第16話 選択
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「リリーティアは何でも知っているんですね」
「いえ、そんなことは。それをおっしゃるのでしたら、エステリーゼ様も分野関係なくたくさんの知識を持っておられます。私の方が驚くばかりです」
「今まで、お城の図書室にある本を色々読んできましたから」
ここはエステリーゼの私室。
皇帝家の姫の部屋だけあって、その部屋の作りは他の部屋と比べると訳が違った。
絨毯(じゅうたん)、壁や天井を覆う装飾、家具類といったものすべてが煌びやかで、騎士団長の執務室も豪華な作りだと思っていたが、この部屋に比べればそれも質素といってよかった。
そして何より、愛らしい彼女らしく、部屋の装いは徹底して女性らしい。
もっとも、机の上には新旧様々な書籍が積み上げられていて、そこだけは少々場違いな印象を与えているように感じた。
そんな華やかな室内で、リリーティアはエステリーゼと話をしていた。
それは、本当に他愛ない話ばかりで、互いに楽しげに話を交わしている。
あれ以来、リリーティアは何度かエステリーゼと話す機会が増えた。
彼女と廊下ですれ違った時は、簡単にだが言葉を交わすようになった。
以前までならば、彼女と廊下ですれ違っても、ただ一礼して彼女が通り過ぎるのを待つだけだっただろう。
それが今ではこうして、彼女の私室で話をするようにまで親しくなった。
といっても、実はこうして彼女の部屋で話すのは今日が初めてだった。
ちゃんと話したのは、あの図書室での一件以来である。
今まで数回ほど廊下ですれ違ったが、その時は短く話を交わすだけに終わっていて、また話すことを約束しておきながらも、だいぶ経ってから、今日になってようやくゆっくりと話す時間が取れたのだ。
「わたし、ずっと不思議に思っていることがあるんです。学術書を読む楽しさと物語を読むわくわくした感じは、ちょっと似ているけれど、全然違うのはどうしてだろうって」
エステリーゼは視線を落とし、膝の上に置いている絵本を優しく撫でながら話す。
その絵本は、何度も読み返しているという彼女の大好きなあの絵本だった。
「それに、物語を書く人はどうやって登場人物を作り出すんでしょう?髪型や、服の好み、背の高さ、目の色、そして、人柄や性格・・・・・・」
彼女の言葉にリリーティアは僅かに目を細めた。
僅かに愁い帯びた表情を浮かべている。
エステリーゼのその疑問。
その答えは何となく分かっていた。
けれど、それを口にしていいものかどうかが分からなかった。
城の外に出られない彼女に、それを口にすることは少し酷なことに思えたからだ。
「あの、・・・エステリーセ様は絵本を書くことに興味があるのですか?」
瞬間、エステリーゼは絵本を撫でていた手を止めた。
そして、顔を上げてリリーティアを見ると、
「はい」
彼女は、少し照れた笑みを浮かべながら小さく頷いた。
本が好きな彼女らしいと、リリーティアは思った。
「できたら、わたし・・・、いつかレミリアのお話の続きを書いてみたいなって思っているんです」
エステリーゼが大好きな絵本に出てくる、レミリア。
彼女は、その女の子を主人公として物語を書いてみたいのだという。
「それは素敵ですね。実は、幼い頃にその絵本を読んだ時、いろんなところを冒険するレミリアにすごく憧れていたんですよ」
「そうなんです?」
エステリーゼはぱっと表情を輝かせ、とても嬉しげに微笑んだ。
連作の絵本の一冊目にしか登場しないその女の子、レミリア。
おそらく、作者の興味をあまり引かない登場人物だったのだろう。
そのあと発表された二冊目、三冊目と、彼女のその後はどうなったのかは書かれることはなかった。
けれど、エステリーゼにとってはとても思い入れの深い女の子だったらしい。
この部屋で彼女が飼っている小鳥(カナリア)。
チッチッ、と澄んだ声で鳴いているこの小鳥(カナリア)の名前もレミリアと言って、その絵本の少女から名付けたのだと、部屋に入った時に教えてくれた。
「どんなお話になさるのか、もう考えておられるのですか?」
「いえ、まだそこまでは・・・。書いてみたいなと思っているだけで」
エステリーゼは困ったような表情を浮かべると、「でもいつかは書いてみたいです」と絵本を見詰めながら言った。
その時の彼女の表情は、どことなく儚げに見えた。
「もしも、その絵本が完成したら、私にも読ませて下さいますか?」
エステリーゼは満面の笑みを浮かべ、「はい」と嬉しげに声を上げた。
その温かな笑みに、リリーティアは一瞬、自分の頬が強ばった気がした。
けれど、なんとか強く意識してそこに笑みを浮かべてみせた。
エステリーゼの浮かべた笑顔。
あまりの屈託のないその笑みに、彼女は己が纏う闇の深さを改めて感じたのだった。