第13話 竜使い
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「っっ!!!・・・はっ・・・ぁ、・・・っはぁ、はぁ、・・・はぁ、----------」
気づくと、黒一色の景色が広がっていた視界から一変、仄かに光が差し込む天井が見えた。
といってもあたりは薄暗いものだったが、さっきよりもいくつかの光に照らされている。
その天井の下で、瞬き一つせずに、これ以上なく目を大きく見開いて、荒い息をしているリリーティアの姿があった。
その顔は、尋常じゃない汗で濡れている。
彼女は何が何だかわからなかった。
ただ、何か毛布をかけられて、ここで横たわっているということはぼんやりと理解できた。
息を整えながら、彼女ははっきりしない頭で考える。
さっきまで暗闇の中にいたのに、突然、幾筋の仄かな明かりがさす場所にいる自分。
あの暗闇はなんだったのか。
あの声は誰だったのか。
自分は何をしていたのか。
なぜここで横たわっているのか。
何より、ここはどこなのか。
「!? う゛っ・・・つ、ぁ・・・っ!!」
リリーティアの口から悲痛な声が漏れる。
彼女は今の状況を把握しようと体を動かそうとしたのだが、微かにしか動かしていないのにも拘わらず、激しい痛みが全身を襲った。
「っ・・・く・・・うぅ・・・っ!!」
あまりの痛みに表情を歪ませ、特に激しい痛みを感じた右肩を抑えた。
しばらくしてその痛みに少しは慣れてくると、彼女は大きく息を吐いてゆっくりと体を起こした。
肩までかかっていた毛布がはだける。
痛みの中、なんとか上体を起こすと、一筋の汗が顎を伝って落ちた。
顔全体に滴る汗を手で拭うも、ただそれだけの動作でも体に鈍い痛みが走る。
ふと額に手を当てると、肌に触れた感触ではないことに気づき、何度かそこを触ってみてから、そこに包帯が巻かれていることに気づいた。
いつ頭を怪我をしたのかと考えようとして、次は後頭部に鈍い痛みが走り、頭を押さえて小さく呻き声を漏らす。
そして、頭を押さえた右腕にも包帯が巻かれているのに気づき、彼女は改めて自分の姿を見下ろした。
着ているものは、上下ともに白。
その生地は少し薄めで裾がゆったりとし、着苦しくない楽な格好であった。
これは、城内で騎士などが怪我や病に倒れ、しばらくの期間、療養しなければならない際に患者として着用する服だ。
同時に自分が寝台の上にいることを認識して、怪我をして寝ていたのだという今の状態を把握し、彼女は自分がいる場所を見渡した。
壁にはいくつかの光照魔導器(ルクスブラスティア)が申しわけ程度に室内を照らしていて、周りには数台の白いシーツで覆われた寝台がある。
そこで彼女は、ここは城内にある医務室であることを知った。
そうして、同時に理解した。
さっきまでいたの闇の中は、----------夢。
リリーティアはようやく思考がはっきりとしてきた。
そして、これまでのことをすべて思い出した。
ヘルメス式魔導器(ブラスティア)の実験。
空から降ってきた槍。
迫る炎。
炎の中に佇む小さな人影----------竜使い。
その頭上に浮かぶ大きな影----------竜。
迸る恐怖と、得体の知れない、もう一つの恐怖
大きな爆発音と散らばる破片。
滴る赤。
槍を引き抜く小さな影。
地響く竜の咆哮。
灼熱の炎風。
激しい痛み。
霞む視界。
空に浮かぶ小さな影。
一面の黒。
そして、
--------------------あの夢。
リリーティアは項垂れ、両手で顔を覆った。
周りはいやに静かだった。
彼女は小さく息を吐く。
あの夢が頭から離れなかった。
あれは夢であり、また----------真実だった。
自分へ問う人々の言葉。
声なき声が自分に告げた言葉。
現実に言われた言葉ではない。
けれど、夢の中で浴びせられた言葉は、痛いほど胸に突き刺さった。
それは夢であっても、それが真実だからだ。
”お前がやってきたきたことは、すべてが間違いだったのだ”
そうだ。
