第15話 強さ
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「とはいえ、あなたのその優しさが、何よりあなたの強さなのでしょう」
「強さ、ですか?」
リリーティアはきょとんとして首を傾げた。
「あなたは人一倍、人を想う心を持っていますからな。その人を想う優しさがあなたの強さをつくり出しているのだと、わたしは思うのですよ。優しさという強さで、あなたはたくさんの人たちを救っているのだと」
ヒスームの言葉に、リリーティアはこれまでの自分を思い返した。
「・・・・・・本当に救えているのでしょうか?私は、いつも周りに支えてもらってばかりで、救うどころか救われてばかりです」
肩を竦めながら、リリーティアは苦い笑いを浮かべる。
彼女からすれば、まだまだ自分は人の役に立っているようなことをあまり出来ていないように思っていた。
その時、ヒスームが急に立ち止まった。
「?」
リリーティアアも足を止め、突然歩みを止めた彼に振り向いた。
瞬間、浮かべていた彼の表情を見た彼女は、内心驚きを隠せなかった。
それは、彼がそこで優しげに笑っていたからだ。
「救っていますよ」
静かな声で彼は言った。
彼がこれほどまで穏やかに笑っている姿を見たのは初めてだった。
穏やかというには少し違うような、けれど、彼女の瞳には不思議と印象に映った笑みであった。
「リリーティア殿はたくさんの人たちを救っています」
「そ、そこまではっきり言われると、なんだか恐縮しますね」
「ですが、本当のことですからな」
そう笑いながら、ヒスームは再び歩き出した。
リリーティアは呆然として先を行く彼の背中を見詰めると、はっと我に返って慌ててその背中を追いかけた。
そうして、何度か会話を交わしながらしばらくして、彼女の部屋の前に辿り着いた。
「本当にありがとうございます。とても助かりました」
「何々困ったことがありましたらいつでも手を貸しますよ」
彼の言葉にリリーティアは深々と頭を下げ感謝の意を返した。
「優しさはあなたの強さ。その強さは多くの人を救えていることをお忘れなく」
ヒスームはどこか念を押すように言った。
実際、そのつもりで彼は言ったのだ。
それは、あまりに根を詰めすぎる彼女を想っての言葉であった。
彼女は自分の事となると、どんな場合も妥協を許さない。
それは時に自分を責め、酷いときは、己の非ではないことさえも自分が原因であるかのように全てを受け止める。
しかも、それは彼女が意識してそういう心持ちでいるのではなく、無意識の中で行っていることだった。
それだけ自分に厳しくあることも彼女の中では当たり前で、寧ろ、まだ自分に甘いとさえ思っている。
だからなのだろう、彼女はあまりにも気づいていない。
どれだけ彼女の行いが多くの人たちを救っているのかを。
エルカパルゼの時も、ペルレストの時も、街の人たちの喜んでいる姿を見て、
彼女自身、その身を以って心から喜んでいたというのに。
彼女自身、その瞳を以って街の人たちの笑顔を映してきたというのに。
それだけじゃない、自分たちの小隊もこれまで何度も助けてくれているのだ。
それなのに今も尚、自分は人を救えているのだろうかと、彼女は己に疑問を持っている。
自分はまだまだだと思うその心は、ある意味には向上心があるといえるが、彼女の場合、それとはまた少し違うように思えた。
ヒスームは正直なところ、彼女の行く末が心配であった。
彼女はこの先もずっと気づかないまま生きていくのではないか、と。
人々の笑顔を守っていることも知らないまま、人々の営みを救っていることも知らないまま。
ただひたすらに、他人(ひと)の笑顔のためにその身を尽くしていく。
そうだとしたら、それはあまりにも皮肉すぎる。
大げさに考えすぎとも言われそうだが、彼にはそう思えてならなかったのだ。
「あまり身を尽くしすぎぬよう。休息も仕事の内ですからな」
とはいえ、おそらく今は何を言っても他人(ひと)の為にその身を尽くすのだろう。
彼は自分が言ったこでありながらも、その言葉をあまり当てにしていなかった。
「それではわたしはここで。いいですかな?きちんと睡眠はとるように」
それでも、少しでもその身を休めてほしいと胸の内で思いながら、彼は言った。
その時、彼の脳裏にふと思い浮かぶものがあった。
自分たちの小隊長である、
「これ以上無理をすると、小隊長に鉄槌を下されるかもしれませんよ」
ヒスームは前のめりになって、リリーティアの顔のすぐ近くで、それもわざとらしく声を低めて言った。
「そ、それは、・・・ある意味、一番怖いことかも、・・・ですね」
それより、彼のその話し方のほうが怖いような気がする。
まるで脅すように言う彼に、思わず彼女は後ずさって冷や汗をかいた。
「はは、そうでしょうとも」
ヒスームは口元に笑みを浮かべると、その目を伏せた。
彼女が人々の笑顔のために頑張れば頑張るほどに、それを気に病む者がいるのだ。
特に自分たちの小隊長は、誰よりも彼女のことを想い、常に彼女のことを気にかけている。
それもまた皮肉なことではないか。
人々の笑顔のために、彼女はその身を尽くしているというのに、彼女がその身を尽くすが果てに近しい者が悲しんでいるなど。
そして、彼はある言葉を想った。
『あなたは一人じゃないのよ』
それは、評議会議員に疑惑をかけられているリリーティアに向けて、キャナリが言った言葉。
あの言葉はそのままの意味でもありながら、
彼にはその言葉の奥に秘めたキャナリの深い想いを、あの時感じ取っていた。
その言葉に込められた、もうひとつの意味。
それはまた、”あなたは一人のものじゃない”ということ。
あなたが倒れることで気に病む者がいる。
あなたが傷つくことで悲しむ者がいる。
大きく言えば、あなたの命は自分だけの命ではない、ということだ。
あの言葉には、そんな様々な意味が、想いが、込められているのだろう。
大切なものの為なら、自分が傷ついてでも守る。
その気持ちはよく分かる、だからこそ大切なものでもあるといえる。
特に彼女はその想いが誰よりも強い。
そして、それは仲間に対しても同じだった。
だから彼女の中では、仲間は守るべきものと思っているのだろう。
けれどそれは違う。
確かに仲間は守るものだが、それだけじゃない。
ヒスームは胸に手をあてて、軽く頭を下げた。
「ですから、そうなる前にぜひ我々を頼ることもお忘れなく」
そう、同時に仲間は頼るものだ。
彼女はまだそのことにも気づいていない。
出会った頃と比べると、少しは胸の内を話してくれるようにはなったが、
それでも未だ彼女の中では頼ることは迷惑になることだと思っているのだろう。
「我々小隊は、どんな時も喜んで力を貸しますよ」
だからいつか気づいてほしいと、彼は願う。
仲間とは自分が守るものであり、また、自分を守るものであること。
守り、守られる存在。
それが仲間なのだということを。
「ヒスームさん・・・」
リリーティアは少しくすぐったさを感じながら、ヒスームをじっと見上げた。
彼の言葉が本当に嬉しかった。
街が滅んだ原因を突き詰めることは、自分の失態を証明することになるかもしれないという不安の中、その言葉は改めて自分は一人じゃないことを教えてくれた。
「ありがとうございます」
そして、彼女は本当に嬉しそうに、小さく笑みを浮かべた。
彼の言葉に隠された想いには、まだ気づかないまま。
彼女の感謝に応えるようにヒスームは敬礼すると、深く一礼して彼はその場を去っていった。