第15話 ギルド
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街の中とはまた違った喧騒。
その喧騒が遠くに響き渡る中で、眉を寄せて両手に持った杯(さかずき)をじっと見ているリリーティアの姿があった。
彼女の隣では、杯を片手にその様子を面白げに見ているレイヴンと、
その二人の対面側、机を隔てた先のソファに座って、豪快にお酒を飲んでいるドンがいた。
「・・・・・・苦いです」
「ははは。ま、大概はそう思うわな」
お決まりな反応をしたリリーティアにレイヴンは大笑いする。
初めてお酒を飲んだ彼女の感想は、味云々よりもただとても苦いというのが強く印象に残ったようである。
苦いのがいいというドンの言葉に彼女は訝しげな表情を浮かべ、試しにもう一口飲んでみたが、やはり”苦いものは苦い”という結論に至った。
とても美味しそうに飲んでいるレイヴンとドンが、彼女には不思議に見えた。
”ただ自分の口には合わなかっただけなのだろうか”
”何度も飲んでいると美味しく感じるのだろうか”
などと、いろいろ考えを巡らせながら、彼女はまたもう一口だけ飲んでみる。
-------が、やはりそれは”苦いもの”でしかなく、僅かに渋い顔を浮かべた。
「リリィちゃん、はい。これならたぶん今のやつよりは口に合うとは思うんだけど」
そう言って前に置かれたのは、さっきよりも少し小ぶりな杯。
リリーティアはそれを両手に持ち、杯の中を見ると、それもお酒の一種なのか鮮やかな色をしていた。
杯を口につけると仄かに甘い香りか漂ってきて、そのまま恐る恐る一口だけ飲んでみた。
瞬間、彼女の表情が花が咲いたようにぱっと明るく輝いた。
「これ、おいしいです!」
甘すぎず、後からほろ苦さが広がるが、その苦さが甘さを程よく引き立てているように思えた。
その前に飲んだお酒は苦味が強すぎて飲み慣れていない彼女の舌には合わなかったが、この控えめな苦味はとても美味しく感じられた。
苦さがいいというのはこういうことなのだろうと、彼女は美味しそうにお酒を飲む人の気持ちが少し分かった気がした。
聞くと、果実で作られたお酒だという。
「これなら飲めます」と笑みを浮かべるリリーティアに、レイヴンも同じように笑った。
「でも、あんま飲み過ぎないようにね」
「はい、気をつけます」
「言いながら、てめえが気をつけろよ。もう若くねえんだ」
「いやいやいや、それ、じいさんにそっくりそのまま返すわ」
二人のやり取りに小さく笑うと、彼女はもう一度、そのお酒を飲んだ。
”うん、やっぱりおいしい”と弾むような気持ちで、彼女は心の中で頷いた。
その表情は本当に美味しいんだということが傍から見ていても伝わってくるほどで、
彼女のその様子をどこか自分のことのように嬉しげに見ているレイヴン。
そして、そんな彼を、何やら面白いものでも見たかのような笑みを浮かべてドンが見ていた。
三人がいるこの酒場は、『天を射る重星』という、ダングレストにある一軒の酒場。
そこは、大勢の人たちで埋め尽くされていて、ガヤガヤと騒々しいほど賑わっていた。
人々の笑い声、怒鳴り声、様々な声という声が飛び交い、初めて訪れた酒場の迫力にリリーティアは少々狼狽(うろた)えた。
内心気後れしていた彼女だが、大丈夫だと言ってレイヴンがすぐ傍について歩いてくれたから、どうにか落ち着いて中へ入ることができた。
通された場所は大勢の客が密集して飲んでいる場所ではなく、酒場の奥にある一室。
その部屋は御偉方を迎えて密談する時に使うらしく、この店はドン御用達の酒場であった。
そうして運ばれてくる料理を堪能しながら、三人でお酒を飲んでいると、
----------ガシャァンッ!ダァンッ!
突然響き渡る騒がしい音。
それは何かが割れて、壊れるような音であった。
その激しい音と共に何人かの怒鳴り声と悲鳴のような声も響いており、
リリーティアは目を瞬かせて驚き、酒場内で何が起きたのかと部屋の出口を見た。
「あ~あ、まあたやらかしてる」
驚く彼女の横で、いつものことなのかレイヴンは何事もなくお酒を飲み続けている。
部屋の壁を筒抜けて、人々の騒ぎ声と何かが割れる音はどんどん酷くなる。
酒場の客同士が争っているようであった。
「若いっていいね~」
「なあに耽ってやがる、さっさと黙らせてこい。客人に迷惑だろうが」
ドンはレイヴンに睨みを効かせて言い放つが、彼は物怖じひとつ見せない。
「俺なんかが出しゃばらなくたって、じいさんがいけば一発でしょーよ」
「今日はてめえのおごりだったか。そりゃあごちそうになる」
にっと白い歯を見せて笑うドン。
その表情にはある意味怖いものを感じた。
レイヴンもこの時はさすがに少し怖気づいているようだ。
明らかに脅しているその物言いと不敵な笑みに、彼女は苦笑してドンを見た。
「じいさん・・・。分かりましたよ。行けばいいんでしょー、行けば。人使い荒いんだから」
彼は杯に残っていたお酒を一気に飲み干すと、重たげにソファから立ち上がる。
「リリィちゃん、ゆっくりしててね。あ、じいさんに何かされそうになったら大声で叫んでよ」
部屋に出て行く前、レイヴンはリリーティアに手を振りながら、そうおどけるように言う。
彼女は困ったように笑うと、返事の代わりに小さく手を振り返した。
「馬鹿なこと言ってねえで、さっさといけ!」
「はいはい」
ドンの怒声に軽い調子で答え、気だるげに彼は部屋を出て行った。
彼が出て行った後、呆れた表情で溜息をひとつ吐くと、ドンは再びお酒を飲み始める。
止む気配のない騒ぎ声に、リリーティアは彼が出っていた方を心配げにじっと見詰めていた。
「あいつならうまくやるから心配いらねえ。すぐ戻ってくる」
そう言うと、ドンはまた豪快にお酒を飲み始めた。
その言葉に彼女は何度か目を瞬かせると、しばらくして、ふっと口元に笑みを浮かべた。
リリーティアはこの時、胸の奥がほっとするのを感じていた。
----------ドンは彼を心から信頼している。
それを実感したからだ。
あの言葉はレイヴンに対するドンの心を如実に表していた。
騎士団の人間と知りながらも彼を傍に置くとしたドンの考えは、理解し得ぬもので、同時に、ドンは彼を何か利用しようとしているのではないかという疑いが少なからず彼女の中にはあった。
それでも、ギルドにいるようになってからの彼は、少しずつ変わっているというのは目に見えて感じていたから、ドン・ホワイトホースの存在が大きく関係しているというのも半ば確信していた。
けれど、やはりギルドとは何たるかを知らない彼女にとっては不安だった。
実際のところ、ギルドとして彼をドンはどう思い、どう接しているのかを。
しかし、それも要らぬ心配だったと、今のドンの言葉で彼女の中にあった一切の不安は晴れたのであった。