”結界魔導器(シルトブラスティア)に愚かなる手を施し、災厄を招いた”
だから、竜は現れた。
”結果、そんなお前の愚かな行為によって多くの命が奪われたのだ”
そして、街を滅ぼした。
”お前が街を、多くの命を滅ぼしたのだ”
そう、私が考えたあの計画を施した街だけを。
”すべてがお前の自己満足にすぎなかったのだ”
みんなの為にと思っていたことが、多くの笑顔を奪うことになった。
”それが真実だ”
紛れもない現実。
”すべてはお前の罪だ”
結局、私は罪を犯していた。
間違っていた。
間違っていないということを証明してみせると、あの日誓っていた自分。
その誓いは脆くも崩れ、厳然たる事実となり、己の罪となった。
”お前が殺したのだ”
リリーティアは大きく肩を震わせた。
両手で肩を抱くように掴んだ。
激しい痛みが走ったが、それでもその手を肩から離すことはしなかった。
膝を立て、その上に額を乗せる。
小刻みに震える体。
震えは恐怖からくるもの。
そして、その恐怖は罪から生まれたもの。
そして、気づいた。
あの時感じた、竜を目の当たりにして感じた恐怖と、得体の知れないもう一つの恐怖。
その恐怖はどこからくるものなのか、あの時は分からなかった。
けれど、あの夢でその理由を今知った。
私は何よりも恐れていたのだ。
----------過去の真意を告げられることを。
----------あの竜から、真実を聞くことを。
もうわかっているつもりだった。
私は罪を犯したのだということを。
すでに知っていたのだから。
だから、街を滅ぼした当事者たちから、例えその真意を告げられようとも、すでに覚悟はできているつもりだった。
けれど、所詮それはつもりでしかなく、やはり出来ていなかったのだ。
これほどまで恐れていることが、何よりその証拠。
いまだ収まらない震えに、彼女はさらに腕に力を込めて、肩を強く抱いた。
さらなる激しい痛みが襲っても、構うことなく、ただ強く、強く。
私はどこかで期待していたのだろう。
自分が施した結界魔導器(シルトブラスティア)の結界力強化が原因ではないのだということを。
竜が街を滅ぼすに至った理由は、もっと他にあるのだと。
私は、その罪から逃れようとしていたのだ。
だめだ。
私は、罪を認めなければいけない。
その罪を背負い、生きていかなければ。
夢は真実、夢は現実だ。
結局、あの襲撃者からその真意を聞けなかったが、あの夢がすべてを告げている。
すでに分かっていたことだ。
すべては、彼が遺した記録に書かれていたじゃないか。
その事実は変わらない。
ならば、私のあの行為は紛れもなく”罪”だ。
リリーティアはさらに自身の肩を抱く腕に力を込めた。
体中が痛みに痛んだ。
けれど、今の彼女は、夢の中で突きつけられた己の罪の重さ故に、その痛みをほとんど感じてはいなかった。
ただ罪の重さと、夢の中の人々の悲痛な問いと、声なき声が告げた言葉に、彼女の心は押しつぶされそうになっていた。
彼女は、すべての罪を受け入れようと、心の中で己に言い聞かせた。
受け入れろ。
逃げるな。
何度も、何度も、心の中で呟く。
けれど、その心の奥の奥では、それとは違う声が木霊していた。
-------ウケイレタクナイ。
-------ニゲタイ。
受け入れろ。
逃げるな。
強く意識して、ふたつの言葉を心の中で呟き続ける。
そして、心の奥から聞こえる言葉を打ち消そうとした。
-------ダレカチガウトイッテ。
-------ワタシノセイデハナイトイッテ。
私は罪を犯した。
罪を犯したんだ。
彼女は何度も、何度も、何度も、言い聞かせた。
心の奥から聞こえる、もう一つの己の言葉を打ち消すために。
長い間、彼女は膝に額を乗せて、体を小さく屈めながら、震える自分の体を強く抱きしめていた。
歯を食いしばり、声さえ漏らさずに。
ただ一人で、真実の恐怖と、心の痛みと、罪の重さに耐えていた。
窓から差し込む月の光に照らされた、彼女の姿。
その姿はあまりにも、儚く、切なく、痛々しい姿であった。
第13話 竜使い -終-