第7話 願い
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悲しみの夜に包まれた、その日の夜更け。
リリーティアはリュネールの棺の前で佇んでいた。
この小さな中庭には彼女しかおらず、虫の声だけが静かに響いているだけだった。
彼女は、吹き抜けになっている天井から見える夜空を仰ぎ見る。
夜空を映す瞳には僅かに涙が溜まっていた。
「(・・・・・・お父さん)」
リリーティアは父であるヘリオースに会いたかった。
テムザにある<砦>で様々な実験を行っている父。
母の死を知った時、父はどんなことを思い、どんなことを考えて、これからやっていくのだろうか。
彼女はそれが知りたくて仕方がなかった。
父のいる研究施設はここから遠く離れた場所にある。
今すぐに聞くことなど無理だった。
それに、今もまだ、父は母の死を知らないだろう。
遠い地にいる父にその知らせが届くまでには、まだしばらく時間がかかる。
そう思った途端、リリーティアは胸の奥が苦しくなるのを感じた。
苦しみと同時にその瞳から涙が溢れそうなる。
その時だった。
「リリーティア」
「!!」
その声にリリーティアは咄嗟に瞳に溜まった涙を服の袖で拭い払った。
そして、ゆっくりとその声へと振り返る。
「キャナリ小隊長。ダミュロンさん」
そこには、キャナリとダミュロンが立っていた。
どちらも複雑な表情を浮かべていて、少し悲しげに微笑んでいた。
そして、三人は棺が置かれてある壇の階段に腰を掛けた。
誰からと話すことはなく、少しの間、沈黙の時が流れる。
「憧れだったわ・・・」
どのくらい経ったときか、キャナリが静かに口を開き、その沈黙を破った。
「リュネール隊長は私にとって一番の目標だった」
リリーティアとダミュロンは彼女の言葉にただ黙したままその耳を傾けていた。
「実はね、騎士を志すきっかけを与えてくれたのが、・・・リュネール隊長なの」
「え・・・?」
「!」
リリーティアは小さく驚きの声を上げ、ダミュロンも僅かに驚きを示した。
キャナリは中庭に咲いている無数の白い小さな花を見つめながら、ゆっくりと語った。
彼女は幼い頃、絵本の中に描かれた騎士の姿に強い憧れを抱いた。
しかし、現実の騎士はその絵本の中の姿とはあまりにも違っていて深く幻滅してしまった。
そんな時、その失望を希望へと変えた騎士がいたのだ。
その騎士とは彼女が12歳の時に出会った。
彼女の父親が騎士もギルドも嫌って、ろくに護衛も付けないまま家族で旅行に出かけた時、その道中、魔物に襲われてしまう。
その窮地に、突然一人の騎士が現れ、怪我を負いながらも一人立ち向かい、自分たちを救ってくれたのだ。
それなのに彼女の父親は感謝もせずに「なぜもっと早く来なかったのか」「たった一人でくるなんて」とその騎士をなじった。
それでも、その騎士はただ黙したまま頭を下げ続けたのである。
彼女はそれが悲しくて、その騎士になぜ言い返さなかったのかとこっそり聞いてみた。
すると、その騎士は笑ってこう応えたのだ。
『騎士だから』
それだけ言うと、騎士は名前も告げずに去っていったのだという。
その時、彼女は知ったのだ。
絵本の中に描かれた騎士は現実にもいるのだということを。
あの騎士こそが私のなりたい”本当の騎士”なのだと、キャナリは語った。
「その騎士が、私のお母さん?」
「ええ。ここに来てリュネール隊長を見たとき、一目で分かったわ。あの時の騎士だって。嬉しくて仕方がなかった。・・・・・・ずっと、ずっと会いたかったから」
そう話すキャナリの表情は、本当に嬉しそうに微笑んでいた。
ダミュロンはハルルの街で彼女が目を輝かせてリュネールと話していた時のことをふと思い出していた。
あの瞳はリュネールに対する憧れの眼差しだったのだと、彼は理解した。
「私は、リュネール隊長のような騎士になりたいと思ってるわ。-------”本当の騎士”に」
キャナリのその瞳には強い意志が宿っていた。
彼女は心からリュネールを尊敬し、目標にしてくれている。
リリーティアは胸が熱くなった。
母の想いを、騎士としての母の心を、受け継いでくれている騎士がここにいる。
母の騎士としての生き方の誇りを知る彼女が、ここにいた。
そして、心が震えた。
母を失って、心の一部にぽっかりと穴が空いたように思えた自分の心。
けれど、キャナリの言葉が、彼女の想いが、その穴を埋めてくれたような気がした。