第13話 笑顔
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「エアスラスト!」
緑輝く無数の荒ぶる風が舞い、大気中に土埃が舞う。
「よし、いっちょあがり」
ダミュロンが得意げに笑っている。
今、風の魔術を発動させたのはリリーティアではなく彼であった。
「ダミュロンさん、すごいですよ」
リリーティアのほかに、ここ騎士団本部にある訓練所には、キャナリ小隊の皆が日頃の訓練を行っていた。
以前、ダミュロンに魔術について教えてから、キャナリ小隊たちに魔術の実技指導を行うようになったのだ。
正式にではないので、彼女の時間が空いた時など不定期に教えていて、今もこうしてキャナリ小隊たちに魔術について実技指導をしていたのである。
「もうだいぶエアルの流れを読み取れていますね」
中でもダミュロンは、魔術理論の講義はつまらないと言っていながら、実技となると一変して、ほかの誰よりも魔術を扱うのが安定しており、呑み込みが早かった。
周りの仲間たちもそれには驚きを隠せず、現に今も信じられないといった眼差しで彼を見ている。
「ダミュロン、お前、一体全体どうしちまったんだ?」
ゲアモンが目を丸くして言った。
ダミュロン以外に、まだ一人として初級魔術を扱える者はいないというのに、今しがた、彼は中級魔術の発動にも成功させたのだから周りが驚くのも無理はない。
「実力だ、実力」
ゲアモンの言葉に対して、ダミュロンは大げさに胸を張って見せた。
「ああ、あれか、どこかで頭でもぶつけたのだな」
「「「「ああ、どうりで」」」」
ヒスームの言葉に皆が声を合わせて頷いた。
「お前らな、その言い草はなんだ!ていうか、リリーティアもなに一緒になってんの」
キャナリたちだけでなくリリーティアも一緒になって声を揃えて納得していて、そんな仲間たちの言い様に彼はジト目で睨んだ。
毎回この様な雰囲気の中、彼女の魔術の実技指導は和気あいあいと行われていた。
けれど、今日はいつもとは違った。
なぜなら----------、
「リリーティア~!!」
「!?」
訓練所に突然リリーティアを呼ぶ声が大きく響き渡った。
皆が一斉にその声の方へと顔を向ける。
見ると、向こうから瑠璃(るり)の服に丈が胸元までの薄橙(オレンジ)の衣装(ローブ)を羽織った男がこちらへ駆けて来きてた。
しかも尋常のない速さでこちらに駆けてくるので、キャナリ小隊たちは不審者が現れたような視線でその男を見ている。
だが、リリーティアだけはその男を見た瞬間、ぱっと瞳を輝かせていた。
「リリーティア!久しぶりだな!元気にしてたか?!病気は?!怪我は?!ああ、あとちゃんとご飯は-----」
「あー、お、落ち着いて!落ち着いてよ!ちゃんとご飯も食べてるし、元気にしてたから」
男はすごい勢いでリリーティアの肩を掴むと矢継ぎ早に話し始め、彼女は苦笑を浮かべながら男を宥めた。
「もう、そんなに心配しないでよ、お父さん」
「そうか。元気そうでよかった」
呆れながらも、彼女の表情はどこか嬉しそうだった。
そう、その男はリリーティアの父、ヘリオースであった。
デズエール大陸のテムザ山にある<帝国>最重要研究施設、<砦>の取締役として、そこで様々な研究を行っている魔導士。
「私のことよりもお父さんの方が大変でしょう?研究も忙しいし、ここまで来るのだって・・・」
「それは大丈夫だ!リリーティアに会うためなら、たとへ爆発の中、魔物の中だからな」
「は、ははは・・・」
胸を叩いて自信げに言うヘリオースに、リリーティアは乾いた笑いしか出てこなかった。
キャナリ小隊たちは二人の様子を茫然と見詰めていた。
正確にはへリオースの様子に呆気にとられているようで、生前リュネールからヘリオースの娘の溺愛っぷりについては聞いてはいたものの、実際に今、彼が娘のことを溺愛している様を目の当たりにして、少々当惑しているようだ。
「す、すみません、みなさん。あの、私の父です」
