第14話 騎士
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「ばっかもーん!!」
その怒鳴り声にリリーティアは思わず苦笑をもらした。
「ほ、本当に申し訳ありませんっ!」
深々と頭を下げて謝るのは、橙の隊服を着た騎士だった。
その騎士の頬には怪我を治療した跡がある。
「騎士として恥ずかしく思わんのか!」
その騎士に向って怒鳴っているのはルブランだ。
まだ年若い己の部下を声を張り上げて叱責していた。
しばらく彼の叱責が続いた後、リリーティアに対して深々と頭を下げた若い騎士は心底反省している様子で、彼女はすぐにその若い騎士を解放し、この部屋から退出させた。
「誠に申し訳ありませんでした、リリーティア特別補佐殿!」
退出した後、直ぐ様、あの年若い騎士と同じようにルブランも深く頭を下げた。
「ルブラン小隊長の責任ではありません」
「しかし、騎士とあろう者が私情で暴力行為など、それは私目の監督不届きが招いた失態であります」
先まで、あの若い騎士がルブランに叱責を受けていた理由。
それは、帝都にある一軒の酒場で起きた出来事が発端だった。
帝都にある酒場で、あの騎士は一人の同僚の騎士に対して殴るといった暴力を振るったのである。
それを目撃していた同隊である仲間の騎士たちの話によると、どちらかといえば一方的であったようで、彼は何度も相手を殴ったのだという。
確かに彼がやった事は誰がどう見ても騎士としてだけでなく、人としても恥ずべき行為だろう。
だが、彼がとった行動に対して、リリーティアは複雑な心境だった。
「確かに彼のとった行動には問題がありますが・・・。正直、彼の気持ちを考えると、なんとも言えないものがありますね」
彼女がそう思う理由は、彼が暴力を振るうに至った経緯に関して聞いたからだ。
彼は比較的温厚な人柄であり、常日頃の勤務態度も真面目だったと聞く。
そんな彼が暴力行為に至ったのは、彼が平民の出身だったことが大きく関係していた。
平民のなかでも貧しい地区出身である彼が殴った相手はキュモール隊の隊員である貴族の出身者。
貴族の中でも有力な名家の子息だった。
貴族出身の相手は、酒場に訪れた彼を含めた平民出身の同僚仲間に対して暴言を吐いたのだという。
すでに相手は酒が回っていたようで、そのせいで拍車がかかったのか、はたまた元より平民出身者を毛嫌いしていたのか、それはあまりに酷い言動を彼らに浴びせたらしい。
ルブランから事の詳細を聞きながら、リリーティアは彼がそのような行動をとったきっかけはただ単に腹が立ったというだけではないことを悟った。
曰く、平民の出身である自分たちを侮辱されたからでなく、平民を侮辱したからだ。
----------貧しい地区の平民たちを。
貧しい地区出身の人たちは、毎日が苦しいながらも互いに手を取り合い、日々の生活を送っている。
その地区全体が家族同然のような間柄で、日々を賢明に生きているのだ。
そこには例えようのない深い絆があった。
血の繋がりを越えた家族のような人たちを侮辱されて、温厚な彼もそれだけは許せなかったのだろう。
「いかなる理由があろうとも暴力行為は許しがたきものです。なにより、己の私情でそのような行動をとり、周りにいた一般の市民までにも迷惑をかけたなど言語道断であります」
ルブランの厳粛な言葉に、彼女は苦笑を浮かべることしかできなかった。
確かに、如何に相手から非道な言動を浴びせられたからといっても、暴力を振るい、周りの関係ない人たちにも迷惑をかけたことは事実。
今回は大いに彼の責任ではある。
しかし、たとえ彼が暴言を吐いて相手の方が一方的に殴ったとなったとしても、どちらにしろ平民出身の彼が悪いということになるのだろう。
彼が平民で、相手が貴族である以上、それは覆されることはほとんどない。
これが今の世の中。
昔から変わらない現状だ。
彼女の心には深い罪悪感が込み上げた。
かつては、その現状を正すがために行っていた政策のひとつ。
それも、あの”戦争”ですべて失われてしまった。
平民と貴族の垣根を越えた繋がりがあった、あの碧(あお)と紺青の騎士団(きずな)は、もう-------。
「これで何度めの失態なのか、シュヴァーン隊長やリリーティア特別補佐には面目が立たず・・・」
ルブランの張りのあるいつもの声が、この時は声の調子が落ちていた。
シュヴァーン隊の騎士とキュモール隊の騎士との衝突。
今回のようなことはすでに幾度か起きていて、その度に騎士団の間でも平民と貴族の間には厚い壁があると感じさせられた。
報告を聞く限りでは、そのほとんどが貴族出身者の蔑視的な態度に問題があるように思われる。
もちろん、そんな現状の中でも貴族出身者であっても平民出身者と対等に付き合い、仲間として付き合っている者たちも少なからずはいるのだが・・・。
「こればかりは難しい問題です。ですから、ルブラン小隊長、あまり自分を責めないでください」
-------寧ろ、私が責められるべきだ。
今の騎士団の状況を知りながら、何も対策をとらず、法に反するような研究を続けている自分が。
結局はこの問題も難しいのではなく、自分がただ行動を起こさないだけに過ぎない。
リリーティアは音もなく息をついた。
それは、自分自身を嘲って零れた、小さなため息だった。