第9話 月
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空は深い闇に包まれ、星が煌めく。
海の上、唯一の明かりは月の光だけ。
あれから魚人の襲来はなく、船の旅は順調に進んでいる。
「(どうすれば、・・・・私は認められるんだろう)」
リリーティアはひとり甲板の上で、先刻のアスピオの魔導士、技師たちの言葉を思い返していた。
エスカバルゼでもそうだったように、アスピオの魔導士、技師たちの中には彼女に対して厭わしい態度をとる者たちがいる。
その一番の理由は年端もいかない子どもが<帝国>に優遇されているということが気に食わないとしてだった。
でも、それはリリーティア自身の実力を評してのことで、彼女の努力があってからこその結果だ。
中でもアレクセイは彼女の努力を誰よりも認め、人一倍に彼女が頑張っていることを知っている。
そんな中で、そのことも理解せずに親が天才が故に優遇されているだけだと、ろくに彼女の努力を知ろうともしない者がいた。
もちろんそいう人たちばかりではなく、彼女自身を尊敬し目標とする魔導士たちもいたし、キャナリ小隊たちのように温かく接してくれる者はいる。
しかし、優秀な魔導士や技師ほど彼女のことを疎わしく思っている者が多く見られ、それもこれも、優秀な自分よりもはるかに幼い子どもが<帝国>に優遇されていることを妬んでいるのだろう。
今回、同行している魔導士、技師はまさにリリーティアに対して妬みを持った者たちであった。
また、周りのそういった態度が、彼女がひどく自分自身を卑下する原因でもあったのだ。
彼女自身は卑下しているつもりはなく、まだまだ自分の努力が足りないのだと、そう思っているだけなのだが。
「(お父さんとお母さんと同じ事をしているだけじゃ、駄目なんだと思っていた。だけど、それは・・・・・・)」
俯いたリリーティアの表情は酷く思いつめたものだった。
彼女は眉間に深くしわを寄せ、目を閉じる。
「間違ってたんだ」
そして、ぎゅっと強く拳を握り締めた。
あたりは静寂に包まれ、海のさざ波だけが響く。
「リリーティア」
さざ波の中から聞こえた声に、彼女ははっとして顔を上げると後ろに振り向く。
そこにはキャナリが立っていた。
「少し話がしたいと思って。いいかしら?」
キャナリはリリーティアの横に立つと、ふっと微笑んだ。
その笑みはいつもとは違っていて、どこか憂い帯びたものだった。
リリーティアは彼女の様子に戸惑いながらも静かに頷いた。
「ちょっと、あなたの様子が気になってね」
「え?」
リリーティアはキャナリの言葉に目を瞬かせる。
「今日はその、・・・色々と言われたでしょ?私の気のせいかもしれないけれど、あれからあなたの様子がおかしいように見えて」
「・・・・・・」
心配した眼差しで見てくるキャナリに、リリーティアは彼女から目を逸らした。
彼女が言ったその気のせいが気のせいじゃないことを見透かされそうで、ほとんど無意識にとった行動だった。
「リリーティア、無理は-----」
「ありがとうございます、キャナリ小隊長」
リリーティアはろくにキャナリの顔も見ずに頭を下げた。
そして、その顔を上げる。
彼女は微笑みを浮かべていた。
「私のことを心配してくださって。でも、私は大丈夫ですよ」
けれど、その笑みは違った。
キャナリは気付いていた。
彼女のそれはいつもの笑顔ではないことを。
「どうして・・・、どうしていつもあなたは、そんなに無理をするの?」
穏やかな声。
けれど、やはりキャナリが浮かべる笑みはとても憂い帯びていて、悲しげな面持ちであった。
リリーティアは何も言えず、顔を伏せてただ押し黙る。
「そうそう、少しは甘えてくれてもいいんじゃないの」
「!?」
それは、キャナリの声ではなく、また違う声。
「ダ、ダミュロンさん。それに、みなさんまで・・・」
顔を上げて見ると、その声の主はダミュロンだった。
彼だけでなく、ヒスーム、ゲアモン、ソムラスもそこにいた。
「あなたの様子がおかしいことはなんとなくわかってたんです」
「あれから、みんなずっと気になってたんだ」
「みながあなたのことを放って置けなかったのですよ」
ソムラス、ゲアモン、ヒスームが言葉を続けた。
その表情から、本当に気にかけてくれていることが窺えた。
「リリーティア、前にも言っただろ。あんま一人で背負(しょ)い込むんじゃないってさ」
ダミュロンはというと、いつもと変わらず、おどけた時に見せる笑みを浮かべていた。
けれど彼もまた、その笑みは少しいつもと違っていて、憂いさがあり、気にかけてくれているのが分かった。
「っ・・・・・・」
リリーティアはまたその顔を伏せて、彼らからも目を逸らした。
自分を心配してくれる彼らの気持ちは嬉しかった。
けれど、彼女はどんな言葉を返すべきかも、どんな表情をしていいのかもわからなくなって、彼らから目を逸らすことしかできなかった。
「ごめんなさい、深く干渉するようなことを言ったりして。余計なお世話なのかもしれないけれど、私たちは-----」
「それは違います」
リリーティアはキャナリの言葉が言い終わらないうちに、顔を上げて声を上げた。
それは、力強い声音ではっきりとした物言いだった。
「本当にそれは違うんです。余計だなんて、そう思わないで下さい」
そう言うと、彼女はまた顔を伏せた。
「みなさんの言葉は、その気持ちは、とても嬉しいんです。・・・なんと言えばいいか分からないほど、本当に嬉しくて・・・・・・っ」
見ると、リリーティアの小さな肩は小刻みに震えている。
彼女はこれ以上の言葉が出せなかった。
口を開くと涙が溢れ出そうで、込み上げる感情が溢れ出そうで。
彼女はぐっと唇を噛み締め、その肩を震わせ続けた。
キャナリは彼女の震える両肩にそっと優しく手を置くと、その体を寄せた。
そして、彼女の震えがおさまるまで、ただ静かに傍に寄り添い続ける。
その静かな温もりに、いく筋かの涙がリリーティアの頬を伝った。