第7話 願い
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「騎士は常に市民の為にあるもの、それが騎士の誇り。・・・・・・口癖のように母はよく言っていました」
目を細め、何処か遠くを見つめながら、リリーティアは話し始めた。
母のことを想ってくれたキャナリの言葉に少し救われた彼女は、これまでの母のことを思い返していた。
騎士としての母を。
家族としての母を。
「市民の為に自分に出来ることはないかと、常に考えている人でした。誰よりも他人(ひと)を想う騎士・・・でした」
リリーティアの声は震えていた。
少しは救われたと言えど、やはり彼女の心は悲しみに濡れていた。
母親の死を、その心は激しく嘆いていた。
「リリーティア・・・」
そんなリリーティアの姿に、ダミュロンはただ彼女の名前を呟くことしかできなかった。
「家族を想い、父を想い、私を・・・想い。・・・・・・いつも優しい笑みで、私を・・・見てくれた」
リリーティアの声はますます震えた。
心は深く悲しんでいるのに、彼女は唇を震わせて、溢(あふ)れそうになる感情を必死に抑えていた。
心は酷く嘆いているのに、彼女は肩を震わせて、溢れそうになる涙を必死に抑えていた。
「リリーティア、お願い。・・・・無理、しないで」
「っ・・・・・・」
キャナリはリリーティアの震える肩に優しく手を置いた。
その言葉に一瞬大きく肩を震わすも、それでも彼女は必死で溢れ出そうになる感情を抑え込んでいた。
「みんな・・・、かな、しんでる。・・・みんな。・・・・・・私、だけじゃ・・・・・ない・・・んだ・・・」
それは自分自身に言い聞かせているようであった。
誰もが母の死を悼み、悲しみに暮れるている。
親友である騎士団長も、リュネール隊の人たちも、リュネールを慕っていたすべての人たちも。
皆が今、悲しみ苦しんでいる。
辛いのは自分だけでないのだから。
リリーティアはずっと、そう心の中で言い聞かせていた。
母の死に顔を目の当たりにした時でさえ、涙を見せることはなかった彼女。
一番辛いはずの彼女が涙を見せなかったのは、そう言い聞かせ続けていたからだった。
その姿にダミュロンとキャナリは心が痛んだ。
同時にどこかもどかしさを感じていた。
なぜ自分の感情を押し殺してまで耐える必要があるのか、と。
「リリーティア、だからってどうして泣いちゃいけないんだ。誰だって、泣きたいときは泣けばいい」
ダミュロンは彼女の頭をそっと優しく撫でた。
そこにはいつものからかうような声は無く、悲しみに耐える彼女の事を想ってのものであった。
「っ・・・ぅ・・・」
唇を噛みしめていた口から、呻くような声が小さく漏れる。
リリーティアアの瞳からは涙の粒が浮かんだ。
彼の言葉が苦しかった。
彼の頭を撫でるその手が辛かった。
それでいて、とても優しくて、温かくて、感情が溢れそうになった。
けれど彼女は声を押し殺し、必死になって泣くことを堪えていた。
それはあまりにも痛々しい姿で。
「リリーティアっ!!」
「っ!?」
キャナリはリリーティアの体を強く、強く抱きしめた。
抱きしめられた彼女は涙の溜まった目を大きく見開いて驚いた。
彼女のその腕の温もりが苦しかった。
それでいて、とても安心できて、感情が溢れそうになった。
それでも彼女は声を押し殺し、必死になって泣くことを----------、
「いいのよ・・・泣いて、いいの。・・・ね?リリーティア」
キャナリのその声は、リリーティアの心の奥深くに響き渡った。
ああ、泣いていいんだ。
彼女ははやっとそう思えた。
私も泣いていいんだと。
私も
「っ・・・ぅ・・く、・・・ど、して。どうして・・・・・・」
そう思えた瞬間、リリーティアの震える唇からは悲しみに濡れた声がどんどん零れ落ちていく。
「お花見、なんて・・・、お花見なんて、行けなくなったって・・・いい。・・・・・・どこにも・・・連れて行かなくて・・・っ・・いい・・・。私はただ、・・・お母さんが、そばで笑ってくれれば・・・それで、いい。・・・・ぅ・・く・・・それだけで、よかった、のにっ!どこにも、連れていかなくて、いい・・っ・・・。一緒に、遊びに行かなくたって、いい・・・んだ・・・・・・っ」
リリーティアはキャナリの服をぎゅっと掴んだ。
「ただ、ただ・・・、お父さんと、・・・お母さんが、笑ってさえいてくれたら・・・っ・・・ぅ・・・それだけでいい!それだけで、私は・・・ぅ・・・っ!!それ、だけで・・・、私は、嬉しい、のにっ!!・・・・・・だから、だか・・らっ!!・・・うっ・・・あ、・・・ぁあ、・・・ぅ・・っっぁぁぁあああーーー!!!!お母さん、お母さん、お母さん!!起きて、起きてよっ!!ねえ、お母さんっっ!!お母さぁぁん、っ、ぅ・・・ぁぁぁあああーーーーっっ!!!!」
彼女はキャナリの腕の中で泣き崩れた。
瞳からは大粒の涙が溢れに溢れ、とめどなく頬を流れた。
喉からは悲痛な声と、母を叫ぶ言葉が何度も激しく零れ落ちた。
今まで我慢していたものを全て吐き出すように、リリーティアは泣き叫ぶ。
キャナリはその悲しみの痛みから守るように、震える彼女の体を力強く抱きしめ続け、
ダミュロンはその悲しみに濡れた言葉を心に受け止めながら、彼女の母親が眠る棺を見つめ続けていた。
泣き喚きながら、母に向けて娘が言った言葉。
『お母さんが笑っていてくれるだけでいい。だから、起きて』
それは娘からの最後の悲痛な願いで、
彼女にとっては、母への最後のわがままであった。
けれど、その願いも今では、大地に溶け込む彼女の涙のように、
天上から降りそそぐ月灯りに儚く溶け込むだけだった。
第7話 願い -終-