第14話 想い
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魔導器(ブラスティア)の結界が魔物に破られたことは、過去の記録を見ても今までに例がない。
それが今回、その結界が破られた。
それは何故か?
誰もが疑問に思ったことだった。
大半の者は魔物が凶暴化しているからだと魔物たちを心底恐れた。
しかし、その考えに異論を唱える者がいた。
----------評議会だ。
<帝国>評議会。
選良とされる人々の、そのまた上澄みとされる者たちが集まった貴族の有力者で構成された組織。
本来、皇帝の補佐の役割を担う組織だが、現在は現皇帝が床に伏せっているためにその皇帝の代わりとして国政を執っている。
評議会の議員たちは、結界が破られた原因は魔物の凶暴化のほかに、結界魔導器(シルトブラスティア)自体に原因があったのではないかと異論を唱えたのだ。
破られたその結界は、まだ破られていない他の結界とは唯一違う所があった。
その違いとは、今回破られた結界は”結界力の強化を施した結界魔導器(シルトブラスティア)である”ということだ。
強化を施した結界魔導器(シルトブラスティア)の結界が魔物に破られた。
このことからして、結果力を強化しさせたのではなく弱化させてしまっていたのではないか。
評議会はそう考えているようだった。
だから、明日の会議ではそのことに関して問い詰められるだろうと、リリーティアは彼らに話した。
「評議会は今後の対策よりも誰がその責任を負うのか、ということの方が重要なんです」
「何かと理由を知りたがる幼子でもあるまいし、今やらなければいけないこともわからないとは」
何のための皇帝代理なんだと、ヒスームは怒りを込めた言葉をこぼした。
彼らだけでなく、皆が評議会に対して憤りを感じていた。
「それもこれもアレクセイ閣下を糾弾するためです。評議会にとって、それが一番の目的なんですから」
「どうしてそこまで騎士団長を?」
眉をひそめてキャナリが問う。
「評議会は以前から閣下の政策を快く思っていないんです」
評議会はアレクセイの行っている政策を疑問視していた。
その一つは騎士団の改革だった。
<帝国>騎士団は古くから貴族出身者のみで組織化されていた。
そのせいか、今までの長い歴史の中、市民の安全の保障を司るべき騎士団が貴族という名の権力と威光を盾に、市民に対して威圧的であり続けた。
そこで、騎士団長に就任したアレクセイはそんな現状を変えるために、身分関係なく平民出身者も積極的に騎士として登用し始めたのである。
評議会は貴族出身の有力者ばかり。
彼らは平民出身者に騎士という栄光を与えることが気に食わないのだ。
評議会議員にとっては、評議会の議席は常に変わらぬ栄誉でなくてはならないもの。
その価値を減じるようなことは一切受け入れられない。
アレクセイの改革を彼らはそういう疑いの目で見ていた。
「評議会が単なる研究員である私に明日の議会に出席するようにと命じてきたということは、私の失態をさらし、実行責任者に私を推挙したという理由からアレクセイ閣下を追及するのは明らかです」
不定期に開かれる<帝国>議会は、評議会議員と騎士団代表として騎士団長とアレクセイの補佐官らが参加している。
騎士団長の補佐官に関しては、貴族出身者のみの参加が許されいて、平民出身者たちは会議には出られない。
しかし、明日の議会に限っては、魔導器(ブラスティア)研究員であるリリーティアも会議に出席するように評議会側から通達がきたのだ。
「そうして困難な状況に追い込ませ、閣下を失脚させるつもりなのでしょう」
リリーティアはぎゅっと拳を握りしめた。
その表情には苦渋の色が浮かんでいる。
「ただ自分らの権威を守るために、リリーティアを利用するっていうのかよ」
ダミュロンは低い声で呟いた。
でも、その声からは彼の胸の奥底に渦巻く怒りを感じた。
「私に対して評議会が何を言おうが構いません。評議会に何を言っても、何かと理由をつけて私の失態とするはずです」
「何を言ってるの、リリーティア。確かにあれは成功していたでしょう?経過報告でも結界魔導器(シルトブラスティア)の結界力はちゃんと強化されているって言っていたのだから」
キャナリの言う通り、ペルレストで行った結界魔導器(シルトブラスティア)の結界力強化、範囲拡大は確実に成功していた。
その後、他の技師、魔導師が再びペルレストに赴き、結界魔導器(シルトブラスティア)の点検も日々行っていたし、街が滅びるその時まで技師と魔導師がそこにいたのだ。
だから、結界魔導器(シルトブラスティア)の結界力強化、範囲拡大が成功したあとの異常は一切見られず、まして結界力の弱化の傾向もなかった。
もし、少しでも異常があったなら<帝国>に即報告されている。
「その・・・キャナリ小隊長、それにみなさん、ありがとうございます。それでも、私の考えたあの方法が本当に間違っていなかったのだということを今は実証できませんし、原因として考えられるのも無理はないことです」
「・・・・・・・・・」
リリーティアが話している中、何を思っているのか、キャナリはじっと険しい目つきで彼女を見ている。
「アレクセイ閣下も私に責任を負わせないために、評議会になんと言われようと私を庇うでしょう。何より、それが悔しいんです。私のせいで閣下を苦しい立場に追い詰めてしまうことが・・・・・・」
「受け入れるの?」
「?」
