第8話 糸
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どんなに辛い出来事も何れ過去になる。
しかし、時間が悲しみを和らいでくれたとしても、それは消えることはない。
それでも仲間たちの存在がリリーティアの心を支えていた。
あれからリリーティアはキャナリ小隊の補佐官として共に任務を行うことが多くなった。
それは、彼女とキャナリ小隊たちとの繋がりをさらに強くしていった。
「ったく、どうしてわたしたちが・・・・・・」
「まったくだ。なぜあのような子どもに教わらなければいけないんだ」
そうぼやくのは白色の魔導服(ローブ)を羽織った四人の男たち。
腰には様々な道具がぶら提げられ、歩くたびにそれがガチャガチャと音をたてる。
その男たちは、アスピオから同行している魔道士と技師たちだった。
頭巾(フード)を被っていてあまり顔は見えないが、その声からして男たちが頭巾(フード)の下で不満な表情を浮かべているのは確かだろう。
その四人の周りを数十人の騎士たちが歩いている。
紺青と水色のラインで彩らた騎士服に、胸には羽を模った徽章を胸につけている騎士隊。
キャナリ小隊たちだ。
晴れ渡る空の下、結界もない緑覆う平原を歩く一行。
今回も新たな任務のためにリリーティアとキャナリ小隊たちはある街へと向かっていた。
「なんでしょうな、あの態度」
「さっきからぶつぶつと文句ばっかり」
四人の男の言葉に、ヒスームとゲアモンが声を潜めて言った。
「あれ、わざとリリーティアに聞こえるように言ってるよな」
ダミュロンは頭の後ろに手を組みながら、咎める響きをもってぼやいた。
「まあ、あの方たちが言っていることは気になさらずにいきましょう」
キャナリの横を歩いているリリーティアは困ったように笑って言った。
実をいうと今回の任務は、一ヶ月ほど前にエルカバルゼで行われたことと同じく、結界魔導器(シルトブラスティア)の結界力強化だった。
それともうひとつ、以前は結界力の強化だけだったが、今回は更なる試みが付け加えられている。
それは、”結界可能範囲を拡大する”というものだった。
結界で守られる範囲は従来、魔核(コア)を収める筐体(コンテナ)によってその範囲は変わり、それぞれに限度がある。
だが、その従来の常識を覆す試みを魔道士であるリリーティアは魔導学会で発表した。
それがある術式を用いることで限度がある結界の範囲を広げることができるという、画期的な魔導学理論だった。
なぜ彼女がそのような発案をしたのかというと、その結界範囲の拡大を試みる街に理由があった。
その街がある場所は、マイオキア大陸の西に浮かぶ大きな島、ラウライス島にある。
街の名は、ペルレスト。
別名《豊穣の街》と呼ばれ、島の港で漁れる新鮮な魚介類、島の森で育まれた実の熟れた果物など、たくさんの食べ物に恵まれた海に浮かぶ街だった。
しかし、最近の魔物の凶暴出没化でそれらの収穫が困難になっていた。
魔物たちが暴れて近海の魚は少なくなり、森に成る果物は荒らされる被害が続いており、これまでに、森へ果物を収穫しに出た街の人たちが何度か襲われているらしかった。
そこで、この結界魔導器(シルトブラスティア)の強化と結界範囲の拡大という話であった。
結界の範囲を広げることで、街の近くの海域と森を結界で広く覆い魔物の侵入を防ぐのだ。
そうすれば、魔物の脅威に怯えることなく、安全に漁や収穫ができる。
リリーティアはペルレストの被害報告を受けた時から、結界の可能範囲拡大を施策していた。
何度も考察と検証を繰り返し、こうして実行に移すところまでに至ったのである。
結界魔導器(シルトブラスティア)の結界力強化でさえ前代未聞の業(わざ)であると評されたにも拘わらず、
結界の可能範囲を拡大するという試みが成功すれば、それはまさに魔導学の歴史に残る偉業だと称する学者もいた。
そして、今回もその計画の実行責任者にはリリーティアが選ばれた。
本人が施策したということもあるが、以前の功績が認められて<帝国>が直々に彼女を推したのだ。
その中には、その功績に疑心を抱いて彼女の実力を批評し、年端もいかない少女だからという理由だけで反対する者もいたようだったが。
まさしく、その者たちと同じような気持ちを抱いているのが、先程から不満の声を上げている四人の魔道士、技師たちであった。
今回、優秀なアスピオ魔導士と技師が同行している理由は、結界魔導器(シルトブラスティア)の結界力の強化、また結界可能範囲の拡大を行える者たちを育成するためだった。
現在、それを行える者はただ一人だけ。
そう、リリーティアしかいない。
魔物の凶暴化、そして、その出没も増加傾向にあるという深刻な状況の中、少しでも多くの街の安全を確保したいと考えている<帝国>。
しかし、まだまだ世界には多くの街がある。
そのすべての街の結界魔導器(シルトブラスティア)に結界力の強化を、
彼女が一人で行っていくのは、あまりにも膨大な時間がかかり、なんといっても彼女自身に大きな負担がかかる。
そこで、騎士団長アレクセイは結界魔導器(シルトブラスティア)の結界力の強化、結界可能範囲の拡大を行えるリリーティアを指導者に、多くの人材を育成しようと考えたのである。
彼女も快くそれを引き受けた。
しかし、その指導を受ける相手に問題があった。
優秀なアスピオ魔導士、技師だというのは紛れもなく事実なのだが、彼女に”指導される”ということが余程気に食わないのか、アスピオから同行してから今までずっと不機嫌な態度で、何度も彼女に対しての不服を口にしていた。
「リリーティアさんは気にならないのですか?」
「気にならないといえば嘘になりますけど・・・、あちら方々は魔導士、技師として最も優秀な方たちなのです。私のような者から教わらなければいけないことを不服に思うのは、当然のことだと思います」
ソムラスの問いにリリーティアは肩をすくめて笑った。
キャナリは複雑な表情を浮かべて彼女の言葉を思い返した。
『私のような者』
それはエルカバルゼでアスピオの魔道士に非難された時にも零していた言い方だった。
キャナリはその言葉がずっと心に引っかかっていた。
それはリリーティア自身が、自分の実力はまだまだだと思っているから出る言葉なのだろう。
きっと、その言葉の中には「もっと頑張らなければいけない」という思いがあるのだ。
「そんなことないわ。あなたはいつもみんなのために頑張っているのだから」
だから、そこまで自分を卑下しないでほしいという気持ちを心に秘めて、キャナリは彼女にそう言った。
リリーティアは「ありがとうございます」と嬉しげに微笑んだ。
その笑みにキャナリも笑みを浮かべたが、まだその心境は複雑の中にあった。