第8話 糸
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一行はいったん路を進む足を止め、ハルルの街で宿をとることにした。
街に訪れたのは、あの日のリュネール隊に支援物資を届けるために訪れた時以来だった。
ハルルの樹はその時とまったく変わらずに満開に咲き誇り、花びらを風に乗せて街を彩っていた。
ただ、その時と唯一違ったところといえば、街の中にあった騎士団、リュネール隊の姿が見られないということである。
リュネールが亡くなってからひと月。
彼女が亡くなった後も、リュネール隊は引き続きハルルの警護にあたっていた。
隊長を失った悲しみはすぐに癒えるものではなかったが、騎士たる以上悲しんでばかりはいられない。
彼らは隊長の遺した言葉である『騎士は常に市民のためにある、それが騎士の誇り』、
その言葉に恥じぬよう、皆が心をひとつとして任務にあたった。
そして、今から一週間ほど前にリュネール隊はハルルの街からデズエール大陸へと新たな任務地へと移動していた。
そこにはリリーティアの父、ヘリオースが取締役を務めている<砦>がある。
ここ最近の脅威的な魔物の出現に伴って<砦>の防衛を強化するためだった。
もちろん、ハルルの街周辺の安全を確認した上での判断であった。
リュネールの死後しばらくしてから、ハルルの街の周辺では魔物の活動が落ち着いていた。
なぜ落ち着いたのかは未だにわからないが、そのこともあり魔物の出現が激しい地へと赴いていったのである。
「(お母さん、ハルルの樹は今日もすごく綺麗だよ。・・・・・・お母さんも見てる?)」
宿に向かっていた足を止め、リリーティアは丘の上にそびえ立っているハルルの樹を見上げた。
そして、心の中で母に語りかける。
この空の上で見守ってくれているであろうことを思いながら。
キャナリたちもその足を止め、ハルルの樹を儚げに見詰める彼女の様子をただじっと見守った。
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そして、その夜のこと。
リリーティアはキャナリとダミュロンと共にハルルの樹の下に来ていた。
「いつ見ても壮大だな」
「本当に綺麗ね」
「はい」
以前と同じように月明りに照らされるハルルは仄かに光を放ち、とても美しかった。
リリーティアはふと足元に落ちているハルルの花びらを見ると、そのうちの一片の花びらを手に取ってじっと見詰めた。
その時、彼女の脳裏に声が響いた。
『お花見しましょ!お母さんとお父さん、そして、リリーティア。家族3人でハルルでお花見よ』
それは、母の言葉だった。
「リリーティア?」
「・・・あ、いえ。母との約束を思い出していました」
悲しげに笑うと、彼女はもう一度ハルルの樹を見上げた。
キャナリとダミュロンは互いに顔を見合わせるも、彼女に対してかける言葉も見つからず、ただハルルの樹を見上げた。
しばらくの間、静かな時が流れ、リリーティアは何も考えずただただ花びらが舞い落ちる様を見詰める。
その瞳は僅かに愁い帯びていた。
とその時、微かな風が彼女の頬を優しく撫でた。
「・・・ぇ?」
瞬間、愁い帯びた瞳が大きくを見開いた。
彼女は信じられなかった。
「(今の、感じ・・・・・・)」
母の温もりだ。
彼女は頬に感じたあたたかな風を知っていた。
母の腕の中に抱かれた時の、あの心地よい温もりに似ていたのだ。
いや、似ているというよりも、母の温もりそのもののように感じられた。
風が吹いた時、彼女は確かに母を感じたのである。
その風はハルルの樹を揺らし、花びらが空に舞った。
月夜に舞う花びらを、彼女は瞳に映した。
その瞳に愁いさはなく、そこには強い意志が煌めいていた。
「叶えます」
「「?」」
突然零したリリーティアの言葉。
二人は不思議な表情を浮かべて彼女を見た。
「ここに母がいるような気がするんです。だから、父を連れて必ずここに来ます。母を感じるこの場所で、父とお花見をするんです。そうすれば、母との約束を果たせるように思います。『家族三人でお花見をする』、その約束が・・・・・・」
それは、決意にも似た言葉。
母との約束はまだ叶えられるのだと、リリーティアは信じた。
頬を撫でた風が、そう教えてくれたような気がしたから。
「すみません、母を感じるなんておかしなことを言ってしまって」
「ううん・・・。リュネール隊長はここでリリーティアを見守っているんだわ、きっと」
リリーティアが母を感じたということを、キャナリも、そしてダミュロンも信じて疑わなかった。
リュネールは、娘である彼女や夫であるへリオース、家族をここで見守っているのかもしれない。
本気でそう思えた。
「ねえ、リリーティア。・・・私たちもそのお花見に一緒に入れてもらえないかしら?」
「え?」
「お、それいいな」
キャナリの言葉にリリーティアはきょとんとした。
ダミュロンは嬉しげに彼女の言葉に賛同する。
「家族団らんのお邪魔になるのかもしれないけれど、もし良かったらでいいの。リリーティアの家族と一緒に、私たち小隊のみんなも一緒にお花見をする・・・・・・なんてどう?」
「みんなと・・・」
キャナリはリリーティアの反応を窺うように聞いた。
そこには少し申し訳ないような表情が浮かんでいる。
けれど、彼女の提案を聞いたリリーティアの表情はみるみるうちに輝きを増していった。
「すごく楽しそう!その方がお父さんもお母さんも絶対に喜ぶよ!それに、私もみんなと一緒にお花見したい!でも本当にいい、の・・・あ、いや・・・・・えっ・・と・・・・・・い、いいんですか?」
あまりに嬉しくて、キャナリに対して素のままの話し方であったことに気付いたリリーティアは途中はっとして言葉を詰まらせた。
言葉の遣い方がなっていなかったことに、彼女はしまったと、内心ひどく慌てた。
その恥ずかしさのあまり何度か目を泳がせると、顔を伏せて幾分か抑えた声で言葉を改めた。
「ふふふ。そんなに喜んでくれて嬉しいわ」
キャナリとダミュロンは声を上げて笑った。
そこまで喜んでくれるとは思ってもなかった二人は、彼女が見せた反応がとても嬉しかった。
「す、すみません。・・・そ、その、・・・・・・失礼しました」
笑われている側としては恥ずかしい限りで、リリーティアは顔を真っ赤にして己の失態を謝った。
「いいのよ、リリーティア。そのまま砕けた話し方をしてくれてもいいのに」
「い、いえ・・・そういうわけには、いきません」
「ははは。ほんと、おまえさんは真面目だねぇ」
「す、すみません」
「いや、そこは謝らなくても・・・」
褒め言葉でもあるはずの彼の言葉にも、なぜか謝罪するリリーティア。
変に謝る彼女に二人は苦笑を浮かべた。
「そうと決まれば。ダミュロン、みんなをここへ呼んできてくれる?」
「了解っと」
ダミュロンは颯爽とした駆け足で丘を下っていった。
リリーティアは不思議な表情を浮かべて彼が駆けていく姿を見ると、そのままキャナリへと視線を移した。
「みなさんをここに集めるのですか?」
「ええ。早くみんなに伝えたいの」
満面の笑みでキャナリは頷いた。
リリーティアは何度か目を瞬かせると、彼女のその笑顔に嬉しさが込み上げるのを感じていた。