第15話 強さ
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「(?・・・この香りは)」
しばらく廊下を歩いていると、どこからか甘い香りが微かに漂ってきた。
その香りはリリーティアがよく知っているもの。
「あ・・・・・・」
廊下を曲がると、すぐ先に人の姿があった。
薄暗い照明の中では、その人物の姿をはっきりと見ることはできないが、
彼女自身よく知る人物だったため、それが誰だかすぐに分かった。
「リリーティア殿」
その人物も、すぐにリリーティアと気づいたようだ。
「・・・お疲れ様です、ヒスームさん」
そこには、ヒスームがいた。
彼の手には溢れんばかりの花が抱えている。
ユリに似た細長い形をした赤い花-----キルタンサス。
赤い花弁がつつましく咲きほこる様子が美しく、海辺の日陰に自生している花だ。
そして、それはキャナリの一番好きな花でもある。
その花は彼女の執務室にいつも飾られていて、
まるでその部屋の象徴であるかのように、殺風景な部屋の中で常に存在を主張し続けている。
キルタンサスの花束を持ち、そして、キャナリの執務室の前にいる彼を見た瞬間、リリーティアはある噂のことを思い出していた。
その噂とは、キャナリの恋人に関してのこと。
聞いた話では、その恋人がキルタンサスの花を届けているということだった。
その話はキャナリ小隊内で言われていたことではなく、小隊の外の者が話していたのを偶然にも耳にしただけのことだ。
事実、キャナリの恋人に関して小隊内で話題にされる所を一度も見たことがない上、彼女自身、恋人がいる素振りを一度たりとも見せたことがない。
それを見ても分かるように、公私混同と取られることを慎重に避け、公にしたがらない以上、小隊内ではそれを尊重する、というのが暗黙の総意となっているのだろう。
リリーティアもそれを察しながら、別段気にすることもなかったのだが、小隊の外では小隊そのものに関するものからはじまり、様々な噂が囁かれていた。
その噂も、根も葉もないものばかりで、その中には彼女の情人に関するものも含まれていた。
例えば、「騎士団長こそ、その人である」というような。
それを耳にした時は、さすがにリリーティアも呆れ果てた。
何より、周りの勝手な噂のせいでアレクセイや小隊の活動に影響はないかと気がかりだった。
だが、その心配も杞憂であったようで、今まで噂から起きた問題はなかった。
「まさかこんな時間に会うとは驚きましたな」
ヒスームは苦笑を浮かべた。
いつもの調子で話しているようだが、どこか気まずそうにもしている。
偶然居合わせてしまったとはいえ、リリーティアは何だか申し訳なく思った。
「結界魔導器(シルトブラスティア)について、色々と調べていたんです」
「こんな遅くまで?これはまた、無理をして倒れられると困りますな」
誰がどうであれ、この先何も変わるものはない。
現に、リリーティアはキルタンサスを持ったヒスームの姿を見て、それを悟っても、彼に対しても、ましてキャナリに対しても何かが変わることはない。
むしろ、二人に対して温かな想いが溢れた。
「気づいたらこんな時間になっていて・・・。でも、ちゃんと休んでいますので」
「ふむ、・・・本当ですかな?」
じっとこちらを見る彼の疑いの目。
「ほ、本当です・・・!」
その睨むような視線に、リリーティアは思わず一歩後ずさりながらもはっきりと言葉を返した。
この時には、彼はいつもの調子に戻っていた。
「少し待っていただけますかな?その手に抱えているもの、お持ちしましょう」
ヒスームはそう言うと、キャナリの執務室に入っていった。
リリーティアは少し戸惑ったが、彼の親切に素直に甘えておくことにした。
「お待たせしました」
執務室から出てくると、すぐに彼はひょいっとリリーティアが抱えていた全ての書物や書類を軽々と腕に持ち上げた。
「あ、私も少しは-----」
「このぐらいお任せ下さい」
リリーティアの言葉を遮って、ヒスームは彼女の気遣いを丁重に断った。
「ありがとうございます」
「どこまで運べはいいですかな?」
「すみませんが、私の部屋までお願いします」
そうして、リリーティアはヒスームと並んで薄暗い廊下を進んだ。