第9話 月
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「私はずっと考えていました」
リリーティアは甲板にある小さな木箱に腰掛けて静かに話し始めた。
キャナリたちもその場に座ったり、壁にもたれたりして、それぞれの体勢で彼女の話を聞いている。
「どうすれば、・・・私はみんなに認めてもらえるのだろうかと」
キャナリたちは彼女の言葉に疑問を抱くが、ただ黙したまま耳を傾け続けた。
「どれだけ難解な術式を解いても、どれだけ難題な実験を成功させても、どれだけ魔術を使いこなしても、『あの親の子だから』-----私にはいつもその言葉がついていました。
そして、いつの頃からか私は思いました。父と母と同じようなことをしていては、駄目なんだと。教わったことをただ応用しているだけではいけないんだと。だったら、父と母がやっていないこをやれば、きっと自分を見てくれる」
彼女の話を聞きながら、キャナリたちはある言葉を思い出していた。
『あの天才魔導士の娘だからっていい気になってるんだろ』
『親の七光りでこんな子どもがオレたち魔導師を振り回して、こっちはいい迷惑なんだよ』
『あの天才魔導士ヘリオース氏の考えをまんまと自分のものにしたとしか考えられんよ』
『所詮、親の真似事をしているだけにすぎないんだよ』
それは、エルカバルゼやこの船上でアスピオの魔術士や技師がリリーティアに向けて放っていた言葉。
その言葉のどれもが彼女の親のことがついて回っているのである。
「”私”ではなく、”偉大な親の子”としか見てくれない。それが・・・・・・悔しかったんです」
リリーティアは笑みを浮かべた。
でもそれはあまりにも悲しげな微笑みだった。
「だからなんです。その、私の魔術が他の人と違うのは・・・」
彼女の扱う魔術は他の人とは違う。
それは少し前、ダミュロンがふと疑問に思って口にしたこと。
彼女はそれに答えるように、自分の魔術について話し始めた。
「父と母と違うこと、それは魔術もそうだと考えました。だから、私は魔術の基本術式を独自に作り変えたんです。”私”を認めてもらうために・・・・・・。結局、全ては浅はかすぎる考えでした。父と母と違うこと、そして、他の方たちが考え付くことができないことをやれば自分を見てもらえるだなんて」
リリーティアの瞳は暗く揺らめいていた。
ダミュロンからすればそれは素朴な疑問でしかなかった。
けれど、彼女にとってその疑問は魔術を極める上での大きな基盤となっていたのだ。
それは魔術に対してだけでなく、彼女自身の生き方に大きく反映して《今》をつくり上げていた。
「認めてもらえないのも、まだまだ自分が未熟なんです。それに、両親が偉大だから仕方がないと、・・・私自身、逃げているところがあるんだと思います」
「それは違うわ」
今まで話に口を挟まず黙って聞いていたキャナリが言葉を挟んだ。
「あなたと出会ってまだ間もないけれど、それでも分かるわ。あなたは誰よりも頑張っているんだってこと。
今までどれだけ努力を重ねてきたのか、それはきっと言葉では簡単に言い表せられないほどなんだって。
それに、エルカパルゼやペルレストの人たちもあんなに喜んでいたじゃない。それがあなたの努力を証明しているわ」
「・・・キャナリ小隊長」
キャナリの突然の言葉にリリーティアは戸惑う。
「何より、今まで何度も私たちを助けてくれた。あの時は命を張ってまで守ってくれて・・・。状況に応じて重要な情報も教えてくれたり、迷惑かけないようにと周りにも気を配って。リリーティアはいつも私たちのことを想って行動してくれているわ」
「そ、そんな・・・!そ、それは、あまりにおおげさ-----」
「大げさでもなんでもないの」
キャナリは間髪入れずにリリーティアの言わんとしていたことをきっぱりと否定した。
見据える彼女の表情は真剣そのものだった。
動揺するリリーティアに、彼女は柔らかい笑みを浮かべ、
