第1話 背中
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***********************************
「・・・・・・・・・」
リリーティアは波止場近くの広場にある長椅子に腰掛け、星が瞬く空をぼんやりと見上げていた。
彼女ら一行はノール港で宿をとっていた。
トリム港とは似ているようで、またほんの少し違った雰囲気の港町。
トルビキア大陸にあるカプワ・トリムの向かい側、イリキア大陸に位置するカプワ・ノール、通称ノール港。
あの後、海を渡ってこの港町へと来ていた。
あれから、あの商人の家族には可能な限りの損害を賠償した。
相手は不満げな顔をしていたが、どうにか納得してはくれたようだった。
リリーティアは大きく深呼吸をすると、海の香りが体中に行き渡るのを感じていた。
夜が深まったこの港には彼女以外の人は誰もいなかった。
ただ、目の前に広がった海に浮かぶ船だけが、音を立てながら波に揺られている。
昼間の港町は活気に溢れているが、やはり深夜ともなるとそこには物悲しさが漂っている。
彼女を照らす街灯がさらにその雰囲気をつくりあげていた。
リリーティアは静かに目を閉じる。
そして、今までの
シュヴァーンとして生きていく彼は、あの頃の彼とは全くと言っていいほど別人だ。
あの頃の彼と今の彼。
過去と現在
碧(あお)と橙
瓢軽と寡黙
笑顔と無表情
それは、天と地のようにまったく違いすぎていた。
今の彼の姿を見るたびに、あの頃の彼はもういないのだと思い知らされた。
けれど、あの時の彼の行動は、同じだった。
過去と、瓢軽と、笑顔と、重なった。
それは一瞬だったけれど、確かに見た。
碧(あお)の背と橙の背が重なった。
リリーティアは目を開き、夜空を仰ぎ見た。
そこには夜空で最も強い光を放つ星、《凛々の明星》が瞬く。
《いつも》のようにそれはあった。
あの頃と変わらず、その星は他のどの星よりも強く輝き続けている。
彼女は再び目を閉じる。
《いつも》だったあの頃は、今はもう過去になった。
《いつも》だったあの彼は、現在(ここ)にはいない。
----------闇の中に浮かぶ残像
けれど、そうではないのかもしれない。
確かに《いつも》はなくなった。
もう、あの《いつも》は戻らない。
----------絶望という闇
それでも、思った。
今も彼は仲間を想う心はあるのだと。
----------墜ちた、瞳
あの頃の心は失ってなどいないのだと。
----------彼の、彼らの
《いつも》だったあの彼は、今も現在(ここ)に・・・・・・、
----------”薄ら笑う顔”
「っ・・・・・・!」
リリーティアは揺れる瞳を見開くと、頭(こうべ)を垂れ両の手で顔を覆った。
波の音がやけに頭に響く。
あまりに響くものだから、この残像を、彼らのあの絶望に沈んだ笑みをもすべて、この波がさらってくれればと彼女は切に思った。
それでも、彼女は分かっている。
忘れようとしても忘れられない残像。
消そうとしても消せない残像。
不意に現れる残像。
この残像が記憶に焼きついて離さない意味を。
「(この身が滅ぶまで、一生背負っていく罪であり、罰)」
だから、あの時見た彼の姿も。
その時感じた彼の心も。
それは単なる自分が、
都合のいいように思っただけ。
都合のいいように見えただけ。
背負う罪から逃げたいがために。
受ける罰から逃げたいがために。
それでも、彼女は思わずにいられなかった。
思いたかった。
たとへ、自分の過ちに目を背けたいがために生まれた思いだとしても。
《いつも》だったあの頃の彼は、
現在(ここ)にいるのだと・・・・・・。
第1話 背中 -終-