第16話 選択
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涼やかな潮風、暖かい太陽の光、波打つ音。
リリーティアはエフミドの丘に来ていた。
広大な海が一望できる絶景の場所に佇み、その景色をじっと眺めている。
微かに香る潮を感じながら、彼女はそっと髪飾りに触れた。
そして、静かに目を閉じる。
潮風が優しく頬をなでていくのを感じた。
ゆっくりと目を開けると、もう一度、目の前に広がる広大な海を見詰めた。
ここを訪れたのは二度目。
一度見ているとはいえ、それでも、この絶景には魅せられた。
次にここを訪れた時も、きっとその感動は変わらないのだろう。
何度来ても、飽きることはない景色だと思えた。
「(彼女も、きっと驚くのだろうな)」
ふとリリーティアは、エステリーゼのことを思い浮かべた。
彼女は外の世界を知らない。
城へ出ることも禁じられている彼女には、本の中にしかその世界を知る術はないのだから。
そんな彼女が、この景色をその目で見れば、きっと驚き、これ以上なく目を輝かせるだろう。
そうすれば、あの疑問にも少しは答えを見出すことができるはずだ。
『学術書を読む楽しさと物語を読むわくわくした感じは、ちょっと似ているけれど、全然違うのはどうしてだろうって』
『物語を書く人はどうやって登場人物を作り出すんでしょう?』
リリーティアはふっと目を細めて海を写しながら、あの時、エステリーゼが言っていた言葉を思い返した。
あの時、私は答えなかった。
今、その疑問に答えるならば、----------”この海を見てほしい”と言おう。
曰く、その答えは外にあると。
本の中にでもなく、城の中にでもなく。
それは、外の世界にあるのだと。
彼女と話している時に私が思うのは、
外の世界を見てほしいという思いと、このまま知らない方がいいという思い。
それは、互いに矛盾した思い。
けれど、どちらかというと、知ってほしいという思いの方が少しばかり強い。
なぜなら、まだ自分が幼かった頃。
本で知った花や動物たち。
それを、自分の目で見た時の高揚感。
匂いや色、音や動き。
本では見られない、感じられない、ひとつひとつの小さな発見。
けれど、幼い自分にとってはそのひとつひとつが大きな発見だった。
本で知ることの楽しさを覚え、そして、実際にその瞳に映して、その手で触れることで、知っていく誇らしさを感じていたあの頃。
目に映るものすべてが驚きで、肌に感じるすべてが喜びだった。
彼女にも、その目で見て欲しい、その肌で感じて欲しい。
この空の青さを、この海の匂いを、この風のぬくもりを。
そして、いろんな人と出会い、笑い、時に辛く苦しいこともあるだろうけれど、たくさんの人々と触れ合って欲しい。
そうすれば、わかるだろう。
”学術書でなにかを知る楽しさ”と”物語を読むわくわくした感じ”のその違いを。
でも、それは、同時に世の中の現実を知るということになる。
本の中の世界とは違う、現実の世界。
それは美しくものもあれば、醜くもある。
知ることは時に残酷だ。
その残酷さに、私は何度、この手を汚してきただろう。
それを知っているからこそ、彼女にはこのまま知らない方がいいのかもしれないという思いも確かにあって。
あの屈託のない笑顔を見れば、それは尚更・・・・・・。
リリーティアは重いため息をついた。
それは、潮騒の音の中に儚く消えていった。