「周りが何と言おうと、リリーティアは誰よりも、私たちの大切な仲間よ」
優しい声音で、そう告げた。
瞬間、リリーティアは強い衝撃を受けた。
彼女のその言葉に、その声に。
『周りが何と言おうと、誰よりも大切な仲間』
キャナリの言葉。
『周りが何と言おうと』
それは、”私”を見てくれている言葉だった。
周りが言う”偉大な親の子”でなく、”リリーティア・アイレンス”自身を見ている言葉。
『誰よりも大切な仲間』
それは誰も代わりがないということ。
あなただから大切なんだと。
あなただから私たちの仲間と認めているんだと。
「(私はいつの間に傲慢になっていたんだろう。・・・ああ、それだけで良かったんだ。そう、それで、それだけで・・・・・・十分すぎる)」
リリーティアは目を閉じて、何度も心の中で呟いた。
それでだけで良かったんだ、と。
彼女はその時、自分がいかに愚かだったことを知った。
私は今まで何を必死になっていたのだろう。
みんなに、世間の人たちに、すべての人に認められることが必要なんだと考えていた。
父のように。
母のように。
それが、私にとって大切なことなのだと思っていた。
違う、それは違ったんだ。
これまで、”私”を見てくれない人に何度も出会った。
けれど、そんな中でも”私”を見てくれる人とも何度も出会ったんだ。
そう、”私”を認めてくれている人だっていた。
いや、いるんだ。
それは知っていたはずなのに。
それなのに、いつも私は・・・。
”私”を見てくれる人たちの心からの言葉よりも、
”私”を見ることのない人たちの心無い言葉のほうがいつも気になっていた。
いつもその言葉が頭から離れなかった。
そうだ。
私はこれまでずっと、《在るもの》に気づかず《無いもの》を必死に追いかけていた。
私を認めてくれている人たちの温かい言葉、想い、今《在るもの》を蔑ろにして、
すべての人が自分を認めてくれること、今《無いもの》をずっと追いかけ続けていたんだ。
私は、なんて愚かだったのだろう。
やっと気付いた。
世間の目よりも、目の前に在るこの想いだけで、私は十分すぎるものを持ってるんだ。
十分というよりも、こんな私には過ぎたものなのかもしれない。
だけど、今、確かにここに在る。
私にとって本当に大切なものがここに在るんだ。
それは、命を懸けてでも守りたい《在るもの》。
《無いもの》を望み求めるより、ここに今《在るもの》を想い、大切にしていこう。
「(いつまでも、ずっと・・・)」
リリーティアはそう心に刻み込む。
その瞬間、どこか心が軽くなったように感じた。
彼女は立ち上がって、キャナリたちに姿勢を正して向き直る。
「本当にありがとうございます。みなさんは私にとっても、かけがえのない大切な人たちです。だから、あの・・・・・・、」
リリーティアは一度言葉を切ると、顔を伏せて大きく深呼吸した。
そして、ゆっくりとその顔を上げる。
「ずっと、仲間でいてくれますか?」
彼女の言葉にキャナリたちはお互いの顔を見合わせた。
その言葉を言うのに、彼女の中ではそれなりに勇気がいったことだったのだろう。
彼女のその表情はどこか硬く、少し恥ずかしそうな面持ちでもあった。
そんな彼女に向かって、彼らは満面の笑みを浮かべてみせた。
仲間たちの笑顔に彼女の心は幸せに満ち溢れる。
問いに対する言葉など必要なかった。
彼らの笑顔は言葉よりも何よりも深い想いが込められているのをちゃんと感じたから。
だから、彼女も彼らに負けないぐらいの満面の笑みをそこに見せたのだった。
仲間たちの想いを改めて感じ、自分の在り方を見つけたリリーティア。
笑顔に溢れる彼女を月が優しく照らしていた。
闇の中に浮かぶ月は太陽が放つ光によってそこに輝いていられるように、
風当たりが強い中でも彼女が笑顔でいられるのは仲間たちの笑顔がそこにあるからだ。
そんな太陽と月のように、彼らと彼女はいつまでも輝き続けるのだろうか。
第9話 月 -終-