第9話 月
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魚人の群れとの戦いの後、
リリーティアは負傷者の手当てを行い、キャナリたちは魔物の処理と船の損傷を補修した。
どちらにしても大きな損失はなく大事に至ることはなかった。
船の上は落ち着きを取り戻し、先ほどの魔物襲来の騒動が嘘のような穏やかさに包まれた。
「どうなることかと思いましたね」
「あれだけの魚人を相手にして大したこともなく済んだもんだ」
ソムラスとダミュロンが話す。
リリーティアたちは甲板でひと息ついていた。
「それもこれも、リリーティア殿の力があってこそでしょう」
「俺たちだいぶリリーティアの魔術に支えられてるよな」
「そ、それは言い過ぎですよ。みなさんが私に合わせてくれているおかげで、私も思うように戦うことがきているんです」
ヒスームとゲアモンの言葉に、リリーティアは少し慌てた様子で言った。
「それを言ったら、あなただって周りのことを良く見て戦ってくれているじゃない。的確に私たちを援護してくれるから、とても助かってるわ」
「あ、ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです」
彼女は少し顔を赤くさせて小さく笑う。
その顔はとても嬉しそうであった。
「そういや、前から思ってたんだけど。おまえさんの魔術って、ほかとはちょっと違う・・・よな?」
「っ・・・!」
ダミュロンはおもむろに顎に手を当てると、何かを思い出すように空を仰ぎながら言った。
彼の言葉を聞いた途端、何故かリリーティアは一瞬息を詰まらせた。
彼が持つ魔術の知識は騎士団の講義で魔導器(ブラスティア)専門家の講師に話を聞いている程度でしかないが、他の魔導士が扱う魔術と彼女が扱う魔術とでは何か違うと以前から感じていたらしい。
初歩的な魔術の知識しか持ち合わせていない彼には、もちろん術式に描かれた文字の意味はまったくといって理解できないものだ。
しかし、そこは彼の独特な思考によってか、その術式を理論として捉えたのではなく描かれた絵そのものとして捉えていた。
術式という絵柄が他と比べて変わったものであるから、彼女の魔術は独特なものなのだろうかと思っていたようだ。
「は、はい。そう、ですね」
「やっぱ、他の魔術とはその性能が違うってことか?」
「それは・・・・・・」
「ふん。そうやって変わった魔術を使って、<帝国>様に気に入られたいんだろう」
そう言って、彼女らの会話に割り込んできたのはあのアスピオ魔導士、技師たちだった。
魔道士の男のその言葉には明らかに刺があり、その場の空気が一瞬にして重苦しいものに変わる。
「わざわざ基本の術式を組み換えてつくっただけで、私たちの魔術とたいして性能は変わらないのにな」
「ただ注目されたいだけに作り上げたものにすぎないんだよ」
リリーティアは目を伏せ、ただ黙って彼らの言葉を聞いていた。
黙っているのをいいことに、アスピオの魔導士、技師たちはさらに言葉を続ける。
「そもそも、その魔術も自分で考えたものなのかも怪しいところだ。今回の結界魔導器(シルトブラスティア)のことも、あの天才魔導士ヘリオース氏の考えをまんまと自分のものにしたとしか考えられんよ」
「そういうことだ。所詮、親の真似事をしているだけにすぎないんだよ。大した実力もないのにいい気になって」
それでも彼女は何も言い返すことはしなかった。
ただじっと足元を見詰めている。
「おたくら、いい加減にしろよ」
「どれだけ彼女を僻めば気が済むんですか?」
「ったく、大人気のない人たちだな」
ダミュロン、ソムラス、ゲアモンが険しい顔つきで言い放つ。
アスピオの魔道士、技師たちの言い様に黙っていられなかったのは彼らのほうだった。
「優秀なあなた方がそこまで僻むということは、それ以上にリリーティア殿は優秀であるということですな」
「な、なに!」
ヒスームも辛辣な口調で言い放つ。
彼もまた魔道士と技師の言動は無視できるものではなかったらしい。
彼らの言葉にアスピオの魔道士、技師たちは怒りをあらわにした。
「みんな、落ち着いて」
キャナリがダミュロンたちに小声で制止の言葉をかけた。
そして、彼女はアスピオの魔導士、技師たちの前に向き直った。
「すみませんが、これ以上の彼女に対するそのような言葉はどうか控えていただけますか?こちらの無礼は謝ります。誠に申し訳ありません」
そう言って、キャナリは深々と頭を下げた。
魔導士、技師たちは納得のいかない表情を浮かべていたが、ぶつぶつと文句をいいながらも、すぐに船内へと立ち去っていった。
けれど、そうして彼らが去った後も周りの空気はどことなく重いままであった。
「悪い、俺が余計なこと聞いちまったから」
「そんな、ダミュロンさんは何も悪くないじゃないですか。謝ることなんてありません」
心底申し訳なさそうな顔を浮かべるダミュロンに、リリーティアは慌てて首を横に振ると、笑みを浮かべた。
「それに、彼らが言ったことは-----」
そう呟いた瞬間、彼女の瞳はどこか曇りがかったように暗く揺らめいた。
「-----あ、その・・・ありがとうございました。またこうして庇ってくださって。私は大丈夫ですから」
しかし、その影を落としたような瞳も一瞬の変化だった。
今はいつもと変わらない彼女の笑みがそこにある。
その笑顔に隠され、彼女の瞳の奥にある翳りには誰も気づくことはなかった。