第16話 選択
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シュヴァーンと別れ、リリーティアは城内の廊下をひとり歩いていた。
人気もなく静かな廊下を歩きながら、彼女はアレクセイの言葉を思い返していた。
そして、これまでやってきたことを。
理想のために行ってきたことは数多く、その中には失敗もあれば、予想以上に事が運んでいるものもある。
今回、『紅の傭兵団(ブラッドアライアンス)』の動向はアレクセイが言っていたように予想していた通り。
ラゴウとの一件もそうだ。
そのふたつは思わぬところで互いの一致を見せ、大きな成果を見せている。
もともとそう謀ったのはアレクセイだが、彼自身が当初予想していた以上の成果を生んでいるようだった。
リリーティアはふと左の掌(てのひら)を見つめた。
「(だけど、いずれは・・・・・・)」
そして、ぎゅっとその手を強く握る。
彼女のその瞳の奥に覚悟を決めたかのような強い意志が見えた。
それは、フレンという新人の騎士とはまた違った確固たる意思だった。
「きゃ!」
「!!」
リリーティアが廊下のつきあたりを曲がった瞬間のこと。
誰かの声を耳にしたのと同時に軽い衝撃を受け、彼女は少し後ろによろめいた。
そして、ドサッと何かが落ちる音が廊下に響き渡る。
はっとして前を見ると、桃色が視界に入った。
一瞬、ハルルの樹を思い浮かべたが、目の前の人物が誰かと知ると彼女ははっとして姿勢を正した。
「申し訳ありません、エステリーゼ様」
リリーティアは深々と頭を下げると、床に散らばった本を急いで拾い上げ、腕に抱えこんだ。
エステリーゼと呼ばれた少女はまだ少し混乱しているのか、目を瞬かせて彼女を見ている。
「大丈夫ですか、エステリーゼ様?」
少し遅れて、ひとりの騎士が駆け寄ってきた。
彼女を護衛している騎士だ。
「こ、これはリリーティア特別補佐、お疲れ様です!」
エステリーゼの前にいるのがリリーティアだというのは思いもよらないことだったのか、その騎士は少し慌てた様子で敬礼をした。
「リリーティア特別補佐?・・・確か、シュヴァーン隊の?」
エステリーゼは、じっとリリーティアを見詰めた。
彼女は、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン。
先帝の遠縁で、<帝国>の皇位継承候補の一人である。
一人というのは、皇位継承候補はもう一人おり、それは先帝の甥にあたるヨーデルという少年だ。
先帝崩御から何年も経ちながら皇位が未だ空位のままなのは、延々と問題を先送りにし続け、結果、アレクセイの台頭で発言権が増した騎士団側が従来の慣例を破り、独自に次期皇帝候補を打ち立てたからだった。
騎士団側が支持するのはヨーデル、そして、評議会側が推しているのはエステリーゼ。
そのため、今では騎士団と評議会の対立はさらに激しさを増し、互いの間には常に不穏な空気を漂わせている。
「はい。<帝国>騎士団シュヴァーン隊所属 隊長主席特別補佐 リリーティア・アイレンス と申します」
「あ、はい、よろしくお願いします」
リリーティアが敬礼すると、エステリーゼはぺこりとお辞儀をして、身に纏っている水色の衣装(ドレス)がひらり揺れた。
彼女のそのふわりと浮かべた笑顔は、彼女の優しさそのものを表しているようで、人の良さが感じられた。
「先ほどは誠に申し訳ありませんでした。お怪我はなかったでしょうか?」
「はい、大丈夫です。私のほうこそ、ごめんなさい。ちゃんと前を見ていなかった私が悪いんです」
実際に彼女はとても優しさに溢れた人柄なのだろう。
エステリーゼは心底申し訳ないような笑みを浮かべている。
リリーティアアはさっき拾った本に視線を落とすと、彼女を見る。
「図書室へ行かれるところでしたか?」
「はい。読み終わったので、新しい本を借りにいこうと思っているんです」
彼女は次期皇帝候補という理由から、たとえ城の中であっても、何処へ行くにも身辺警護として騎士の護衛がついている。
そのため、城の図書室へ本を返すにも騎士の護衛がつき、彼女が一人になれるのは自室の中だけであった。
その自室の扉の前にも、常に一名、もしくは二名の騎士が交代で見張りについている。
もうどちらを見張っているのかと思えるほど、彼女の周りには騎士がついてまわっているのだ。
皇女であるから、生まれてからずっと自由に城の外を出ることも禁止されている身だが、城の中でさえ常に騎士の護衛がつくようになり、今や行動を制限されている彼女には、日々の過ごし方にもやれることが限られているのだろう。
自室で本を読むことが、彼女の日々の過ごし方のようだ。
「ご迷惑でなければ、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
リリーティアは手に持っていた本を抱えなおして、微かに笑みを浮かべた。
エステリーゼは何度か目を瞬かせた後、彼女特有のふわりとした笑みを浮かべた。
「いいんですか?」
「はい」
リリーティアは頷くと、エステリーゼと共に図書室へと向かった。
彼女とこうして言葉を交わすのはこれが初めてだった。
遠巻きから彼女を何度か見ることはあっても、こうして会話を交わす機会は今まで一度としてなかったのである。