第9話 月
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「(あれってなんだったんだろう?・・・この島の特産かなあ?)」
リリーティアが立ち止まって見ていた露店の辺りには、色とりどりの鮮やかな雑貨、美しく輝く装飾品などが並んでいた。
この街でしかない物だろうか、帝都だけでなく、彼女が今まで行ったことのある街でも見かけたことがない品ばかりだった。
少し覗いてみたいとも思ったが、ダミュロンとキャナリに荷物を持ってもらっている上に、自分の都合で二人を振り回すのは気が引けた。
「リリーティア、せっかくだから店も見て回ってみましょう」
「え?・・・わっ!?」
振り向く間もなく、いきなり腕を引かれたリリーティアは驚きの声を上げた。
「キャ、キャナリ小隊長!?」
「あそこ、とても珍しいものがあるみたいよ」
戸惑うリリーティアをよそに、キャナリはぐいぐい腕を引っ張っていく。
「あ、で、でも・・・荷物・・・が・・・??」
大量に荷物を抱えていたはずの彼女の手は、今は自分の腕を掴んでいる。
それに気付いて、リリーティアは頭に疑問符を浮かべた。
彼女に持ってもらっていた荷物はどこに行ったのだろう。
「大丈夫よ、ダミュロンに任せてるから」
リリーティアは後ろへ振り向くと、人ごみの中を大量の荷物を抱えて歩くダミュロンの姿があった。
顔は荷物に埋もれ、彼の表情を確認できない。
彼はその荷物の重さに少しよろけながら、なんとか歩いているという状態だった。
「ダ、ダミュロンさん、大丈夫ですか?」
「あのぐらいでへばっていたら、ここの副官なんて任せられないわ」
とは言っても、あの大量の荷物を彼一人で運ぶのはあまりに気の毒な気がした。
しかも自分の荷物であるから、それは尚更だ。
「あ、でしたら、荷物を先に置いてか------」
「いいから、行くわよ」
キャナリはリリーティアの言葉を遮り、ぐいっと腕を引っ張る。
リリーティアはダミュロンのことを気にしながらも、腕を引かれるままに人々で賑わう露店へと向かったのだった。
それから、リリーティアとキャナリは色々な露店を見て回った。
リリーティアもはじめこそは戸惑った様子で少しぎこちなさがあったが、
いろんな店を回っているうちにそれは徐々になくなり、いつしか彼女は純粋に店を見て楽しんでいた。
「わぁ、すごい!この島にはこのような技術があるんですね」
「ほんと、初めてみたわ」
二人は露店に並んでいる品物を見た瞬間に、目を輝かせて様々な雑貨や装飾品に目移りしていった。
中でも、この島伝統の工芸品は特に美しく、初めて目にしたは二人は興味津々に見ていった。
「あれ見てください!あの織物の刺繍すごいですよ」
「太陽の光に反射して糸が光ってるのかしら。とても綺麗ね」
「はい!」
露店を見て回るリリーティアは本当に楽しげであった。
実際に彼女はこうしてキャナリと店を見て回っているのが楽しくて仕方がなかった。
誰かと一緒に店を見て回るなんてことは、彼女には実に久しぶりの事だ。
しかも、その誰かというのも今までは父や母とでしかなく、家族以外の誰かと店を見て回って楽しむという行為は初めてのことであった。
だからこそ、この些細なひとつの出来事も彼女にとっては新鮮なことで、また誰よりもその楽しさを心に感じていた。
「あ!キャナリ小隊長、あそこにも珍しいものがありますよ。あの、・・・見てもいいですか?」
「ふふ。ええ、行ってみましょう」
そして、キャナリと一緒であることが、リリーティア自身も気づかないうちに等身大の姿でいられているのだろう。
今では気になったものがあると、少し遠慮気味にではあるが、あの店を見たいと言うようになった。
キャナリにはそれがとても嬉しいことだった。
そうして二人は和気あいあいとした雰囲気の中で、港に立ち並ぶ露店の見物を楽しんだのだった。
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一方、ダミュロンはというと。
「はあ、・・・・・重い」
彼は二人から少し離れた場所で、大量の荷物を抱えたまま壁にもたれ掛かっていた。
いくら騎士団の訓練で鍛えているからといっても、驚く程の大量の荷物にそれはけっこうな重労働であった。
彼は空を仰いで一度ため息をつくと、顔を横へと向ける。
その先には露店の前で品物を手に取って何やら楽しげに話しているリリーティアとキャナリの姿があった。
二人のあの様子からして、立ち並ぶ露店を見て終わるにはだいぶ時間が掛かりそうだ。
「(まぁ・・・、あの様子を眺めるのもいいもんかね)」
彼はそう心の中で呟くと、ふっと口元に笑みを浮かべた。
リリーティアは本当に楽しげに笑っている。
気を遣うでもない、無理に作ったものでもない、少女のあどけない笑顔がそこにあった。
その横では、ありのままの姿を見せる彼女をとても嬉しそうに見ているキャナリがいた。
そんな二人をしばらく見ていたいと、彼は思った。
腕は疲れを感じながらも、それでも彼は二人の傍について彼女らが戻ってくるのを待ち続けていたのであった。
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二人が露店を見終わった頃には、すでに空が夕暮れに染まっていた。
ひとり待っていたはずのダミュロンの周りには、いつの間にかヒスーム、ゲアモン、ソムラスも集まっていて、
談笑しながら彼らも一緒になって二人が戻ってくるのを待っていてくれていた。
しかも、彼らの腕の中にはリリーティアが街の人から貰った物をそれぞれに抱えていて、ダミュロン一人で抱えていたあの大量の荷物を皆で分けて持っていたのである。
リリーティアは荷物を持っていてくれたこと、そして、ずっと傍について待っていてくれたことに、彼らに向けて感謝の言葉を繰り返し、申し訳ないと何度も頭を下げた。
あまりに必死に謝るものだからダミュロンたちは互いに苦笑を浮かべ、「気にしなくていい」と笑って返したのだった。
そして、一行は未だ賑やかな街の中を進み歩き、宿へと向かった。
空が茜から紺青の色に染まり始めた頃。
その中に、ひと際早く強く煌きを放つ星が一つ。
いつも夜空にあって、どの星より最も強く光を放つ星、《凛々の明星》が輝く。
《凛々の明星》が煌き始めたその上空には、時折楽しげな笑い声が響いていた。