第1話 背中
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「一体どうしてくれるんだっ!!」
晴れ渡った夕空。
夕陽は青い海を真っ赤に染めあげ、その海に面している港町も同じ色に染まっている。
港町 カプワ・ノール。
トルビキア大陸に位置する町で、通称ノール港。
毎日が活気溢れるこの港町に怒鳴り声が響き渡っていた。
その声に港を歩く多くの者がその足を止め、何事かと視線をやった。
そこには怒鳴っている声の主の前で、深々と頭を下げている少女の姿があった。
「誠に申し訳ありません」
「だから一体どう責任をとるつもりだと言っているんだ!」
それは、リリーティアだった。
彼女は深く頭を下げたまま、激しい剣幕を見せる商家の主人に何度も謝罪の言葉を繰り返している。
その格好は砂埃や泥だらけで、よく見れば服は所々擦り切れ、そこから赤黒いものが滲んでいる箇所もあった。
治癒の魔術で治したのだろう、傷口はなく深手を負っているわけではないようだが、それでも、今の彼女の姿を見れば魔物との厳しい戦いを切り抜けてきたのだということは誰から見ても分かる。
商人の夫婦は彼女のそんな姿に構うことなく、ただ声を張り上げて怒鳴り続けた。
「全ては無理ですが、可能な限り損害の賠償はさせていただきますので」
「そんなこと当たり前ですわ!あの時守ると言ったのはあなたでしょう!それなのになんなのこの有り様は!」
目尻を吊り上げ、夫人は傍らにある陶器や布類など、用途様々な物品を指差して声を荒らげていた。
そこにあるのは、かろうじて商品として売れるものがあるものの、ほとんどが酷く汚れているうえに、陶器に僅かにヒビが入っているのもあって商品にならないものも混ざっている。
これは、荷車に積まれていたものの中でも辛うじて形をとどめていたものをここまで運んできたものだ。
本当ならば全ての荷物を無事な状態で届けるべきだったが、やはりあの魔物の数を相手に二人で荷を守りながら戦うのは困難なことだった。
しかも、その気配から当初二十体はいると思われた魔物は戦っている間にさらにその数は増え、最終的には予想以上の数を相手をする羽目になっていた。
それだけの数の魔物を相手に大きな怪我も負わず、たった二人で戦い抜いたこと事態、甚だしい功績だと言ってもいいだろう。
その上、僅かとはいえど、いくつかの荷物を守ってここまで届けられたという事実は、寧ろ奇跡に近いことを成し遂げたといっても過言ではない。
「こんな子どもが騎士団の補佐を務めているなどはなはだ可笑しいと思っていた。子どもが大口をたたくからこんな事態を招いたんだ!」
「はい。・・・申し訳ありません」
しかし、ほとんどの荷物が台無しになったという事実しか頭にないこの二人は彼女を責め続けた。
その怒りように周りの人たちは怪訝にその様子を窺い見ている。
「あなたは先ほどから謝ってばかりね。子どもだからって謝って済むと思っているのかしら」
「いえ、けしてそのようなことは」
リリーティアは深く頭を下げ続け、その姿勢を崩さずにいた。
その瞳に橙色に染まっている石畳を視界にずっと捉え続けている。
それが彼女の精一杯の謝罪であり、今はこうして相手の怒りを受け入れることしか出来なかった。
港には不釣り合いな空気が冷たく張り詰めていく。
「全ての責任は俺にあります」
それをある声が破った。
同時に橙色に染まる石畳に黒い影が現れ、彼女ははっとしてその顔を上げた。
そこにも橙色、シュヴァーンの背があった。
いつもなら太陽の光を反射する紅い肩甲が、今は違って鈍く光りを放っているだけ。
彼もリリーティア同様、隊服は砂埃や泥がつき、魔物のものだろう、赤黒いものがこびりついていた。
夕陽が一層その色を際立たせる。
大勢の魔物を相手にし、今しがたここまで荷を運んできたいうのに、彼は何事もなかったかのような淡々とした表情。
その姿には貫禄があった。
「あ、その、・・・わたしたちはあなたの責任だと思ってはいませんよ。あれは、この彼女が・・・」
その荘厳漂う彼の雰囲気に圧倒されたかのように、さっきの勢いは途端に消え、商人の主人は歯切れの悪い話し方になった。
「荷を守るために俺もあの場所にいたのをお忘れですか?」
「いや、ですが・・・あなたのことです。英雄様はよくやって下さったのでしょう。そんなに汚れて」
商家の主人は彼のことは責めなかった。
寧ろ感謝の意を示し、苦労を労う目を向けている。
リリーティアを目の前にした時の態度と比べると、呆気にとられるほどの変わりようであった。
「こうなったのは彼女がなにか失敗して---------- っ・・・・・・」
その主人の言葉に、シュヴァーンは僅かに眉をひそめた。
彼の後ろにいるリリーティアにはそれに気づくことはなかったが、それを見た商家の主人は思わず口を噤んだ。
「あれはすべて俺の判断で行ったこと。俺の過信がこの事態を招いたのです」
シュヴァーンの後ろで、彼女が戸惑いの表情を浮かべる。
「謝っても済む問題ではないことは重々承知しています」
その言葉には、彼女もいよいよ慌てて彼の前へと身を乗り出した。
「シュ、シュヴァーン小隊長、あれは私のせきに----------」
「誠に申し訳ありません」
瞬間、あたりは驚く程の静けさに包まれる。
騒ぎの様子を窺っていた周りの人たちのすべてが息を呑んだ。
彼が、シュヴァーンが、深々と頭を下げている姿に。
その姿は、激怒する商家の夫妻に対してリリーティアもしていたこととまったく同じものだ。
特別驚くようなことではない。
しかし、彼がやることによって、それは大きな衝撃を与えたのだ。
シュヴァーンが頭を下げている姿。
それ即ち、”
あの戦争の英雄である彼はそこにいるだけで自然と威厳が伝わってくる。
彼の立ち振る舞いにはどんなときも圧倒的なものがあり、その不動的な姿勢に人々は憧れ、崇敬した。
そんな威風堂々な彼が率いる一行に対しての商人夫妻の物言いに、周りの人たちは様々な思いを持ってその様子を傍観していた。
例えば、英雄が率いている部下に対して、あの言い様は何かしら<帝国>の逆鱗に触れるのではないかと杞憂な思いで見る者。
また、英雄である彼が夫妻の怒り様をどう思うのか、どう動くのか、好奇心に近い思いで見る者。
そして、英雄が取った行動はその者たちがまったく予想しなかったことだった。
皆が皆、驚きの目で彼を見ている。
だが、その中にただひとつ、輝きに満ち溢れた小さな瞳(め)があることを誰も知らない。
そして、そんな中でリリーティアもただ唖然と彼を見詰めていた。
ただし、彼女が驚いていたのは英雄が頭を下げていたからではない。
それは、シュヴァーンが頭を下げる姿に、
--------------- あの頃の