第14話 騎士
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「アーラウェンティ!」
リリーティアは左腕を振り上げ得意の風属性の魔術を叫んだ。
大の大人よりもはるかに大きい図体をした魔物に直撃した。
それは、この付近でよく見かける、猪の類の大きな魔物 ワイルドボア だ。
ワイルドボアとの戦闘が始まって、だいぶ時間が経った。
しかし、はじめと比べれば数は減ったが、まだまだ魔物たちは勢いもそのままに攻撃を仕掛けてくる。
周りの騎士たちも疲れの色が浮かんでおり、動きに乱れが出ている者も出始めていた。
そんな隊員たちの様子を窺いながら、リリーティアはシュヴァーンへと視線を移した。
他の隊員たちとは違い、まったく動きに無駄がない。
隊員たちは魔物を相手するのに精一杯のようだが、彼は時に魔物に怯む部下たちに一喝しながらワイルドボアを倒している。
彼女は荷馬車の周りで四方八方に魔術を繰り出した。
荷馬車に拘束されている過激派の人たちが魔物に襲われないよう、何よりも注視して動いていた。
それからまたどれくらい経ったのか、一向にワイルドボアの勢いは収まらない。
彼女は焦りを感じ始めた。
それは、魔物の勢いが収まらない上に、多くの隊員たちがその動きがいよいよ鈍くなってきているからだ。
シュヴァーンでさえ少し苛立っているように見える。
荷馬車に拘束されている過激派の人たちも、勢いが留まらない魔物にずっと怯えた声を漏らしている。
ただでさえ、拘束されて身動きが取れないのだから、その状態で魔物の群れに襲われているという状況は、騎士団たちが守ってくれてはいるとしても、精神的な恐怖は大きいだろう。
「(一刻も早く片をつけないと)」
リリーティアはあたりを見渡した。
しかし、ここからでは彼女の目的とするものは見当たらなかった。
あたりに転々としている木々や岩石で、この辺りは見渡しにくい地形になっている。
そのため、どこに魔物が潜んでいるかもはっきりとわからない。
この魔物の群れも一体どれくらいいるのか皆目見当がつかない状態だ。
「(・・・こっちから仕掛けるしかない、か)」
このままでは埒が明かない。
どれくらいいるかもわからない魔物をただ倒していくだけでは、疲れが溜っていく一方だ。
先が見えないものほど、精神的にも肉体的にも辛いものがある。
リリーティアはぐっと《レウィスアルマ》を握り直した。
直後、右肩に痛みが走る。
戦いの最中、だんだんと肩の痛みが酷くなっていた。
少し腕を動かしただけでも痛みが走るため、魔物との戦闘でかいた汗と共に嫌な汗も流れる。
それでも、彼女は意を決したように大きく息を吐いた。
「リリーティア!」
「!?」
名前を呼ばれ、意気込んで踏み出した足を止めた。
その声はシュヴァーンだった。
彼はワイルドボアを一体なぎ倒すと、リリーティアへと駆け寄る。
「何を考えている?」
「え?・・・は、はい、その-----」
訝しげに問うシュヴァーン。
リリーティアは一瞬たじろぐも、この状況を打破するための自分の考えを伝えた。
戦いの中で視界に入った彼女の様子に、シュヴァーンは何かを感じた。
一人で何かをしようとしている。
半ば直感的にそう感じた彼は、とっさに彼女に声をかけたのである。
そして、やはりそれは間違いではなかったことを知り、心の内でひとり安堵した。
「ルブラン!」
シュヴァーンの呼び声に、ルブランは魔物と対峙しながら応えた。
「もう少し荷馬車の周りを固めろ。俺とリリーティアはここを抜け、この群れの本体を潰す」
「本体、ですか?」
ルブランは疑問符を浮かべた。
「このワイルドボアたちは群れで行動しています。なら、それを統率する親玉がいるはずです。そこを叩けばこの群れの勢いを削ぐことができます」
「了解であります!ここは我々にお任せを!」
ルブランの威勢のいい返事を合図に、リリーティアとシュヴァーンは魔物たちの中へと駈け出した。
二人は襲ってくるワイルドボアを一体一体確実に倒しながら、湧き出るように現れる魔物たちの周辺状況を探った。
彼女は大きな岩場に駆け上り、辺りを見渡す。
岩場の影や、木々の間から現れるワイルドボアたち。
その群れの中をじっと睨むようにして見詰めていると、彼女の視線がある一点に止まった。
さらにその瞳を鋭くさせ、その一点を凝視する。
「シュヴァーン隊長!右斜め上、二時の方向、奴です!」
岩場の下で、数体のワイルドボアと対峙していたシュヴァーンは、剣を大きくひと振りし一気に仕留めると、飛ぶようにして岩場に駆け上り彼女の隣に立った。
彼女が指し示す方向を見ると、その先の岩場と木の影に、他のワイルドボアよりもふた回りも大きな体躯が見え隠れしているのが見えた。
