第16話 選択
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騎士団長の執務室を後にし、城の廊下を歩く二人。
すると、突然前を歩くシュヴァーンの足が止まった。
リリーティアもそれにならい足を止めたが、それでも彼は黙したままで、ただ廊下の高い天井を仰いでいる。
彼女は、その様子をただじっと見詰めていた。
おそらく、今のアレクセイの姿に違和感を感じたのかもしれない。
あの時、訝しげな様子であったシュヴァーンを見ていて、彼女はそう思った。
ギルドで生活するようになってから彼に変化が起きたのと同時に、彼はアレクセイの変化を感じられるようになっているのだろう。
けれど、違和感も何も、あれが現在(いま)の”アレクセイ騎士団長”だ。
今もなお、理想を追求し、若い騎士たちを惹き付けるアレクセイ。
目的に対する障害を取り除くためには手段を選ばないアレクセイ。
そう、彼は今や、シュヴァーンやレイヴンのように、ふたつに引き裂かれたかのようにそこにいる。
けれど、もしも”どちらが本物で偽者か”と問われれば、
----------私はどちらも”本物”だと答えよう。
騎士団で部下たちに慕われるシュヴァーン。
ギルドでドンに信頼されているレイヴン。
そのどちらも”彼”であるのと同じように。
「シュヴァーン隊長、リリーティア特別補佐」
誰かが呼ぶ声にリリーティアの物思いは破られた。
見ると、いつの間にかひとりの若い騎士が傍に立っていた。
見た感じだと、彼女とそれほど変わらない年齢のように見える。
短めの金髪の下で、真剣そのものといった感じの瞳が煌めいていた。
「君は・・・?」
シュヴァーンに問われて、若者は背筋を正して敬礼する。
「フレン・シーフォと申します。お見かけしたので、失礼とは思いながら声をかけさせていただきました」
真っ直ぐな目だ。
おそらく最近入った騎士なのだろう。
その若者の目を見て、リリーティアの表情が微かに歪んだ。
「あの、ご迷惑だったでしょうか・・・?」
二人が黙っているので、フレンという新人の騎士はやや不安そうに尋ねた。
「フレン」
「はっ?」
「君は騎士に何を求める」
リリーティアは目を見張りながらシュヴァーンを見た。
彼が新人の騎士にそんなことを問うのは思ってもいなかったが、彼女自身もこの新人にそれを聞いてみたいとも思った。
その瞳のように、混じりけのない考えを。
問われたフレンは真剣そうに考え込む。
ややあって上げた顔をフレンは、真っ直ぐシュヴァーンに向けた。
「正義に基づく法と秩序です。騎士はその担い手であるべきだと」
はっきりと言い切った。
その場を装った言葉でも、綺麗事をただ並べた言葉でもない。
本心からそう信じている、強い意思が宿った言葉。
アレクセイの理想に共鳴する者がここにいる。
----------影に寄り添う私と、何と好対照なことだろう。
新人の目を直視できず、彼女は目を伏せた。
その時、遠い記憶から、碧(あお)と紺青に身を纏った騎士の姿が瞼の裏に微かに蘇る。
けれど、すぐにその記憶に蓋をした。
瞼の裏は闇に染まる。
「もちろん残念ながら、そうではない騎士がたくさんいることは分かっています」
フレンの言う通り、アレクセイの唱える理念とは裏腹に騎士団の改革は進んでいない。
目先の問題解決を最優先にした結果だったが、そのためアレクセイの主張と実態の乖離は〈人魔戦争〉以前よりもむしろ拡大しているといってもいい。
”一切の障害が片付いた時、真の改革が実現する”
アレクセイは常々そんなことを言っていた。
その真の改革はいつになるのか。
けれど、確かにそのための手段は着々と整っている。
その手段が、その目的に繋がるがどうかが、何より問題ではあるが。
「ですが、いえ、だからこそ私もいつかあなたのように、”本当の騎士”と呼ばれるよう頑張りたいと思います」
”本当の騎士”
彼はどう思っているだろうか。
リリーティアはシュヴァーンの背を見詰めた。
おそらく、戸惑っているのかもしれない。
彼は気づいていないだろうが、多くの騎士たちが彼を仰いでいる。
”本当の騎士”だと。
それは、あの〈人魔戦争〉を生き抜いたという理由からだけではない。
隊を率いている今の彼の姿を見て、そう仰ぎ見る者がいるのだ。
「フレン」
「はい」
「頑張れよ」
「はい!」
敬礼するフレンの横を通り過ぎ、その場を後にするシュヴァーン。
リリーティアも彼の後に続いた。
すれ違いざま、彼女はフレンを見る。
やはりその瞳の内には強い意思を感じた。
しっかりと未来(まえ)を見ている。
この新人は、かつての理想そのもの。
そう感じた。
いつまでもその輝きを以て、騎士の道を歩んでいってほしいと思った。
けれど、それ故に、彼女にはあの新人の騎士の姿があまりも眩しく見えた。
闇を纏う彼女には、あまりにもその光は強すぎた。