第12話 理想
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「実は、君たちの隊の熟練度を見る為にここへ来たのだが」
「熟練度、ですか?」
アレクセイの言葉にキャナリは疑問符を浮かべた。
彼女の後ろにいる、ダミュロンをはじめとした仲間たちも同じような反応をしている。
アレクセイに連れられて訪れた場所は、騎士団本部にある訓練所だった。
キャナリ小隊たちは突然のアレクセイの訪問に少し驚いていたが、彼自身がこの訓練所に来るのはこれが初めてではない。
彼は以前からよくキャナリ小隊のもとを訪れては、彼直々に指導を行っている。
それだけ、この小隊に対しては特別な想いを持っていて、それほど熱の入れようであった。
だから、今回彼がここに訪れたのも指導をしてくれるのだとばかり思っていたキャナリたちは、
「自分と手合わせしてほしい」という騎士団長の唐突な言葉に戸惑っている様子だった。
「(一体、何を・・・?)」
リリーティアはアレクセイの傍らで、彼が今何を考えているのかと訝った。
彼のその行動は何を考えてのものなのか、どんなに考えてみてもその意図は掴めない。
悶々とひとり考えている間に小隊長であるキャナリは隊の代表に迷わずダミュロンを指名していた。
ダミュロンは一瞬驚いた顔をするも、すぐに真剣な顔で力強く頷いてみせた。
そして、訓練所の中心にはアレクセイとダミュロンが向かい合わせになって立ち、他の仲間たちは壁際に寄ってその様子を見守ることになった。
「突然、騎士団長はどうしたの?」
キャナリはリリーティアの耳元で囁いて尋ねる。
それは自分が一番知りたいことであるため、彼女はただ困ったように笑いながら、肩をすくめることしかできなかった。
そうして、ダミュロンとアレクセイとの手合いが始まった。
隊の代表としてダミュロンは全力で立ち向かい、様々な技を駆使して攻撃を仕掛ける。
けれど、彼特有の多彩な戦い方を以ってしても騎士団長を前にしては、その技は全てにおいて見切られ一切通用しなかった。
「速さも力もわたしたちの遥か上をいっている」
「さすがは騎士団長閣下だな」
騎士団長の実力を目の当たりにして、圧倒されているヒスームとゲアモン。
彼らの言葉を横で聞きながら、リリーティアはほとんど瞬きもせずに二人の手合いをじっと見詰めていた。
二人の手合わせを見ている皆がその手に汗を握り、固唾を飲んで見ていた。
張り詰めた空気が漂う訓練所には、ダミュロンとアレクセイの声、そして、刃を交える音がしばらく響き渡る。
そうして、最終的にはアレクセイが勝ち取った。
長く続いた手合いのように感じたが、実際はものの数分で勝敗が決まっていた。
けれど、手に汗握る緊張感、初めて目の当たりにしたアレクセイの実力に、
その一時でしかなかった時間も、長い時の中にあったようにしか思えなかった。
「大丈夫か、ダミュロン?」
「はぁ、はぁ・・・・・・ま、まぁ・・・、はっ・・・、な、なんとか・・・な」
ダミュロンは息も絶え絶えにその場に座り込んでいた。
ヒスームの言葉にも彼はどうにか返事を返したといった様子である。
「惨敗だな」
ダミュロンがひとつ大きく息を吐くと、呟くように言った。
その額からはいく筋もの汗が流れ、顎に伝って落ちる。
「いいえ、あなたは全力で頑張ってくれたわ。ありがとう、ダミュロン。お疲れ様」
バツが悪そうにするダミュロンに、キャナリは笑みを浮かべて言った。
彼女だけでなく隊の皆が彼に心からの労いの言葉をかけ、仲間たちの言葉に彼はぎこちなくも笑みを返したのだった。
その時、アレクセイが彼の傍に歩み寄る。
「まだまだこの隊は成長する。君と手合わせしてそれを実感できた」
彼との手合わせに何か手応えを感じたらしい。
アレクセイは満足げな表情を浮かべている。
「君の実力も大したものだ。感謝する、ダミュロン」
手を差し伸べながら、賞賛の言葉をかけるアレクセイ。
彼は気抜けしたように、差し出された騎士団長のその手をしばらく呆然と見詰めていた。
そして、戸惑いながらもその手をとると、彼は立ち上がった
ことごとくやられて心底疲れた様子ではあったが、騎士団長を見上げるダミュロンの表情は何よりも誇らしいものであった。
「キャナリ小隊のみなには期待している。これからもよろしく頼みたい」
アレクセイはキャナリ小隊の皆に向き直ると、張りのある声で言った。
その言葉に彼らは真剣な眼差しを向けると、
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
力強い声と共に騎士団長へと一糸乱れぬ敬礼で応えた。
「ぁ・・・」
リリーティアははっとして、小さく声を漏らした。
この時、彼女は理解した。
アレクセイがあの廊下で言っていた、その真意を。
そう、たった今、彼女は見たのである。
この目で《理想を見た》のだ。
キャナリ小隊の姿に、ヘリオースとリュネール、そしてアレクセイが思い描いてきた理想をリリーティアは見た。
親友である彼らは、<帝国>をよりよいものにという理想の下に今まで頑張ってきた。
これまで何度、現実にかき消されそうになったか知れないその理想。
そして、今日もまた、現実を前に理想はかき消されそうになった。
しかし今、目の前には理想の姿が現実に広がっていた。
「(そうだ、きっと叶えられる。みんながいれば、きっと)」
これまでキャナリ小隊たちと時間を共にしてきたリリーティア。
彼らの行動すべてが、本来あるべき騎士の姿そのものであった。
まさに、誠を尽くしている姿。
理想の姿だった。
リリーティアはその瞳を輝かせた。
ヘリオース、リュネール、アレクセイ、彼らの理想は彼女自身の理想でもあった。
己の信念と共に描き続けている、揺ぎない理想だった。
それが今、確かに目の前にある。
晴れ渡る空の下、彼女は知った。
諦めなければ、理想は現実になるのだといことを。
時間がかかっても、諦めない限り、理想は生き続ける。
諦めればそこで終わる。
「(嘆いている場合じゃない。私も、ここにある理想を守っていくんだ」
リリーティアは真っ直ぐな瞳でキャナリ小隊たちとアレクセイの姿を見詰めた。
その瞳の奥は希望に輝いていて、廊下で見せていた憂い帯びたものはそこにはなかった。
彼女の瞳は、描いてきた理想を確かな未来に映していた。
第12話 理想 -終-