第13話 笑顔
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「リュネール、ただいま」
城内にある小さな中庭。
天上から降りそそぐ月の光に照らされているのは、リリーティアとヘリオースの二人。
そして、白い墓標とその前に並べられた二つの剣だった。
「今までご苦労だったね。最期の時まで、騎士としての信念を貫き、母としての愛情を注いだ君はオレの誇りだよ。どうかゆっくり休んでくれ」
ヘリオースは地に膝をつき、手に持った白い花束を墓標の前にそっと置いた。
最良の妻であり、最高の友であった彼女を想い、彼は静かに目を閉じた。
その横でリリーティアも膝をついて目を閉じると、胸の前で手を組んで母のことを想った。
二人はその場に立ち上がると、しばらくの間、リュネールの墓標を見詰めていた。
穏やかな風が吹き、彼女に手向けた花が微かに揺れる。
「リリーティア。あの日、傍にいてやれなくてごめんな」
「大丈夫だよ、お父さん。キャナリ小隊のみんなが、仲間がいてくれたから」
リリーティアは笑った。
その笑顔には悲しさも辛さも、まして、無理に作っているものでもなかった。
リュネールが亡くなってから、もちろん今まで何度も悲しい気持ちになったことはある。
無性に寂しくなって、眠れなくなった夜だってある。
これからも、そんな気持ちになる時も、そんな夜が訪れることもきっとあるだろう。
それでも彼女は大丈夫だと胸を張って言えた。
大切な仲間たちがそこにいるのだから。
心から笑っている彼女にヘリオースは微笑んだ。
彼のその笑みにも悲しみの色はない。
それより、何よりも喜んでいた。
娘にとってかけがえのない仲間ができたことに。
いつも一人で抱え込み、親にさえ謙虚な姿勢をとる娘を心配していた。
親が心配すればするほど、娘は一層無理をして心配をかけさせまいとする。
あまりに悪循環だった。
だがそれもキャナリ小隊たちのおかげで断ち切ることが出来ただろう。
今日の娘と彼らの様子を見ていればよく分かる。
娘は彼らと、彼らは娘と、深い絆で結ばれていると。
自分と妻とアレクセイのように。
ヘリオースはもう一度リュネールの墓標を見詰めた。
その表情はとても穏やかだった。
「よーし、シリアスモード終わり!」
ヘリオースは大きく伸びをすると、いつもの陽気な調子に戻った。
そのせいか周りの雰囲気が一気に明るく変わったように感じた。
「シリアスモードって・・・・・・」
「お母さんはこんな暗い空気好きじゃないからな。それに、お父さんらしくないだろ?」
にっと歯を向いて笑うヘリオースにリリーティアは苦笑を浮かべた。
けれど、どんなことがあっても父は自分らしさを忘れない、強い心を持った人だなと感じていた。
その時、彼女はふと思った。
「お父さん。お父さんは、不安になったりしないの?」
「不安?」
「うん。自分がやっていること。これからしようとしていることのすべて。・・・・・・それは本当に間違いじゃないのかって」
悲しい事、辛い事、どんな事が起きようとも自分を忘れない父だからこそ、人々を笑顔へと導く道を見失わず、確かな術(すべ)を掴み、前を見据えている。
父はいつも真っ直ぐだった。
真っ直ぐな笑顔で、真っ直ぐな想いで。
「私は、すごく不安だった。エルカパルゼで結界魔導器(シルトブラスティア)の強化をすることになったとき。すごく、すごく怖くて・・・。失敗したらどうしようって、そんな最悪な結果ばかり想像して・・・。でも、みんなが、仲間が傍にいてくれたから、私は最後まで諦めずにやれた」
リュネールの墓標を見詰める娘の横顔はとても儚げで、ヘリオースは真剣な眼差しで彼女の話に耳を傾けていた。
「お父さんはいつも自分で決めて、自分で前へ進んでる。そして、お父さんがやっていることは必ずみんなの為になってる。お父さんの周りはみんなが笑顔になってる。どうしたら、どんな時もまっすぐでいられるの?自分で前へ進めるの?」
ヘリオースを見上げるリリーティアの顔はとても不安げであった。
彼は一度まっすぐ娘の顔を見据えると、その両肩にそっと手を置いて膝を突いた。
お互いの目線の高さが同じになる。
「いいか、リリーティア。そんなに難しく考える必要はない」
ヘリオースはふっと柔らかい笑みを浮かべると、穏やかな声で続けた。
「何かを為す時、その先を見てみるんだ」
「その先?」
父の言っていることがよく分からず、リリーティアは小さく首を傾げる
「自分がそれを為すことで、誰が喜んでくれるのか、誰が笑ってくれるのか」
「誰が喜んで、誰が笑うのか」
彼女は父の言葉を復唱した。
その意味を理解しようと、心の中で何度も呟く。
「よく考えなさい。その先に誰かの笑顔が見えるか?その未来は笑顔に溢れているか?」
彼女は必死で考えた。
いくら考えても、やはりよく分からなかった。
父の言っていることは分かる。
けれど、そう考えることで、どうして間違いではないかという不安が消えてなくなるのか、どうして真っ直ぐでいられるのか。
それがどうしても分からなかった。
眉間にしわを寄せて必死に考え込んでいる娘の顔に、ヘリオースはふと親友の顔を思い浮かべた。