リリーティアは、呆然としている仲間たちに気づき、慌てて向き直ると彼らに父だと紹介した。
「はは、すまない。久しぶりに娘に会ったものだから・・・。初めまして。この娘(こ)の父親でヘリオースという。どうかよろしく頼むよ」
ヘリオースは首元に手を当ててバツが悪そうすると、キャナリたちに向き直って笑顔を浮かべた。
「私はこの隊の小隊長を務めております、キャナリです。こちらこそよろしくお願い致します」
キャナリの挨拶のあと、小隊の副官であるダミュロン、各班長であるヒスーム、ゲアモン、ソムラスも続いて挨拶して、敬礼した。
「ま、そんなに固くならないでくれ。気楽に、気楽に、な」
ヘリオースのその笑顔と物腰に、キャナリたちは彼の人の好さを感じた。
その物腰はリュネールと似ているものがあった。
「活躍は聞いているよ。市民の為によくやってくれているそうだね。ご苦労さま、いつもありがとう」
「い、いえ・・・騎士として当然のことですし、私たちはまだまだです」
「いや、その当然を遂げることは誰にも出来る事ではないよ。だから、本当にありがとう。」
キャナリ小隊の活躍を自分の事のように喜んでいる彼の姿に、キャナリだけでなくダミュロンたちの皆が戸惑いを見せた。
今回が初対面で、しかも彼自身に対して自分たち小隊が何かをやったわけではないのに、そこまで感謝してくれる事に驚きを隠せなかったのだ。
「お父さん、今日は研究の報告に来たの?」
「違う違う。リリーティアに会いに来たんだ」
ヘリオースはにっと笑う。
「え、わざわざそのために?」
「ここ一年近く会いにこられなかったからな。・・・といっても、明後日にはここを発たないといけないんだよ」
「あ、明後日・・・そう、なんだ・・・。なかなかゆっくりできないね。お父さんこそ、身体(からだ)壊さないようにしてよ」
久しぶりに父とゆっくり話せると思っていたリリーティアは、明後日にもここを発つと聞いて内心とても落ち込んだ。
表情には出さないよう気をつけながら、彼女は笑みを浮かべてヘリオースの身を案じた。
けれど、父である彼には娘の顔を見て、すぐに胸の内に押し隠した彼女の心情にちゃんと気付いていた。
彼は誰にも気づかないほど、一瞬だけふっと悲しげな笑みを浮かべると、途端に頭を抱えて何やら大げさに唸りだした。
「ぅう~、ぬ~・・・あ、そうだ!よしっ!ヘルメスに全部押し付けよう!」
「え・・・!?」
「今やっている研究なんてヘルメスにかかれば、ちゃちゃっとうまくやってくれるからな。うん、それで万事よし!」
「そ、そんな勝手に・・・、それはヘルメスさんが困るんじゃあ」
父の突拍子な発言にリリーティアは戸惑う。
二人が話すヘルメスとはクリティア族の科学者で、ヘリオースと同じように<砦>で魔導器(ブラスティア)の研究をしている男の名である。
「ヘルメスなら大丈夫、大丈夫。あいつはオレより遥かに知識も技術も上をいくからな」
彼は古代の技術に魅せられ、ひたすら魔導器(ブラスティア)研究に情熱を注いでいる人だ。
その知識も技術も世間では天才魔道士と謳われるヘリオースをも凌駕するほど、並はずれた頭脳を持った科学者であった。
ヘリオースにとって彼は研究を共にする仲間であり友であり、また、アレクセイと生前のリュネールとも良き友の間柄である。
リリーティアも彼とは実際に何度も会ったことがあり、古代の魔導器(ブラスティア)技術について熱く語る姿が彼女の頭の中には強く印象に残っている。
幼い頃には、父とヘルメスが魔導器(ブラスティア)について熱心に話しているのを、幼い彼女は飽きもせず傍でずっと聞いていたこともあった。
「そういう問題じゃ・・・」
「そういう問題にしとく!」
片目を瞑り、ぐっと親指を立てて笑うヘリオース。
そんな彼に今まで黙って二人のことを見ていたキャナリたちは声を押し殺して笑い出した。
「も、もう・・・お父さん、みんなが呆れて笑ってるじゃない」