「援護を頼む」
「はい!」
それを確認するや否や、シュヴァーンは数十メートル近くある高さから滑るようにして岩場を下り、リリーティアはその場に留まり、魔術の詠唱を開始した。
「不浄たる誰彼(たそがれ)の軌跡 聖なる地に刻みしは 罪深き業とならん」
足元に黄色に輝く術式が浮かび上がる。
彼女は高々と左腕を振り上げた。
「サンクトクステラ!!」
すると、群れの親玉であるワイルドボアがいる周りの地面が轟き出す。
その揺れに親玉は猛り叫ぶと、大地の轟きとともに大地が激しい音を立てながら無数に爆発した。
突然の攻撃に親玉は苦鳴の雄叫びをあげ、体制を崩す。
「はぁあっ!」
空から舞い降りるが如く、シュヴァーンは苦痛に暴れる親玉の体躯に剣を突き立てた。
すぐに剣を引き抜いて後ろへ飛ぶと、続けて空中で何度か剣を振り、その衝撃波が親玉のワイルドボアを切り刻む。
しかし、次々に襲う攻撃に怒りの咆哮をあげると、親玉は深い傷を負ったにも拘わらず、訳も分からずにただ前へ勢いよく突進し始めた。
大きな岩は粉々に砕き、大木はいとも簡単になぎ倒し、ただただ前へと突き進む。
怒りに我を忘れたのか、群れの仲間である自分よりも小さなワイルドボアさえも親玉は蹴散らしていく。
「(そっちはだめだ!)」
岩場の上からそれを見ていたリリーティアは、慌てて駆け降りた。
シュヴァーンも軽く舌打ちすると、急いで親玉の後を追っていく。
「グオオオォォォッ!!」
「な、なんだ!」
「ひっ、お、親玉だ!!」
その親玉はルブランたちがいるほうに向かって突進していた。
大岩や大木を軽々と砕き倒す親玉の凄まじい破壊力を目の当たりにして、シュヴァーン隊の隊員たちは怯えた声を上げて狼狽した。
中には武器を握る手を震わせ、ただ立ち尽くす者もいる。
「怯むんじゃない!隊長と特別補佐は我々を信じ、ここを任されたのだ!何が何でもここは死守せねばならん!」
部下たちは今だ怯えた様子ではあったが、ルブランの怒号になんとか体を奮い立たせ、武器を構え直した。
あと少しで、ルブランたちと衝突する距離まで親玉が迫ってきた時、
「フルティウス!」
声が聞こえたかと思うと、目の前に大きな大河が現れた。
大河は親玉の体半分を飲み込むと、あの大きな体躯が軽々と天上へと吹き飛んだ。
「うおぉぉ!!」
人の雄叫びと共に、その天上へと吹き飛ばされた親玉のワイルドボアが、今度は勢いよく地面へと叩きつけられた。
それでも親玉は力尽きるということを知らないのか、ゆっくりと体を起こす。
ルブランたちが茫然とそれを見詰めていると、自分たちの目の前に二人の影が現れた。
「隊長!特別補佐!」
部下の一人が叫ぶ。
それは深く安堵した声音だった。
「おまえたち何をぼうっと突っ立ている!まだ終わっていないぞ!」
シュヴァーンの一喝に部下たちはびしっと背筋を伸ばすと、他のワイルドボアへと武器を構えた。
もうそこには、怯んでいる者たちはいない。
目の前にいる親玉のワイルドボアは、再び突進しようと大地を蹄で何度か蹴り始めていた。
すでに体のほとんどは赤黒く染まり、怒り狂って興奮しているからか体中から湯気が溢れ出ている。
これが最後だと、リリーティアは詠唱を始めた。
「母なる大地怒りし時 光の絢爛(けんらん) 天を貫き 万物は灰燼と化す」
シュヴァーンが詠唱している彼女の前に立ち、剣を一振りすると、詠唱が終わったのと同時に彼は勢いよく地を蹴った。
彼と親玉のワイルドボアが動き出したのは、全く同じであった。
「マーテルヴィア!!」
彼女が魔術を発動すると、親玉の前の地面に亀裂が走った。
その大きな亀裂の隙間から光が溢れ、槍のように、無数の光が親玉を貫いていく。
親玉は悲痛な雄叫びを上げた。
「散れっ!!」
よろめく親玉の体躯に向って、シュヴァーンは力の限りに剣を振り上げた。
二人から次々と繰り出された攻撃に深い傷を負った親玉は、空に向かって猛り叫ぶと、そのままピタッと動きを止める。
そして、体を仰け反ったまま、その大きな体躯が横へと崩れ、ずしんと音をたてて地に倒れたのであった。
その様子を部下たちが信じられないといった表情で見ていた。
ただでさえ、ワイルドボアの群れの中に、たった二人で向かっていった行動にも心底驚かされた彼ら。
大の大人以上の大きさがあり、凄まじい破壊力を持ったワイルドボアは、二人がかりでもそう簡単に太刀打ちできない魔物だ。
その倍以上もある親玉のワイルドボアを、たった二人で仕留めてしまったことに恐ろしさを感じたが、同時に、自分たちの上司である二人の堂々たる後ろ姿に、部下である彼らは胸の奥が熱く震えるのを感じていた。