第2話 不安
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「シュヴァーン・オルトレインだ。騎士団長閣下はこちらだと聞いたが」
飾りの類のない見るからに頑丈な作りの両開き扉に立つ二人の警護の騎士にシュヴァーンは告げた。
彼は箱を小脇に抱えている。
「しょ、少々お待ちを。・・・あの」
彼の名を聞いて騎士たちが身を硬くすると、ひとりが上ずった声で答えた。
そして、彼の後ろに控えて立っている人物を窺い見る。
「〈巡礼〉の旅にて、シュヴァーン小隊補佐を務めております。
リリーティアの言葉に警護の騎士は頷くと、扉脇の壁にはめ込まれた装置に向かって小声で何事かを告げた。
その装置を介して室内と繋がっているのだ。
「どうぞ」
その言葉と同時に目の前の扉が重々しい音を立てて開いていく。
シュヴァーンは扉が完全に開ききる前に箱を抱えたまま中に入り、リリーティアは警護の騎士たちに軽く一礼すると彼の後に続いた。
何度かこの奥には来たことがある彼女は躊躇なく歩みを進めていく。
二人は薄暗い短い通路を進むと、突き当りの大きな部屋に足を踏み入れた。
そこは壁一体が本棚で埋め尽くされた部屋。
その中央には四角形の大きな台があり、そこから部屋全体を照らすに及ばない仄かな光が発せられている。
通路入り口の脇には騎士団長の補佐官たち、クオマレ、ドレム、リアゴン、シムンデル が並んで立っていた。
彼らは二人を見ると揃って一礼した。
彼らが指し示すのに従い二人は部屋の中央に進み、それと入れ替わるように補佐官たちは二人が入ってきた通路へと向かって歩いていく。
リリーティアは部屋の中央に向かいながら補佐官たちに目を向けると、彼らは目を伏せて会釈を返してくれた。
それは、今回の任務に対する労いの意味を含めているのだろう。
彼女は彼らが部屋から出ていくのをその場で立ち止まって見送った。
「
その時、部屋の奥からアレクセイの声が聞こえた。
中央の台から放たれている光の向こうから彼の姿が見える。
その声は台の上に浮かぶ様々な形に変化している光を見ていたシュヴァーンに向けて言ったようだ。
「見様見真似で少しずつ進めているが、やはりその道の専門家には遠く及ばん。しかし、幸いにも彼女がいるおかげで思いのほか順調に進んでいる」
アレクセイはシュヴァーンの後方にいるリリーティアへ視線を向けた。
その視線に彼女は一礼すると、アレクセイの元へ歩み寄った。
シュヴァーンの前にある、いくつもの機械を組み合わせて作られた四角い台。
そのそれぞれの辺に、おびただしい計器やつまみが並んだ操作盤が設えてあり、その上には円盤が載っていて、そこから光が発せられている。
円盤の上空には、いくつもの複雑な術式が浮かび上がっており、その中に一際目立つ半ば透けた塊状の光があった。
それは結晶のように内部が見えるようにもなっていて、複数の足を備えた棘の多い甲虫にも、城砦にも思わせる形状をしていた。
その光の正体は、設計図だ。
アレクセイが言ったように、それは備えのためだった。
〈人魔戦争〉の”敵”から<帝国>を守るための備え。
その光はいずれ、強大な力を持ったその”敵”から人々を守るための強大な盾となる。
そして、リリーティアはその設計に深く携わっていた。
「私の知識ではまだまだ力不足で、・・・彼らには及びません」
僅かに悲しみを湛えた瞳で、彼女は設計図を見た。
シュヴァーンは彼女の言葉に、ある二人の顔を思い出したが、それはすぐに記憶の深みへと姿を消した。
だが、胸の奥から感じるざわめきのような何かは、なかなか消えてはくれなかった。
彼はその疼きに戸惑いながらも、気のせいだと振り払った。
「君はよくやってくれている。この短期間でここまで進められたのは、彼らにもないその発想と知識があったからこそだ」
その言葉に、リリーティアはただ苦笑することしか出来なかった。
自分へ対するアレクセイの励ましと感謝の言葉は嬉しかったが、それでも彼女は複雑な心境だった。
でもそれは、彼らがここにいてくれたなら今よりも高性能に完成へと近づいていたに違いないと思ってのことではない。
「もっとも、これを建造するには莫大な費用がかかる。最低限の予算の確保にも四苦八苦している今の状況では、どのみちすぐにという訳にもいかんしな。焦らずにやっていこうではないか」
「・・・はい」
彼女は微かに笑みを浮かべて答えた。
アレクセイは頷くと、台に備え付けられた操作盤に手をかざして設計図である光の像を消した。
一瞬部屋の中が暗闇に包まれたが、すぐに天井の照明が点って辺りを明るく照らし出す。
そして、アレクセイが改めてシュヴァーンに向き直った。
「〈巡礼〉ご苦労だった。報告を聞こう」
〈騎士の巡礼〉に出てから、早ひと月。
リリーティアたちは諸都市を回り、各地の実情の視察を終えて帰城した。
〈巡礼〉の目的だった、<帝国>の威信の回復は”英雄”の訪問によって果たされ、どこの都市でも凱旋さながらの歓待を受けた。
しかし、一方でノールの港街やカルボクラムでもそうであったように、それぞれの都市の執政官とは多忙という理由から会えずじまいのままになった。