「ん?いいじゃないか、笑ってるんだから」
恥ずかしがっているリリーティアに反して、
笑われている本人であるヘリオースは何故か嬉しげに笑っている。
「す、すみません」
「ああ、いいんだよ。笑うことはいいことだからね」
ヘリオースは自分を見て笑われたとしても、彼はそれを恥ずかしいとも不快にも思わず、寧ろ、その大抵は今のように嬉しそうな顔を浮かべる。
それは、彼にとっては周りが笑顔でいてくれることこそが何より重要なことであるからだ。
彼は、人が笑っている顔が本当に好きなのである。
リリーティアはそんな父に時に呆れることもあるが、だからこそ尊敬もしてもいたし、嬉しげに笑う父の姿がとても好きだった。
「あ、そうだ。お礼が遅くなってすまない。いつも娘がお世話になっているようで、改めで礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
「いえ、私たちのほうがいつも彼女には助けられています」
「本当お世話になりっぱなしです」
キャナリとダミュロンの言葉に他の仲間たちも大きく頷いて、互いに苦笑を浮かべた。
首を傾げるヘリオースに、彼らはこれまで彼女に助けられた出来事を口々に話して聞かせた。
「はは、それは父親として嬉しい限りだ。それも君たちの支えがあってからこそだろう。だから感謝しているよ」
「あ!でも、このダミュロンが娘さんをよくいじめてます」
「はぁ?!おま・・・っ!」
ゲアモンはダミュロンに指をさして言う。
指を指された本人は慌ててゲアモンのほうを見やると、にっと不適な笑みを浮かべていた。
「なに!それは本当か!?」
「ははは、それはちが-----」
彼の冗談を本気で捉えている父に、苦笑を浮かべて誤解を解こうとしていたリリーティアだが、
「「「本当です」」」
キャナリ、ソムラス、ヒス-ムの三人が声をそろえて肯定した。
彼女はぎょっとして皆を見ると、ある意味怖いくらいの満面の笑みがそこにあった。
「お前ら~!」
ダミュロンの叫びが訓練所に響く。
「そう言うならお前らだって------ぬわっ!」
急に体を引っ張らたかと思うと、誰かの腕が首もとに回された。
「ダミュロン君、ちょーっと男同士の二人で話でもしようか?」
「へ?・・・あ・・・」
見ると、ゲアモン以上に不適な笑みを浮かべたヘリオースの顔がすぐ近くにあった。
「い、いや!ちょ・・・!お、俺はいじめてませんって!あいつらが勝手なことをっ!」
「ははは。まぁ、そう遠慮するな。共に語らおうじゃないか」
彼の笑顔は今やただ恐ろしいものとしか見えず、ダミュロンはさっと顔を青くした。
しかも、彼の腕は逃がさんと言わんばかりに、がっちりとダミュロンの首もとを捉えている。
「もう、お父さん!冗談はそれぐらいにしてよ。ダミュロンさんが困ってるでしょう。それから、みなさんもです」
ヘリオースは「悪い悪い」と謝りながらも、その表情はとても楽しげだった。
キャナリたちもそれは同じで、明らかに彼で遊んでいるといった様子が窺える。
「ははは、君たちは面白いなあ。すまないダミュロン君、ちゃんと分かってるよ。リリーティアのこと、可愛がってくれてありがとうな」
「い、いえ・・・」
ダミュロンはほっとしながらも、胸のうちではまだ少し焦っていた。
娘の溺愛ぶりを目の当たりにしているから、本当に分かってくれているのだろうかとはじめは訝ったが、彼のその笑顔からは確かに心から感謝してくれていることが感じられた。
「リリーティア、みんながいてくれてよかったな」
「うん!」
屈託のない笑顔を浮かべる娘にヘリオースはとても喜んだ。
顔を見合わせている二人の笑顔に、キャナリたちは思わずはっと息を呑んだ。
それはヘリオースの笑顔とリリーティアの笑顔がまさに瓜二つだったからだ。
親子とは言えど、あまりにも同じ笑顔だったから彼らはとても驚いた。
同時に、ふたりの笑顔を見ていると、ふっと心が安らぐような、
不思議なあたたかを胸の奥に感じたのだった。