第9話 月
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お祭り騒ぎだった、その翌日。
何度か点検を繰り返した結果、結界魔導器(シルトブラスティア)は安定しており、異常は見られなかった。
無事にリリーティアたちに課せられた任務は完了したのである。
ペルレストの街は日常に戻っていたがそれでも活気に溢れていた。
街中の人々が生き生きとしており、街そのものが輝いているようだった。
「本当にありがとうございました」
「いえ、また何か困ったことがあれば必ず私たちが力になります」
この街の代表者であるという年配の男にキャナリは敬礼をして言った。
朝早いのにも拘わらず、一行を見送ろうと多くの人たちが港に集まってきていた。
そして、やはりここでも旅に必要な食料や道具などを持たせてくれて、皆が皆、一行に感謝の意を示してくれていた。
街の人の感謝の言葉にリリーティアは笑みを浮かべると、ふと街の中心部にそびえ立つ結界魔導器(シルトブラスティア)を遠くに見つめた。
上空に浮かぶ四つの輪。
その一番上に浮かんでいる輪をじっと見詰めると、彼女はふっと音もなく息を吐く。
彼女はどこか安堵した表情を浮かべて、その輪を仰ぎ見ていた。
「お嬢ちゃん」
その声にはっとして見ると、一人の老婦が微笑みを浮かべて目の前に立っていた。
老婦はリリーティアの右手をとると、そっと両手で優しく包み込んだ。
彼女は困惑して、何度か目を瞬かせる。
「ありがとうね。本当に助かったよ。この島に来るだけでも大変だったろうにねぇ」
老婦はリリーティアの手を優しくさすりながら、ゆっくりと話す。
俯いていて老婦の表情は見えなかった。
「わたしにとっちゃあ大事な故郷で、思い出がたくさん詰まった場所だからねえ。ほんと嬉しかったよ、この街の為に一所懸命になってくれているみなさんの姿を見てねぇ」
「!」
リリーティアは驚きに目を見開く。
その老婦は泣いていた。
顔は見えなかったが、自分の手を包んでいる老婦の手に涙の粒が何度も零れ落ちている。
「ありがとう、ありがとうねぇ。本当にありがとうねぇ」
老婦はリリーティアの手を強く握り締め、その顔を上げた。
彼女は息をのんだ。
そこには涙を流しながら微笑む、老婦の喜んでいる顔があった。
それは本当に、心から喜んでくれていた。
「っ・・・いえ、・・・こちらこそ、ありがとうございます。そんなに、喜んでいただけて・・・良かった、です」
リリーティアは胸が熱くなって声が震えた。
老婦の言葉と涙、そして、その笑みに思わず泣きそうになる。
自分の手をさする老婦のカサカサした手は、温かくて優しくて、その手の温もりからも感謝の気持ちが身に染みて伝わってきた。
「どうか・・・これからも、ずっとお元気でいてくださいね」
リリーティアは泣くのを堪えながら、笑顔で老婦の手を強く握り返した。
彼女の言葉に老婦はさらに顔のしわを深くさせて笑みを浮かべると、何度も頷いて応えてくれた。
そんな温かい見送りの下、一行の乗った船は出港する。
しばらくの間、ペルレストの街の人たちの声が青い海と青い空に響き渡った。
リリーティアはまだ微かに温もりを感じる右手をそっと左手で包み込んだ。
そして、手を振って自分たちを見送る街の人たちの中にいる、あの老婦の姿をずっとその瞳に映していた。
見えなくなるまで、ずっと、ずっと。
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さざめく波は陽の光を受けて煌き、船は穏やかに揺られながら波を切って進んでいる。
風と共に潮の香りが漂う中、リリーティアは船尾でひとり広大な海を眺めていた。
「(みんな喜んでくれた)」
彼女は、ペルレストの人たちの事を思い返した。
昨日のお祭り騒ぎの中、自分たちに笑顔で「ありがとう」と言ってくれた人たち。
すれ違うたびに感謝の言葉をかけ、お礼の変わりにと沢山の物をくれた人たち。
自分の手を握り、涙を流し、温かい言葉をかけてくれた優しいおばあさん。
皆が感謝をしてくれて、何よりあの老婦の笑顔がリリーティアの心に深く残った。
彼女は右の掌(てのひら)を見詰めた。
涙を流して笑っていた老婦の手の温もり。
今もまだ僅かにその温もりがそこに残っているように感じられた。
そして、彼女は空を見上げる。
「お父さん、お母さん。みんな喜んでくれたよ」
空の上で見守ってくれているであろう母と、この同じ空の下で<帝国>のために頑張っている父に向けて、静かに呟いた。
彼女は右手をそっと握り締めた。
あの老婦の優しい手の温もりを、いつまでも忘れないように。
「(きっと、いつかは・・・私のことを認め--------)」
----------バシャンッ!!
