第15話 ギルド
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「ったく、ちったあマシな面もできんじゃあねえか、あの馬鹿は。あんな面できんなら、はじめっからしろってんだ」
「?」
ドンは何か小さく呟いた。
あまりに囁くような声だったため、何を言ったのかリリーティアからは聞き取れなかった。
それよりも、その時のドンの表情が彼女には強く印象に残った。
それは、微かなものだったが、本当に嬉しそうに笑っていたから。
「わりぃな、ちょっとした年寄りの独り言だ」
きょとんとする彼女の視線にドンはにっと笑う。
彼女は何と返していいか分からず、ただ笑みを返すことしかできなかった。
その時には何かが割れて壊れる音は聞こえなくなったが、まだ人々の荒げた声だけはこの部屋まで響いている。
騒がしい声を耳にしながら、リリーティアは一口お酒を飲んだ。
このお酒の味は彼女のお気に入りになった。
ドンは何度目かのお酒を飲み干し、大きな杯(さかずき)を机の上に勢いよく置いた。
それを見た彼女は急いで立ち上がり、
「お注ぎします」
机の上に並ぶ酒瓶のひとつを手に取って、ドンの傍に寄った。
「おお、すまねえな」
「いえ、今更で・・・、気が利かなくてすみません」
「ははは、気なんか使うんじゃねえ。おめえは客だ。どんとそこに座って飲んでりゃあいい」
ドンはさらにそれを豪快に飲み、大きな杯いっぱいに入れた酒を一気に飲み干した。
彼女は呆気にとられながらも、再び空になったその杯にお酒を注いだ。
ソファに座り直すと自分の杯を手に取り、中に入っているお酒をしばらく見詰めた後、彼女は、ちらりと盗み見るようにドンのほうを見る。
相変わらず酒を飲む勢いは止まらない。
目の前に広がる料理には、彼の体躯にしては思っていたより手に付けていないようだが、それでも彼女から見れば多いぐらいの量を食べている。
彼女は手元の杯に視線を戻した。
もう喧騒はほとんど聞こえなくなっていて、酒場特有の賑やかな音が少し聞こえてくる程度だった。
無事に事態を収拾できたのだろうか。
そう思いながら、リリーティアは静かにその口を開いた。
「・・・聞かないんですね」
途端、酒を飲んでいたドンの手が止まった。
睨むようにしか見えないその目で彼女に視線だけを向けたが、それも一瞬のことで、彼はまたすぐにお酒を飲み始めた。
彼女はその顔を上げることなく、手元の杯へずっと視線を落としている。
そして、空になった杯にお酒を注ぎ入れながら、ドンは口元に笑みを湛えて呟くように言った。
「いい女ってえのは秘密のひとつやふたつあるってもんだ」
リリーティアは思わず顔を上げた。
相変わらず酒を豪快に飲んでいるドン。
それ以上、彼は何も言わなかった。
この時、彼女はドンという人間を少し垣間見たような気がした。
ダングレストに訪れる度に、傍からドンという人間はああだこうだと耳にしたが、彼女には余計にドンという人間がわからなくなった。
いや、だからこそ、彼が持つ器は人の口からは語り得ないのかもしれない。
今、ドンとこうして実際に接して、初めてその本質を少しは知れたような気がした。
短い言葉の中に何かが深く込められているような。
また、今までドンが生きてきたすべてがその言葉をつくっているような。
結局、なんと言えばいいか分からないが、とにかく彼の言葉には聞く者の心を捉えるものがあった。
リリーティアがドンに対してあの言葉を問うたのは、ただ、なんとなくだった。
半分は興味本位といったほうが正しい。
あの問いで相手がどう出るかを見たかったのかもしれない。
「(少し酔ったのだろうか)」
そう思うほど、彼女にしてみれば珍しいことであった。
下手をすれば己の首を絞めるような、相手に挑発するような問いだ。
それでも聞かずにはおれなかったのは、ドンはどのような人間かを知りたいが故の行為だったのだろう。
「はあ~、最近の若人にはおっさんついていけないわ」
大きなため息をつきながら、レイヴンがリリーティアたちの元へ戻ってきた。
ドサッと音を立てて彼女の隣に座る。
大げさにも見えるその疲れ様に、彼女は苦笑すると酒瓶を手に取った。
「お疲れ様です、レイヴンさん」
「お、ありがとね」
レイヴンは空だった杯を手に取ると、彼女はその杯にお酒を注いだ。
「じいさんに何かされなかった?」
それを勢いよく飲むと、彼は軽い調子でリリーティアに聞く。
ドンは睨むような視線を彼に向けたが、何も言い返すことはなかった。
彼女は小さく笑いながら大丈夫だと答えたが、すぐに何かを思い出したようで、あっと声を出した。
「いい女だと褒めてくださいました」
「へ?」
笑顔を浮かべて言う彼女に、レイヴンは思わず素っ頓狂な声をあげた。
お酒を飲もうとしていた手を止め、少しの間そのまま固まっていると、彼はばっとドンを睨み見た。
「なんだ、レイヴン。いい女にいい女と言って何かおかしいことでもあるか?」
どこか物言いたげな彼の視線に、ドンはしてやったりと言わんばかりの笑みを向ける。
彼はジト目でドンを窺い見ていたが、しばらくして深いため息をひとつ吐いた。
一口お酒を飲み、「じいさんには気をつけたほうがいいわよ」と忠告するように言った彼に、リリーティアは小さく笑い声を零し、「肝に銘じておきます」と返した。
それから夜遅くまで、レイヴンとドンからギルドのことやダングレストのこと、また、他愛ないものまで色々と話をした。
彼女は彼らの話に、時に驚き、時に笑って、ダングレストでの一夜を過ごす。
その夜、彼らの話を耳にしながら、リリーティアは少しずつその心に刻んでいった。
市民権を捨てダングレストで生きる者たちの強さ、信念、それぞれの義。
ギルドの人間として歩む者たちの、その生き様を。
第15話 ギルド -終-