第13話 笑顔
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「ヘリオース!」
またも訓練場に大きな声が響き渡る。
その声のほうを見ると、アレクセイが足早にこちらに向かってきていた。
「よお、アレクセイ。久しぶりだなぁ、元気にしてたか?」
ヘリオースは片手をあげて陽気に言う。
それはまさに気兼ねない友を前にした、親しげな素振りであった。
「お前な、予定の時間になっても現れないと思ったらこんなところで油を売っていたのか。もうずいぶん前に本部に来ていたと聞いたんだが」
「少しくらい会議に遅れてもいいだろー?単なる研究成果の報告なだけじゃないか」
「・・・はぁ」
アレクセイは額に片手を当てて、大きなため息をついた。
「言っとくが、娘の顔を見に戻ることが一番の目的、且つ、任務であって、そのついでに研究の成果を報告しにきているだけなんだからな」
アレクセイに豪語するヘリオース。
明らかに任務とついでが逆になっている。
リリーティアも父の言動には呆れ果てていた。
「お父さん、閣下を困らせないでよ」
「えー、リリーティアはお父さんに会いたくなかったのか」
「・・・それとこれとは話が違うから」
リリーティアがそう言うと、ヘリオースは拗ねた子どものように不貞腐れ、その姿を見ると、魔導学界で天才と謳われている者だとは到底思えないだろう。
だがその拗ねた表情も何事も無かったかのようにすぐに消えて、彼は何か思い出したようにぽんっと手を叩いた。
「そうだ!アレクセイ、土産があったんだ。マンタイクで珍しいものがあったんだよ」
「・・・・・・またなにか変なものでも持ってきたんじゃないだろうな?」
土産という言葉を聞いてアレクセイは一瞬嫌な顔を浮かべると、疑惑の目でヘリオースを睨み見る。
「またって、オレがいつも変なものを持ってくるみたいに言うなよ」
「毎回そうであろう」
「なにー!こっちはお前を思ってだな」
「私を思うのなら会議の時間を守ってくれぬか」
互いに言い合いになる二人。
言い合いといえど、一方的にヘリオースのほうがムキになっているようだが。
「あー、あー、会議会議って。だからお前はいつもそんな気難しい顔なんだよ。少しは肩の力を抜いたらどうだ?」
「お前のせいで気難しくなってるんだがな」
「ふ~ん・・・。だったらオレのおかげで笑わせてやろうじゃないか!」
ヘリオースは口元を弧に描いて袖をたくし上げると、掴みかかるようにしてアレクセイの両頬をつまんだ。
「ほら、笑え、笑え!にぃーっ!」
「っ!? ぐっ、やめ゛っ・・・!!なに゛を、っする・・・!!」
彼はアレクセイの両頬を思いっきり引っ張った。
いつもの風格ある顔つきのアレクセイが、今は天と地がひっくり返ったほど腑抜けなものになっている。
「よーし!少しは笑えるようになったか、アレクセイ?」
ヘリオースは腰に手を当て、にっと歯を出して満足げに笑った。
だが、アレクセイはというと、笑うどころか何か異様な雰囲気を漂わせている。
彼から不穏な空気が漂い始めたことを察したリリーティアやキャナリ小隊たちはとっさに一歩後ずさった。
「ヘリオース、覚悟はできているか?」
「覚悟も何もオレに勝とうなんて百年早いぞ」
青筋を立てて今にも剣を抜き放とうとしているアレクセイに対し、ヘリオースは余裕な笑みを浮かべてあっけらかんと言い放つ。
現皇帝クルノス十四世の御前試合で優勝したことで、騎士団長に推挙されたほど剣技の腕を持つアレクセイに向けて、「百年早い」と言ったヘリオースの言葉に、キャナリたちは驚きと戸惑いが混じった表情を浮かべた。
実際に彼らは一度、アレクセイの剣術の腕前を目の当たりにしているからそれは尚更だった。
本気で言っているのか、はたまた、からかって言っているのか、彼らには分からなかった。
「ストーップ!」
その時、今にも遣り合おうとしている二人の間にリリーティアが割って入った。
「もう!お父さん、ふざけるのはこれぐらいにして!閣下も、父にまんまと乗せられないで下さい!」
彼女の一喝に二人は言葉も出ず、しばらくその場で固まってしまう。
「あー、・・・悪い、悪い」
「・・・すまん」
頭を掻いて謝るヘリオースと、決まり悪そうなアレクセイ。
そんな二人に、彼女はやれやれと小さくため息を吐いた。
大の大人たちがひとりの少女に怒られている姿はあまりにも滑稽で、キャナリたちは呆然としてそれを見詰めた。
「さて、リリーティアの顔も見られたことだし会議とするかな。それじゃあ、また後でな」
「うん」
「よし。アレクセイ、行くぞー」
ヘリオースは手を振り上げると、相変わらずの陽気な調子で訓練所の出入り口に向かって歩き出した。
しかし、アレクセイはその場に留まったまま、眉根を寄せてヘリオースを見る。
一向に動き出そうとしない彼に、ヘリオースはその足を止めて振り向いた。
「まーだ、怒ってるのか~。悪かったって」
「・・・・・・はぁ」
締まりがないような笑みだったが、ヘリオースのそれはふざけた気持ちからのものではないことは分かった。
アレクセイは疲れたようにため息をつくと、何も言わずに彼は歩き出す。
そして、ヘリオースの横を通り過ぎた、その時である。
「無事で何よりだ。ご苦労だったな」
その声には、さっきまでの怒りは含まれていない。
それは確かに、親友へ向けての心からの労いの言葉であった。
「まったく、次からは会議の-----ぬっ!?」
突然、後ろから重みがのし掛かり、アレクセイは驚きの声と共に前のめりになる。
「行くぞアレクセイ!理想の未来へー!」
それはヘリオースが勢いよくアレクセイの首もとに右腕を回したからであった。
前に指を指しながら楽しげに声を上げる彼のその姿は、小さな子どもがはしゃいでいるのと同じに見える。
「じゃあなリリーティア!みんなもまた話そうな~!」
「暑苦しい」やら「やかましい」やらと酷く迷惑げにアレクセイが文句を言っているのだが、ヘリオースは構うことなく一切それを無視してリリーティアたちに大きく手を振りながら、二人は訓練所を出ていった。
彼らがいなくなった訓練所は、嵐が去った後のような妙な静けさの中に包まれ、キャナリ小隊たちはしばらくその場で呆然と立ち尽くしていた。
リリーティアはひとり困ったような笑みを浮かべていたが、それでいて、とても嬉しげに二人が出て行ったほうを見詰め続けていた。