第15話 強さ
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「(ヒスームさんは紳士という言葉が一番似合ってるなぁ・・・)」
リリーティアは廊下を歩きながら、そんなことを思っていた。
彼はよく皮肉的な話し方をするが、細かいことにまでよく気づき、紳士に振舞う人でもあった。
今のように、任務関係なく日頃からこうやって色々と助けてくれたことは何度とあっただろうか。
それは数知れないほど。
そんな彼の姿を見る度に、リリーティアは彼のような貴族が増えれば世の中はもっと良くなると思わずにはいられなかった。
「本当に体の方は大丈夫ですか?」
「はい。さっきも言いましたが、ちゃんと休んでいますから」
「しかしですな。わたしからすれば、あれからほとんど休んでいないように思えるのですよ」
あれからというのは、ペルレストが壊滅してからのことを言っていた。
あの事態からひと月。
リリーティアは査察のため各地の街を回っていた。
結界魔導器(シルトブラスティア)の点検を行うのと同時に、魔物に結界を破られた原因を究明するためだ。
これまで訪れて回った街は、エルカパルゼ、ファリハイド。
まだまだ、見て回る必要がある街は残っているのだが、今は結界魔導器(シルトブラスティア)の強化を施した街を優先的に調べていた。
東の大陸イリキアに擁する都市 ファリハイド もあの事態が起きる数日前に、ペルレストでリリーティアの指導を受けたアスピオの魔道士、技師たちが派遣されて強化を行ったばかりだったのである。
それから、何か少しでも手がかりが残っていればと、破壊されたラウライス島のペルレストにも調査に向かった。
アレクセイは始め彼女が自ら調査に向かうことを頑なに止めた。
それは、その周辺には街を滅ぼした強大な魔物が潜んでいるかもれない上、悲惨な姿になったペルレストを見た時の彼女の精神面を心配してのことだった。
それでも彼女は無理を言って頼み込み、渋っていはいたが最終的に彼はそれを承諾した。
ペルレストへの調査には、アレクセイの計らいでキャナリ小隊たちと共に向かったのだが、それはもう無残な有様だった。
リリーティアもキャナリ小隊の皆が言葉を無くした。
まさに黒一色と化した世界がそこには広がっていた。
ペルレスト特有の美しい建物が並んだ活気に満ちた街、青く生い茂った豊富な森、そんな豊かな風景が広がっていた島には、今や黒い灰らしきものがあたり一面に広がり、先には黒く染まった岩山があるだけだ。
この世とも思えない酷い光景だった。
報告を聞いたときは、大勢の人が暮らしていた街だったのにもかかわらず、遺体も何も見つからなかったことを不思議に思っていた。
けれど、この光景を目の当たりにした瞬間、生存者の一人もいなかったことはおろか、遺体も何もなかったということをはっきりと理解できた。
あの状況の中で生存者がいたほうがおかしいのだ。
遺体もなにも、人も、森も、建物も、すべてが黒い砂に変わり果てているのだから。
かろうじて、建物の残骸らしいものが黒い砂の中に埋もれているのが分かるほどであった。
一体、この街に何が起きたというのか?
黒い砂しかない島では手がかりというものはなく、原因となる鍵を見つけることは不可能だった。
状況を目の当たりにしたリリーティアは、あまりの恐怖に身を震わせた。
あの大きな街を一晩で魔物が消し去ったというのなら、今までにない魔物がこの世には存在しているかもしれないという可能性。
そして、自分の愚かさ故に結界魔導器(シルトブラスティア)が機能を果たさず、魔物が侵入し、街が滅びたのかもしれないという可能性。
それらの可能性たちが、彼女のこれまでの信念を大きく揺るがした。
しかし、だからこそここで立ち止まっているわけにはいかなかった。
『わたしにとっちゃあ大事な故郷で、思い出がたくさん詰まった場所だからねえ。ほんと嬉しかったよ、この街の為に一所懸命になってくれているみなさんの姿を見てねぇ』
それは、結界魔導器(シルトブラスティア)に関する計画を無事に終えて、ペルレストを発つときにひとりの老婦がかけてくれた言葉。
あの言葉に、涙に、手のぬくもりに、リリーティアはどれだけ救われただろうか。
あの時、私は本当に嬉しかった。
あれは、あれだけは真実。
喜んでくれたのは、証明せずとも確かな事実なのだ。
あの涙を、この瞳に映した。
あのぬくもりを、この手に感じた。
だからこそ、証明したい。
私は笑顔を守ったのだと。
余計なことをしたから、笑顔を、命を奪ってしまったなどと言わせない。
その想いで、彼女は休む暇も無く各地の街に向かい調査を繰り返した。
究明することには関係のないことなのではないかと思うほど、些細な事柄までもを逐一記録していき、様々な観点から原因を突き止めようと努めた。
それだけではなく、たまにではあるがキャナリ小隊たちと共に帝都ザーフィアスを中心とするマイオキア地方の安全確保にも携わった。
この非常事態に対して最も重要なことは、何より市民の安全だ。
リリーティアは都市壊滅の原因を調査しながらも、少しでも時間ができれば騎士団たちの任務にも積極的に加わった。
皇帝直属の魔導師として各地の調査と、キャナリ小隊の補佐官として市民の安全確保の活動。
このひと月、そんな過酷な日々を送っている彼女。
誰だって心配せずにはいられないだろう。
「あなたのことですから、どんなに周りが心配しても、倒れるその時まで大丈夫だと言い張るのでしょうな」
「そ、そんなことは・・・・・・」
「そんなことあるのです」
「う・・・」
ぴしゃりと言われ、彼女は言葉に詰まる。
「みんな心配しているのですよ」
ヒスームだけでなく、キャナリ小隊の皆が最近の彼女の様子を心配していた。
アレクセイやその補佐官の人たちも、忙しくしている彼女の身を案じている。
「本当にあなたの姿にはいつも感服させれられるばかりですな。その分、心配もさせられますが」
「え、あ・・・す、すみません」
肩をすぼめるリリーティア。
「はは、リリーティア殿は余程自分に厳しいようだ。人には優しく、自分は厳粛にということですか」
「?・・・そんなことはないですよ」
リリーティアは苦笑を浮かべた。
彼女自身はまだまだ自分には甘いところがあると思っていた。
周りの人に頼ってばかりだと。
だから彼女はヒスームの言葉に少し戸惑ったのだった。