そのことから、少なくとも評議会を頂点とする統治機構としての組織の機能は、〈人魔戦争〉を経てもほとんど損なわれていないことが分かり、
アレクセイもそのことには声も出さずに苦笑して、評議会の団結と徹底ぶりに辛辣な言葉をもらした。
「こちらは任務中に発見、回収したものです」
一通りの報告を終えたシュヴァーンは、抱えてきた箱をアレクセイに差し出した。
その中には、カルボクラムの廃墟で見つけた書物をはじめとした、古びた紙片や金属、石版がたくさん収められている。
それを見たアレクセイの目が純粋な期待の目に輝いた。
「これは<帝国>第4世紀の記録だな」
アレクセイは箱に収められているものをひとつひとつ、丹念に調べていった。
「こちらは、・・・・なんとまさか、キュラオンかリビーの断章か?」
「はい。見たところ重複ではありません。おそらくキュラオンだと思われますが、後ほど詳しく調べてみます」
リリーティアの答えに耳を傾けながらも、アレクセイは一層目を輝かしながらその断章をじっと見詰めている。
そんな彼の様子に彼女は懐かしさを感じた。
彼が見せたのその表情は、親友であったヘリオースと話していた時に良く見せていた表情(もの)だった
父もアレクセイ閣下と話すときは本当に楽しそうだったなと、昔を思い出していると、不意に胸が苦しくなるのを感じて、彼女は慌ててその記憶を頭の奥に引っ込めた。
「素晴らしい」
アレクセイは箱を持ったまま部屋の外周に上ると、壊れやすい工芸品を扱うかのようにそっと箱から書物を取り出し、本棚のひとつにそれを収めた。
そうやって新たに見つけた資料をしかるべき位置に収めていく。
「ここには私が団長になる前から集めてきた資料のすべてがある。騎士団の大書庫にあったものでも真に価値のあるものはここに移してある。技術書の量こそアスピオに劣るだろうが、これだけの資料をそろえた場所はそうあるまい。
とはいえ、たったこれだけとも言える。<帝国>初期のものは限られているし、<帝国>以前の古代文明に至ってはごく僅かだ。一体、<帝国>千年の間に、数多の規制や争いの陰でどれだけの文献が失われたのか、想像する気にもなれん」
そうして彼は、感慨深げに本棚のひとつを撫でた。
「お陰でここの資料には大きな空白がいくつもある。例えば古代文明末期に関する記録はほぼ皆無といっていい。まるで、何者かが意図的に消して回ったかのように、だ。あるいは古代文明崩壊の経緯と関係あるのかもしれん。だが、差し当たり、私の関心はそこにはない」
本棚から身を離し、彼はシュヴァーンを見据えた。
「重要なのは、今の我々が古代文明に遠く及んでいないということだ。しかも過去数百年に限ってみても<帝国>は、技術、思想、工芸、いずれもほとんど進歩していない」
「っ・・・・・・」
さっきとは打って変わったアレクセイの表情に、リリーティアは僅かに眉をひそめた。
彼のその表情には、苛立ちとも怒りともつかない表情(もの)があった。
古代への強い憧憬の裏には嫉妬と焦燥があること、それが彼を衝き動かしていることも昔から知っているが、あの〈人魔戦争〉以来、それがさらに強く、深くなっていることに彼女は気づいていた。
「私は我々が古代人を凌駕しないまでも、せめて彼らを前に恥じ入らずにすむだけの力を備えていることを証し立てたいのだ」
「(・・・・・・まただ)」
そして、そんなアレクセイを不安に思う自分がいることにも気付いていた。
今の彼の言葉、その姿に不安を覚えた。
どうして不安になるのか、はじめは分からなかった。
寧ろそんな風に感じる自分自身に戸惑ってさえいた。
けれど、最近になってその不安がどこからきているのか徐々に分かってきた。
「しかしそのためには、まだまだ古代文明のことを知る必要がある。見逃すことなく、また持ってきてもらいたい」
シュヴァーンに向かって話す彼の言葉を聞きながら、リリーティアはこの部屋の壁に置かれている資料や遺物を見渡した。
それらを見ていた彼女の表情は優れないものだった。
「分かりました」
シュヴァーンは話は終わったと見て退出しようとした。
「まて、忘れるところだった」
「何か?」
「君を隊長に昇格させる」
「!?」
アレクセイの突拍子もない言葉に、リリーティアは驚きの表情を隠せなかった。
「隊長・・・ですか?」
言われた本人も、そこには驚きはないものの、怪訝な顔をしていた。
小隊長になったのは、〈巡礼〉に出る少し前の話でそこからまだいくらも経っていない。
それは異例中の異例だった。
「通常ならありえない抜擢だが、英雄にならば許されよう。やるなら早いほうがいいのだ。無論、反発が出るだろうことは承知している。だが私としては君に早く能力相応の働きをしてもらいたいのでな」
「・・・・・・」
リリーティアはアレクセイの言葉にどこか引っ掛かりを覚えた。
「いつからですか」
「今だ」
アレクセイは懐から一枚の辞令文書を取り出した。
普通なら感涙ものの辞令を、シュヴァーンは表情もなく受け取ると、敬礼をして踵を返した。
リリーティアは黙ってその背を見送った。
本来、隊長昇格という喜ばしいことに対して、彼に祝いの言葉を言うべきなのだが、それは喉の奥でひっかかり、彼女はついに言葉が出なかった。