「ははは。まるであいつみたいな顔になってるぞ。可愛い顔が台無しだな」
高らかな声で笑うと、しわが寄った娘の眉間をそっと優しく撫でた。
そして、娘の頭に優しく手を乗せると、口元に小さく笑みを浮かべる。
「今は分からなくてもいいんだ。もしも間違った道へ進みそうになったら、この言葉で救ってやるから。今は思う通りすればいい。ただ、立ち止まることだけはしないよう、前に進んで行きなさい。それに、リリーティアならこの言葉にすぐに気づいてくれるだろう。オレの自慢の娘だから」
その時、リリーティアはヘリオースの言葉がすっと体に入ってくるのを感じた。
父の言葉の意味を理解したわけじゃない。
だけど、体の奥の奥、心の芯へと沁みこんでいくような不思議な感覚があった。
彼女はその異様な感覚に戸惑った。
けれど、何となくほっと安心した気持ちになった。
「それにな、お父さんはどんな時も自分だけの力で決断してきたわけじゃないんだ。お母さん、アレクセイ、ヘルメス。そして、リリーティア。お前たちのおかげで、お父さんは今まで前に進んでこられたんだ」
ヘリオースは目を閉じた。
今までのことを思い出しているかのように。
「リリーティアはよくお父さんのこと心配してくれるだろう?そして、どんな時でも応援してくれる。いつも手紙にも書いていてくれるものな。それが何より力になっているんだよ」
満面も笑みを浮かべる父。
不意にリリーティアは目頭が熱くなった。
「っ・・・お父さん」
涙が瞼から零れ落ちる前に、彼女は父の肩に顔をうずめた。
嬉しくて、嬉しさが溢れすぎて、胸の奥が震えた。
本当に嬉しかった。
父の言葉が。
父の笑顔が。
少しでも父の役に立っていることが。
「ありがとう、お父さん」
「お礼を言うのはお父さんのほうだ。いつもありがとう、リリーティア」
ヘリオースは優しく、それでいて強く、娘の肩を抱いた。
慈しむように、しっかりと。
久しぶりの父の温もりをその身に感じて、リリーティアはぎゅっと父の服を強く握り締めた。
父の腕の中は、とても優しくて、力強くて、落ち着く場所。
心の底からほっとできた。
それは、母に抱きしめられた時も同じ温もりだった。
だから、あの時もそうだった。
最後になるとは思ってもいなかった、あの母の腕の中。
とても優しくて、力強くて、落ち着く、あの温もりがあった。
ハルルの街で久しぶりに母に会った時に抱きしめてくれた、温もり。
任務を終えて、ハルルの街を出る時に抱きしめてくれた、温もり。
そう、その温もりのあとに約束を交わして----------、
「あっ!!」
リリーティアはヘリオースからばっと体を放して、何かを思い出したかのように叫んだ。
突然の娘の大きな声に、目を見開いて驚くヘリオース。
「お花見!」
「へ?」
ヘリオースの口からは間抜けな声が零れる。
あまりに唐突すぎて、彼には何のことかさっぱりだった。
「約束したんだよ!お母さんとお父さん、キャナリ小隊のみんなとハルルでお花見をするって!」
「ハルルでお花見?」
首を傾げるヘリオースに、リリーティアは嬉しげにあの日のことを話した。
母と指切りを交わした約束。
キャナリ小隊の皆と交わした誓約。
そして、ハルルの樹の前で母の温もりを感じたこと。
母の声が聞こえたような気がしたこと。
瞳を一杯に輝かせながら、彼女はすべてを話して聞かせた。
「ははは。それはいいな!」
話を聞いたヘリオースは声高らかにして笑った。
彼のその弾んだ声に、リリーティアも自然と笑みを深くする。
「だったら、アレクセイも一緒に頼めるか。あいつも少しは息抜きにいいだろう」
「うん、それがいいよ。でも、時間とれるかな?」
「何が何でもとらせるさ。あいつのことだから、本部をあけることはできんとかなんとか言って頑なに無理だというだろうけど。ま、オレにかかれば大丈夫だ!」
「その時は閣下を怒らせないでよ。今日みたいに」
「まぁ、・・・・・・善処するよ」
最後の言葉の間に、リリーティアは困ったように笑った。
その言葉はあてにしないほうがいいなと、彼女はすぐに察した。
父はいつものように親友である彼をからかうつもりでいるに違いない。
企んでいるといってもいい。
相変わらずな父に少し呆れながらも、彼女は母の墓標へと視線を移した。
「お母さんもきっと楽しみに待っていてくれてるよね」
「ああ。それよりも、待ちわびてもう先に始めてるかもしれないな。お母さんは見かけによらず酒豪だからなぁ」
「あはは、そうかも」
二人はお互いに顔を見合わせて笑い合った。
それから二人は、夜が更けるまでじっくりと他愛ない話をした
ヘリオースは自分のことよりも娘の話を聞きたがり、リリーティアはキャナリ小隊たちと共に過ごす日々について話して聞かせた。
彼女の話は尽きることなく、水が湧き出るように次から次へとたくさんの出来事がその口から溢れ出る。
それだけキャナリ小隊たちと過ごす日々は、彼女にとって充実した日々で、かけがえのない時間だった。
彼は時折声を上げて笑いながら、嬉しげな笑みを以って娘の話を夢中になって聞いた。
そこには、子どものような無邪気な笑顔がふたつ。
そんなそっくりなふたつの笑顔を、満ちた月が優しく照らし続けていた。