第14話 騎士
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「みなさん、あと一息です!」
親玉が息絶えたの確認すると、リリーティアはワイルドボアと対峙する隊員たちへと駆け出しながら叫んだ。
彼女の読み通り、親玉が倒されてから他のワイルドボアたちの勢いは著しく低下していった。
群れのボスであったワイルドボアが倒されるのを見てか、ほとんどのワイルドボアが身を翻し、その場から逃げ出していったのである。
「(これならなんとかなる)」
彼女は残ったワイルドボアを倒すべく、《ラウィスアルマ》を巧みに操り、今度は直接的に物理攻撃を仕掛ける。
一瞬の間も置かずして、魔物との戦いの中に身を投じる彼女の姿を見ながら、シュヴァーンは小さく息を吐いた。
その表情はどこか困ったようでもあり、呆れたような表情であった。
彼は剣を握り直すと、彼女に倣うように周辺に残ったワイルドボアに向かって駆け出した。
そして、殲滅まであと数体という最中、一人の若い隊員がワイルドボアの力に押され、地面に倒れてしまった。
近くにいたリリーティアは、すぐさまその部下の前に立った。
「はぁ!」
斜めに斬り上げ、その攻撃に怯んだワイルドボア自身をふみ台して、彼女は上空に高く飛んだ。
上空で一回転した彼女は、ぐっと歯を食いしばった。
そう、この時すでに彼女の肩は悲鳴をあげていて、腕を動かす度に激痛が走っていたのである。
それでも、武器を振るうことを止めなかった。
「オルヴィス!」
落下する勢いを利用して標的を垂直に斬ると、ワイルドボアは息絶えた。
どうにか部下を守れたことに安堵して大きく息を吐くのも束の間に、他のワイルドボアが彼女と地面に倒れている若い隊員目掛けて一直線に突進してきた。
若い隊員は情けない声を上げたが、彼女は鋭い視線でワイルドボアを見ると、臆することなく魔物に向かって即座に駆け出した。
彼女に向かってくるワイルドボアは2体。
おそらくこれで最後。
隊員たちの疲れた様子と自身の傷の激しい痛みに、早く終止符を打たなければと、その一心で2体の魔物へと駆ける。
「っ!」
2体のワイルドボアと激突する手前、彼女の右肩はさらなる激痛が走った。
だが、このぐらいの痛みに構ってなどいられないと、ぐっと奥歯を噛み締めて武器を構え直す。
いよいよ2体のワイルドボアと衝突するという寸前、
「ゎ!」
突然、後ろへと体を引かれた。
リリーティアは小さく驚きの声を上げ、体を強張らせた。
背中に何かが当たったのが分かったが、衝撃はまったくない。
何が起きたのか理解できぬままに、ただ目の前にいた2体のワイルドボアが空中を舞っているのを見た。
そして、ワイルドボアたちは地に打ち倒され絶命すると、あたりはしんと静寂の中に包まれる。
あまりの一瞬のことで、魔物を退けたということも理解できないまま、彼女はただただ茫然と息絶えたワイルドボアを見詰めていた。
「相変わらず無茶をする」
「え・・・」
耳元から聞こえた声。
その声にリリーティアは我に返ると、体の前に甲冑に覆われた腕がまわされているのに気づいた。
同時にぬくもりを背中に感じ、はっとして顔を横に向けると、すぐ近くにシュヴァーンの横顔があった。
彼は険しい顔つきで、倒したワイルドボアをじっと見詰めている。
あまりに互いの距離が近かったため、彼女は驚きに目を瞬かせ、その思考が止まった。
シュヴァーンは目を閉じて、大き溜息を吐く。
呆れ果てたとでもいうようなその溜め息には、安堵の意味も含まれていた。
彼はリリーティアにまわしていた腕を解き、彼女から一歩離れると剣を納める。
カチッと武器を鞘に納めた音が響いたあと、まるでそれが合図だったかのように、周りの隊員たちが歓呼の声を上げた。
喜びに沸く声を聞きながら、彼女は今になってようやく何が起きたのか理解できた。
2体のワイルドボアを倒そうとして互いに衝突する寸前、リリーティアを後ろに引いたのはシュヴァーンだった。
彼は、彼女を自身の腕の中に抱きとめると、2体のワイルドボアを剣を以て一掃したのだ。
しかし、彼がなぜ急にそんな行動をとったのか、彼女は訝しげな表情を浮かべた。
ルブランに呼ばれて立ち去っていくシュヴァーンの背を凝視していると、彼は急に立ち止まった。
「城に戻ったら治癒術師に見てもらえ」
「!」
---------- ・・・バレてた。
背を向けたまま彼が言ったその言葉は、明らかに肩の怪我のこと指している。
彼女はそっと右肩に触れた。
----------だから、あの時助けてくれたのか。
肩を痛めながらも、魔物たちに攻撃を仕掛けようとしていた私を。
誰も気づいていないと思っていた肩の痛み。
それにしても、いつ気づいたのか。
魔物たちと闘っている最中に気づいたのか。
もしかしたら、アジトで襲われたあの時からすでに気づいていたのかもしれない。
リリーティアは、隠しきれていなかったことに少し落胆した気持ちと、彼に対して申し訳なさを感じた。
なんと言葉を返していいか分からず、口を噤んだまま彼の背を見詰めていた。
すると、彼がこちらに振り向いた。
「これは命令だ」
彼女は言葉を失い、茫然とした。
ただただシュヴァーンを見詰めることしかできなかった。
彼はすぐに背を向けて、ルブランのもとへと向かっていったが、彼女は未だ茫然とそこに立ち尽くしたまま。
そして、胸の奥から熱いものが込み上げた。
初めて見たからだ、----------彼の笑みを。
正確に言えば、シュヴァーンとしての彼の笑みを。
それは僅かな変化でしかない、微かな笑み。
ただそれでも、彼の言葉を理解するよりも、それは彼女にとって衝撃的なことだった。
笑みだけというよりも、呆れにも似たそれだったが、それでも、彼は確かに笑っていたのだ。
本当に微かな変化でしかないが、とても穏やかで、シュヴァーンの彼としては初めて見る小さな笑みだった。
これまでギルドの人間である レイヴン としての彼の笑った顔は何度も見たことがあった。
しかし、シュヴァーンの時の彼は、一度も笑ったところなど見たことがない。
といっても、今、彼が浮かべたあの笑みはレイヴンの彼と比べると笑顔とは呼べないのかもしれないが、それでも驚きを隠せなかった。
「(城に帰ったら、すぐに看てもらわないと)」)
----------命令だと、上司に言われてしまったからには。
リリーティアの顔にも、微かな笑みが浮かんでいた。