
廊下の奥から案内の騎士に導かれて、なにやら大量の荷物を背負い込んだ一団がどやどやとやってきたのだ。
それは、騎士団に招聘(しょうへい)されている魔導士の一団だった。
政治的な駆け引きなどまるで理解しない彼らは、場の空気も読まずに呼ばわった。
「お待たせしました、アレクセイ閣下。よろしければ参りましょう!」
拍子抜けした、またどこか安堵したようでもあるフィアレンの問いただす視線に、アレクセイは肩をすくめてみせた。
リリーティアはというと、そんな魔導士たちに困ったような笑みを浮かべて見ていたが、緊張感漂った空気を破ってくれたことには内心ほっとしていた。
あの空気の中で長居はしたくない、というのが正直なところだったからだ。
「中断していた区画調査を再開したのでね。設置されている魔導器(ブラスティア)の状態なども調べるのだが、規模が膨大なためにアスピオから魔導士や技師を招いている」
フィアレンは魔導士たちを見ると、魔導器(ブラスティア)や計測用、はてな用途の分からない様々な道具で腰も曲がらんばかりの、お世辞にも身奇麗とは言い難い彼らに対して、不快感も隠そうともしていない様子だった。
そんなフィアレンにアレクセイは呼びかけた。
「今から私も行くが、一緒に来るかね?調査は足を使う。いい運動になるぞ、監査官」
「必要な時に必要な場所に赴くと申し上げたはず。失礼する」
フィアレンは、不満たらたらな表情で言うと、来た道を引き返しだした。
その足がはたと止まる。
「そうそう、今日のこの騒ぎについては評議会に報告させていただく。よろしいですな」
そう言うと、監査官はほとんど駆け足に近い足取りで引き上げていった。
リリーティアはじっとその後ろ姿を見詰めながら、音もなく息を吐いた。
フィアレンの姿が見えなくなると同時にアレクセイは懐からそっと一冊の書物を取り出す。
それは、手書きの紙を束ねただけの、ぱっと見には誰の注意もひかないような冊子。
「狙いはこれだろう。よくも嗅ぎつけてくるものだ」
傍らにいるリリーティアやシュヴァーンに聞こえるように話す。
彼女が思っていた通りに、アレクセイも同じように考えていたようだ。
この冊子こそが、アレクセイの友でもあるクリティア族の天才科学者ヘルメスが遺したもの、いわば彼の形見だ。
彼が遺したその記録書には、さまざまな技術と事実が書かれている。
現に、心臓魔導器(ガディスブラスティア)も、この冊子をたよりにシュヴァーンに施したのだから。
「ここには未来がある。多くが失われた中、残った数少ない可能性のひとつがここにある。目先の利しか見ない者に渡す訳にはいかん。まして握り潰そうとする者たちには、断じてな」
二人にだけ聞こえる囁くような声でアレクセイは言っていたが、その言葉はどこかアレクセイ自身に言い聞かせているようにも感じた。
リリーティアとシュヴァーンはただ黙って聞いているだけだった。
ただ彼女だけは、心配そうな面持ちでアレクセイを見詰めていた。
彼女は、アレクセイのその言葉に内に秘める執念にも似た、揺ぎ無い想いがあるのを沸々と感じていた。
同時に、彼のその想いに、今まで何度感じたであろう、リリーティアの胸中にはさらに不安が募っていった。