キャナリは一歩その足を前に踏み出し、リリーティアの目の前に立つ。
いつもの雰囲気と少し違う彼女を感じて、リリーティアは反射的に半歩後ずさった。
「仕方がないっていうだけで受け入れるの?」
その表情は怒っているようでもあり、悲しんでいるようでもあって、複雑なものであった。
彼女は何を考え、何を思っているのだろうか。
その表情からはすぐに読み取ることはできなかった。
「そう簡単にどうして受け入れるの?自分の考えに自信がないから?エルカパルゼのときも、ペルレストのときも、私たちはどんな時もあなたのことを信じていたのよ。
それは今も同じ、これからもずっとそれは変わらない。何も証拠がないのに理不尽な理由を突きつけられただけで簡単にそれを受け入れるっていうのは、私たちの今までの信頼を裏切っているようなものだわ」
「!?」
彼女の言葉に、リリーティアは微かに肩を震わせた。
「ちょ、ちょっと待ってください小隊長!」
「それはリリーティアに言い-----ダ、ダミュロン?」
ソムラスとゲアモンの言葉をダミュロンが手で制した。
制しながらも、彼の目はただじっとリリーティアとキャナリの様子を見詰めていた。
ヒスームも真剣な眼差しで、ふたりの様子を静かに見守っている。
ソムラスとゲアモンは未だ戸惑いながらも、彼らもそれ以上言葉を挟むことはしなかった。
「根拠のない疑惑の目を向けられて、それをそのまま受け入れるだなんて。・・・それは、ただ逃げているだけではないの?」
キャナリは厳しい言葉を投げ続ける。
それは、いつもの優しい声色とは違っていて、リリーティアは大きく動揺していた。
何より彼女の言葉が胸に突き刺さる。
「それとも、そんなものだったの?結界魔導器(シルトブラスティア)の結界力強化の考えも、結界の範囲を拡大する考えも、あなたにとってすべては浅はかなものでしかなかったの?どうでもいいと-------」
「違うっ!!」
キャナリを言葉を遮り、リリーティアは叫んだ。
彼女の大きな声に皆が驚いて見る。
当の本人も半ば無意識に叫んでしまったことに戸惑い、すぐにキャナリの顔から視線を逸らした。
ほんの数秒、風に揺れる草木のざわめきだけが静かに響く。
「・・・すみません。あれは、・・・あの考えは」
顔は伏せたままだったが、リリーティアは静かに話し始めた。
「何度も考えて、考えて、私なりに必死になって考えました。これ以上考えられないくらいに、何度も考えて、考え抜いて」
彼女はぎゅっと手を握りしめる。
彼女自身の想いと比例するかのように、手を握り締める力はどんどん強くなっていく。
「みんなが安心して過ごして欲しい、その想いで考えました。生まれ育った街で無邪気に笑う幼い子どもたちの顔。慣れ親しんだ街で笑い合って日々を暮らす人々の顔。その人たちの、すべての笑顔を守りたい」
目を閉じ、そのときの自分の想いはどうだったかを思い返した。
何の為に、誰の為に、その考えを生み出したのか。
「いつも通りの一日、いつも通りの営み。ありふれた日々の中にある笑顔。当たり前に流れていたそんな日々も、そこにあった笑顔も、今や魔物たちの凶暴化で不安でかき消されそうになっている。
・・・・・・守りたい。その当たり前の日々を、そこにあった笑顔を。・・・この手で、・・・この手で守りたい!だから・・・!その想いで考えて、考えて、考えて!・・・・・・必死で考え抜いて出した結果なんですっ!!」
リリーティアは訴えるように叫んだ。
あの計画に懸けた想い。
自分の揺るぎない想い。
浅はかな考えでも、単純な想いでもない。
そこには、みんなの笑顔を守りたいという想いが深く、強く、込められていた。
その時、キャナリは優しげに微笑んだ。
それはいつもの彼女の笑み。
そして、そっとリリーティアの肩に優しく手を置いた。
「だったら、何の根拠もない言葉を簡単に受け入れてはいけないわ。あなたが必死で考えたものでしょ。みんなの為にって頑張ったんだから。だた自分の利益だけしか考えず批評する人たちの言葉なんかに飲み込まれないで」
「・・・キャナリ小隊長」
肩から感じる彼女の手の温もりが、まるで彼女の優しさに包まれるように体中に伝わってくる。
「あなたのその想いを、貫いてほしい」
リリーティアは目を瞬かせて、彼女の優しげな瞳を見た。
「あなたは一人じゃないのよ」
キャナリは満面の笑みを浮かべた。
「周りがとやかく言おうが、リリーティアのその想いは嘘じゃないんだ。だからこそ、おまえさんのやってきたことは間違ってなんかいない。俺たちだってそう胸を張って言える」
「リリーティア殿の努力が何よりその証拠でもあるのです。これまでのあなたの努力を評議会の思惑になどに潰されてほしくはありませんな」
「いくらお偉いさん方だからってよ、そう易々と言われた通りにする必要なんてないぜ」
「そうです。どんな時も僕たちはあなたの味方なんですから」
皆の言葉が耳に優しく響く。
そして、それは胸の奥へと流れ、溶けるように体に染みわたる。
リリーティアは周りを見渡した。
キャナリ小隊の皆が自分へ優しく微笑んでくれている。
それでいて、強い眼差しを感じた。
その眼差しからは、自分を信じてくれる想いと一人ではないという想い、仲間たちの深い想いが感じられた。
仲間の言葉と仲間の笑顔。
それは、リリーティアの不安をかき消すには十分なものだった。
仲間たちの支えのもと、彼女は明日の会議に挑む心を構えたのだ。
----------たとえ、どんなことを言われても、私の想いは曲げない。