「!?」
突然響いた水しぶきの音にリリーティアの物思いは遮られた。
それと同時に目の前に黒い影が現われる。
何が起きたのか理解する前に、その影から何か振り下ろされるのが分かった。
「わっ!」
反射的に後ろに避けたが、とっさのことで足がもつれて後ろに倒れてしまった。
気付くと黒い影は三つに増えていた。
目を細めてその影が何なのか見極めようとしたが、陽の光が逆光となっていて影としてしか分からない。
すると、再び黒い影から何かが振り下ろされた。
受け止めなければと武器に手を伸ばしたが、すでに反応が遅れていた。
身の危険にリリーティアが息を呑んだ、その時だ。
「グギャァ!」
黒い影から悲鳴が響いた。
彼女は唖然として黒い影が倒れていくのを見る。
「リリーティア!」
それは、弓を手に駆けてくるリリーティアの声だった。
彼は弓を剣に変形させて、残り二体の黒い影を素早く倒していった。
「怪我はないか?」
「は、はい、ありがとうございます。助かりました」
ダミュロンの手を取って立ち上がると、リリーティアはほっと息を吐く。
彼も安堵した表情を浮かべると、床に伏した黒い影へと視線を移した。
「向こうの甲板にも魔物が現われた。武器を持った魚人だ」
リリーティアも彼が倒した黒い影、魔物を見下ろした。
その顔はどこか鮫にも似ていて、頭には角のような鋭利なヒレが伸びている。
全体的に体は茶色だが、頭にあるヒレと尾のその切っ先は黄色に染まっており、傍には大きな釣り針形の武器が落ちていた。
「ウォント」
リリーティアはその魔物の名を呟いた。
確かにそれは魚人だった。
水に生きる魔物で、体長は中型で人と同じくらいの大きさである。
この魔物の一番の特徴は、魔物としては珍しく大きな釣り針の形をした武器を持っていることだった。
----------バシャンッ!!
またも、水しぶきの音が響いた。
それは一箇所からだけではなく、船の周りから幾重にも聞こえた。
「ちっ、これだけじゃ終わらせてくれないってか」
ダミュロンは武器を構え直す。
二人の前には同じ形態の魚人が五体も現われたのだ。
リリーティアもすかさず愛用の武器である《レウィスアルマ》を手に持つと、戦闘態勢に入った。
「うわぁああ!!」
「「!!」」
突然、人の叫び声が上がった。
その叫びにはっとするリリーティアとダミュロン。
彼女は叫び声がした方へと一目散に駆け出した。
その声の元へ駆けつけると、アスピオの魔道士と技師の二人が魚人と対峙しているところであった。
技師の男は腰を抜かして座り込んでいて、さっきの声はこの技師からのものだった。
「こ、この、魔物が!・・・ゆ、ゆらめく焔、猛追!」
魔道士の男の足元に赤い術式が現われた。
その男の声は少し震えており、よく見ると手も足を震えているようだった。
「ファイアーボール!」
そう叫ぶと魔導士の男の頭上から炎の球が現われ、それは火炎弾となって魚人に向かって放たれた。
しかし、それは魚人にあたることなく、その横をすり抜けてしまう。
あろうことか船に乗せてあった木箱にあたり、激しい音を立てて火の手があがった。
木箱の中にはペルレストで貰った荷物が入っている。
「荷物に火が・・・!」
「水だ、海水を汲め!」
周りにいたキャナリ小隊の隊員が魚人たちと応戦しながら叫ぶ。
パチパチと燃え盛る炎に気を取られていたリリーティアは、気付くとさっきの技師と魔道士の男たちが今にも魚人に襲われそうになっていた。
「内なる意志のままに羽ばたけ! アーラウェンティ!」
リリーティアはその魚人に向かって魔術を放った。
緑輝く風が翼のように舞い、魚人に攻撃する。
魚人はその場で倒れて絶命した。
「大丈夫ですか?」
声をかけるも二人の男の顔は青ざめていて答える余裕もないようだった。
すぐに彼女は火が点いている木箱へと視線を移した。
「曇りし心に白き涙を プルウィアニクス!」
燃え上がる木箱の上に青い術式が現われ、雪時雨がその木箱に激しく降り注いだ。
あっという間に炎は消え、黒い煙だけが空に舞い上がる。
「お見事」
リリーティアの後ろで魚人に矢を放って応戦しているダミュロンが言った。
「リリーティア、ダミュロン!」
キャナリが駆けてくる。
その後ろにはヒスーム、ソムラス、ゲアモンもいた。
「こっちも魚人の数が多いわね」
「はい。一体どれだけの数の魚人がこの船を狙っているのか検討もつきません」
「そう簡単に片付きそうにもないが、こんなところでやられるわけにはいかないわな」
そう話している間もダミュロンは弓を放ち続け、一体ずつ魚人を倒していっていた。
だが、何体も倒しても次々と海の中から現れる魚人。
それなりに長期戦になるのは目に見えた。
「そうね。そのためにも一度体制を整えないと。リリーティア、この上にのぼってそこから私たちの援護をお願い。
ヒスーム、ソムラスたちはこの方たちを安全な船内へ。そして、そのまま船首を守備。ダミュロン、ゲアモンたちは船尾をお願い」
キャナリは的確に今の状況を判断し、それぞれに指示を出していく。
「みんな、配置について!」
「はい!」「「「了解!」」」
リリーティアたちは一斉に声をあげ、キャナリの指示に応える。
船上での戦いはリリーティアも含め皆が初めてのことだったが、
他の隊にはない彼らの強い結束力に、慣れない環境下であっても彼らの実力は十分に発揮された。
甲高い金属音が緊迫した雰囲気には似ても似つかない澄み切った空に響く。
波の音が静かに響くようになったのは、だいぶ時間が経ってのことだった。