第16話 選択
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
**********************************
「あ、これです」
エステリーゼはたくさん並んだ棚から、一冊の本を取り出す。
その傍らにはリリーティアがいて、その手にはさっき持っていた本ではなく、新たに借りる予定の本が一冊あった。
「驚きです。すべて覚えていらっしゃるのですか?」
二冊目の本を受け取りながら、リリーティアは感嘆の声をもらした。
城の図書室は広く、多くの蔵書が並んでいる。
慣れていない者にとってはもちろん、たまに利用する者でも、この蔵書の多さには目的のものを探すのに苦労する。
その為にここを管理する司書がいるのだが、非番の日らしく、今日はいなかった。
それでもエステリーゼはひとつも迷うことなく自ら借りていた本を元の場所に戻し、目的のものをほとんど時間を掛けずに探し出した。
これにはリリーティアも驚きを隠せなかった。
「ふふ、わたしは生まれてからずっとここにいますから」
そう話すエステリーゼに、リリーティアはほんの少しだけ寂しさや哀れみのような感情が溢れた。
ずっとここにいる。
それはずっとここにしかいられないということでもあった。
<帝国>の姫であるから、それは仕方のないことだろう。
城の外へ出たこともない上に、今では城の中でさえ常に護衛の騎士がつかないと自由に歩けない。
おそらく彼女自身は幼い頃からの習慣であるため、不満には思っていないようだが、リリーティアには少しそれが不憫に思えた。
「それに本を読むの好きなんです。いろいろなことが知れて、とてもわくわくします」
そう言って笑みを浮かべるエステリーゼ。
本を読むことが本当に好きなようで、楽しいのだという事がその笑みからよく伝わってきた。
そして、遠い遠い過去。
リリーティアは、まだまだ幼かった頃の自分を思い出した。
「分かります。私も次のページをめくる度にわくわくして、一度読み出すと止まらなくなっていました」
「あなたもですか!ふふ、わたしと同じですね」
エステリーゼは口元に手をあて、小さく声を立てて笑った。
リリーティアも同じであることを知って、彼女はとても嬉しかった。
「リリーティアも本を読むのが好きなんです?」
「はい。とく幼い頃は毎日のように読んでいました」
リリーティアは昔の事を、とくに幼い頃の事を思い出すのは本当に久しぶりであった。
あの頃の幼い自分は、何も知らなくて、新しく何かを知る度に嬉しくなって、自分が誇らしくなっていた。
だからページをめくる度にわくわくして、どきどきして、いろんな書物を読んでいたのだ。
その時を懐かしく思いながらも、やはりその胸の奥は苦しかった。
「これで全部です」
エステリーゼが三冊目の借りる本を手に取った。
先に借りた分厚い二冊の本とは違い、とても薄いその本。
リリーティアはそれを受け取ると、見覚えのある題名と表紙絵にその本をじっと見詰めた。
「どうかしました?」
じっとその本を見ているので、エステリーゼは首を傾げて彼女に問う。
彼女ははっとして、少し困ったような笑みを浮かべた。
「あ、申し訳ありません。・・・懐かしいと思いまして」
「この本を読んだことがあるんです?」
「はい、昔に何度か。確か、小さな男の子が冒険するお話でしたよね」
その本は、子ども向けに書かれた絵本だった。
題名は『ハノンくんのぼうけん』。
数十年前に連作として発表された童話で、これはその一話目だ。
そのせいか、その絵本は少し古びていて、表紙は擦れてしまっている。
「はい!わたし、この絵本が大好きで、もう何度も読み返しているんです」
エステリーゼがそう楽しそうに話すのを聞きながら、リリーティアは一話目はどんな話であったのかを思い出していた。
小さな男の子が初めて冒険に出て、訪れた街でひとりの少女と出会い、一緒に冒険するという話だったように思う。
いろんな所を冒険するその女の子にとても憧れていたなと、彼女はこの本を読んでいた頃の幼い自分を思い出した。
その女の子の名前は確か----------なんだったろうか。
「それで、このお話に出てくるレミリアという女の子は-------」
「あ、そうです!レミリア、でしたね」
突然、リリーティアが声を上げたので、エステリーゼは少し驚いて目を瞬かせる。
彼女ははっとして口を噤むと、頭を下げた。
「申し訳ありません」
「ふふ、気にしないでください」
恥ずかしげな笑みを浮かべる彼女に、エステリーゼも小さく笑った。
リリーティアとは今日初めて話したが、エステリーゼの中ではすでに彼女に対して親近感を抱いていた。
自分と同じように本を読むことが好きで、ページをめくる度にわくわくしていたということを聞いてから、彼女を身近に感じられたのだ。
それに、自分の大好きな絵本を、彼女自身も何度か読んだことがあると知った時、なんだか嬉しかった。
「(もう少し、お話したいけれど・・・)」
彼女は忙しい人だ。
確か、彼女の所属する隊長も任務で忙しく、あまり城では見かけないというのを騎士の誰かが言っていたのを聞いたことがある。
そして、それはその隊長の補佐を務める彼女も同じだということも。
それに彼女は騎士団に所属しながら、魔導師としてもいろいろな研究をやっている。
他の騎士とはまた違って彼女は忙しい身の上にいるのだから、自分と話すためだけに時間を割いていられないだろう。
エステリーゼはそんなことを思いながら、本の貸出手続きをするリリーティアの後ろ姿を見詰めていた。
「借りられる本はこれで全部でしょうか?」
「はい」
「分かりました。それでは、部屋までお持ちします」
エステリーゼが図書室の出口へ向かって歩き、リリーティアもそれに続いた。
図書室の前で待機していた護衛の騎士が、リリーティアの抱えている本を受け取ろうとしたが彼女は丁重に断りを入れた。
そうして、幾つかの話を交わしながらエステリーゼの自室へ向かっている途中、エステリーゼが急にその足を止めた。
リリーティアは首を傾げて、彼女を見る。
なにか借り忘れがあったのだろうか。
「あの、リリーティア」
「はい。なんでしょう?」
エステリーゼは視線を下に落とした。
何かを考えているようであり、どこか言い出しにくそうな様子である。
それでも、リリーティアは彼女が言い出すのをじっと待った。
「・・・また、こうしてお話してくれますか?」
そう窺うように尋ねるエステリーゼは、何故か申し訳なさそうな表情を浮かべている。
その表情から、彼女に何かしらの気を使わせてしまったということだけは分かった。
リリーティアは笑みを浮かべ、頷いた。
「はい。もちろんです」
その言葉に、エステリーゼは満面の笑みを浮かべたのだった。